29. ゲームオーバー!
暗闇の中から、イスマリスの輪郭が少しずつ浮かび上がった。背中にはナウセクを背負っている。
イスマリスは慌てる様子もなくエリオたちへ歩いてきた。
そして、三、四メートルほどの距離で立ち止まる。隠れる気などまるでない。
「さっき約束した通り、あと五分だけだよ」
イスマリスが優しく言った。
「うん! ナウセク、あとちょっとだけ遊ぶ!」
ナウセクは甲高く笑った。
彼女はイスマリスの背中から飛び降りると、五人へ向かって突進した。
だが先ほどよりは対応できた。
数分だけでも息を整えられたこと。そしてナウセクの手口を少し掴めていたこと。
足運びと視線から、五人はナウセクがグレンの方へ向かうと読んだ。
エリオとソーンが素早く剣を振るう。ナウセクは鋭く反応して身をかわした。
それでも刃先がわずかに身体を掠める。ごく浅い傷が一本刻まれた。
どうあれ、ついに傷を負わせた。
このまま五人で連携すれば、きっと倒せる。
五人は交互に剣を振るった。
一見ばらばらに見える乱れたリズムの中で、少しずつナウセクの動きを押さえ込んでいく。
何度か、あと少しで刃が届きそうになった。
それでもナウセクは楽しそうに笑っていた。
「あと二分だよ!」
イスマリスが横から声をかける。
コーディアがナウセクの足を払った。ナウセクが地面へ転がる。
ソーンが跳び込み、喉元へ剣を突き出した。だがかわされた。
ナウセクは地面を転がりながら、甲高い声で叫び、けらけらと笑っている。
「あと一分」
イスマリスが言った。
グレンがナウセクの髪を掴む。そのまま軽々と、彼女を近くの石柱へ投げ飛ばした。
ヴィクターとエリオがすかさず跳び込む。追撃を入れるためだ。
だがナウセクは空中で器用に体勢を変えた。両足を石柱の外壁にしっかりと着ける。
そこから反動を利用して跳ね返った。空中で剣を振り下ろそうとしていたエリオへ向かってくる。
エリオは全力で剣を振った。
しかしナウセクは両爪で剣の両端を掴み、さらに口でも刃へ噛みついた。歯を剥き出しにして、エリオを睨む。
エリオは空いている左手を握り締めた。ナウセクの腹部へ拳を叩き込む。
ナウセクは空中で後ろへ弾き飛ばされ、地面へ落ちて二、三回転がった。
「はいはい、お転婆さん。もうお休みの時間だよ」
イスマリスが歩み寄り、地面のナウセクをひょいと抱き上げた。
「ええ〜、でもナウセク、まだ……」
「えー? あと五分だけって約束したよね?」
「……はーい」
ナウセクは不満そうに唇を尖らせた。
「さて、君たちは」
イスマリスがエリオたちへ顔を向ける
「遊び時間は終わりだよ」
その瞬間、イスマリスの姿が彼らの視界から消えた。
何が起きたのか理解するより早く、重い音が響く。ドン、と鈍い衝撃音。
全員が振り返った時、ヴィクターはすでに地面へ倒れていた。その腹部からは、鮮血が激しく吹き出している。
その傍らには、爪を真っ赤に染めたイスマリスが立っていた。
「ヴィクター!」
ソーンが叫んだ。その目には恐怖が滲んでいた。
イスマリスは爪についた血を舐める。そして地面に倒れたヴィクターへ、もう一撃を加えようとした。
エリオ、グレン、ソーン、コーディアが同時に飛びかかる。イスマリスを地面へ押し倒し、四本の鋭い剣をその首筋へ突きつけた。
だがイスマリスの表情はまるで変わらない。
イスマリスが爪を振り上げた。エリオが反応するまもなく、一同は凄まじい力で石壁へと叩きつけられた。
エリオが辛うじて上体を起こすと、他の四人も地面に叩きつけられ、苦痛に喘いでいた。
イスマリスは立ち上がり、彼らを見下ろしている。その目には余裕しかない。
やがて彼はゆっくりと身体を向けた。コーディアの方へ歩いていく。
コーディアは脚を負傷していた。剣は少し離れた場所に落ちている。
彼女は手を伸ばす。だが届かない。それでも必死に剣へ向かって這った。
イスマリスは悠々と近づいていく。
間一髪。コーディアは剣を掴んだ。すぐさま背後へ振り抜く。
だが何も斬れなかった。
それでもイスマリスの足を一瞬止めるには十分だった。
グレンは考えるより先に動いた。コーディアを抱え上げ、そのまま走り出す。
エリオとソーンは倒れているヴィクターへ駆け寄り、二人で彼を担ぎ上げた。
五人はイスマリスから少しでも離れようと、必死に走った。
だが全員が傷を負っていた。先ほどイスマリスに投げ飛ばされた衝撃は凄まじく、まだ頭が揺れている。
そのうえ、すでに長く戦い続けていた。体力も限界に近い。
彼らは一つの石柱の裏側へ逃げ込んだ。地面近くに小さく抉れた穴がある。
五人はそこで息を整えながら、震える心を必死に抑えた。どこか隠れられる場所はないか。周囲を探す。
だが第二要塞の地面は砂利と砕けた石ばかりで、ほとんど何もない。
石壁を登るか、石柱の内部へ入れば隠れられる可能性はある。だが今の状態では、石柱を登ることなど到底できそうになかった。
第二要塞の灯りに照らされ、イスマリスの影が少しずつこちらへ近づいてくる。
相変わらず歩みは遅い。まるで散歩でもしているようだ。
だが、もう数秒もすれば彼らの場所へ辿り着く。
その時だった。
エリオは足元が突然抜けたような感覚に襲われた。重心を失い、後ろへ倒れる。
右腕を魔獣の手が掴んだ。爪が深く皮膚へ食い込む。
そのまま、容赦ない力で底知れぬ暗闇の奥底へと 引きずり取られた。
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