28. 絶対優勢
「ナウセクと遊んでくれるの!?」
ナウセクはまん丸で無垢な瞳を輝かせながら、興奮した様子で両手をぶんぶん振った。尻尾も後ろで楽しそうに揺れている。
「そうだよ」
イスマリスは優しく微笑む
「でも、あんまり遊びすぎちゃだめだよ。もう遅い時間だからね」
エリオたちは二匹の魔獣を見ながら、頭の中で状況を整理していた。
五対二。
しかも片方は幼獣だ。
どう考えても不利な相手ではない。
彼らは視線を交わした。まずナウセクを片付ける。その後でイスマリス。
方針は決まった。
だが他の魔獣たちと違い、イスマリスとナウセクはエリオたちを見ても襲いかかってこない。戦闘態勢すら取らない。
そのせいで彼らは少し判断に迷った。慎重に石柱の出口へ向かって移動を始める。
不思議なことに、五人はそのまま何事もなく石柱の外へ出られた。地面へと降り立つ。
最後尾のグレンが外へ足を踏み出した瞬間だった。背後から甲高い悲鳴と、弾けるような笑い声が聞こえた。
「ゲーム開始だよーっ!」
ナウセクが飛び出してきた。
四足で地を這うような低姿勢のまま、凄まじい速度で 駆け出してきた。
一秒もかからずソーンの足元へ潜り込み、細い爪を振るって脚を狙った。
ソーンは即座に跳躍して回避する。着地と同時にナウセクへ斬りかかろうとした。
だが、その時にはもう標的を変えていた。今度はコーディアだ。
ナウセクは爪を地面へ突き刺した。そして勢いよく掬い上げる。
コーディアの立っていた地面がめくれ上がった。突然足場を失い、コーディアは転びかける。
だが即座に反応した。剣の柄を地面へ突き立て、体勢を維持する。そのまま回し蹴りを放った。
だが――
ナウセクの姿はもうなかった。
「エリオ!」
ソーンが叫ぶ。
ナウセクがちょうどエリオの右側から飛びかかっていた。
右目では魔獣が見えない。反応が遅れる。
次の瞬間、エリオは地面へ叩きつけられていた。二回転ほど転がる。だがすぐに跳ね起きる。
すると今度はグレンへ向かった。
ナウセクは五人を次々と襲い続けた。
だが不思議なことに、どの攻撃も致命傷を狙っていない。転ばせようとしたり、背後へ回り込んでマントを引っ張ったり、悲鳴を上げながら逃げ回ったり。
まるで遊んでいるようだった。
イスマリスも介入する様子はない。ただ静かに立って見ているだけだ。
ナウセクは底なしの体力を持っているようだった。あれだけ走り回っても疲れた様子がない。
だがエリオたちは違った。徐々に体力を削られていく。
早く片付けたい。だが速すぎる。
ナウセクは同じ相手の近くに留まらない。
攻撃を避け、次にどこへ現れたかを探すだけで精一杯だった。
何度も剣を振った。だが一度も当たらない。
しかも撤退しようとすると、今度は反対側から攻撃してくる。強引に石柱前の広場へ押し戻される。
そうして長い膠着状態が続いた。ナウセクは無傷。五人は逃げることもできない。
――見誤った。
グレンは絶望的な気持ちで思った。
――この雌の魔獣を。
完全に抑え込まれている。逃げる余裕すらない。
見た目は幼獣のようだ。だが攻撃速度も戦い方も異常だった。
厳しい訓練を受けた五人の狩魔師が相手をしているのに、まるで優位に立てない。
しかも彼らが翻弄されている最中も、ナウセクは楽しそうに笑っている。
このままではまずい。五人とも体力が限界に近づいていた。
その時、イスマリスが空を見上げて手を叩いた。
「ナウセク。もう寝る時間だよ」
ナウセクはぴたりと止まる。
「えー、もうちょっと遊んじゃだめ?」
「だって、もう遅いからね」
「でもでも! ナウセク、まだ遊びたい!」
その隙だった。五人は一斉に後退する。ようやく息をつく時間ができた。
「完全に遊ばれてるじゃねえか……!」
ソーンが低く吐き捨てる
「絶対あいつの爪を叩き斬ってやる」
「ナウセクに構ってる場合じゃない」
エリオが言った
「黄の匣を見つけて、さっさとここを出よう」
「エリオの言う通りだ」
グレンも頷く
「あのナウセクって魔獣は厄介すぎる。今は無視して隠れよう」
二匹がまだ話しているうちに、彼らは隣の石柱の影へ駆け込んだ。
中央の石柱は数メートル先に見えている。
黄の匣が第二要塞にあることは確定した。
だが、どう盗み出すか。そこが問題だった。
黄の匣はモルゴロスの手の中にある。
今の彼らの状態では、五人がかりでもモルゴロスに勝てるとは思えない。
しかもここは魔獣たちの本拠地。迷宮のような石柱群の中では、魔獣側が圧倒的に有利だ。
「もう石柱の中へ軽々しく入るのはやめましょう」
コーディアが息を整えながら言った。
顔色は真っ青だ。先ほどの追いかけっこで体力をかなり消耗している。
「そうだな」
グレンが頷く
「内部の構造も通路も、俺たちは全然把握できていない」
「だったら外側からは?」
エリオは石柱群を見上げた。
外壁はごつごつしている。足場になりそうな凹凸も多い。
「外壁を登って、吊り橋を使って中央の石柱へ移動するんだ」
「確かに登りやすそうだな」
「だが登攀速度なら魔獣の方が圧倒的に上だ」
全員が黙り込む。
「それとも外で待ち伏せして、モルゴロスが出てきたところを襲うか?」
エリオが尋ねる。
「ああ、それで行こう」
とグレン。
「ただし、目的はあくまで黄の匣だけだ。モルゴロスとの戦闘に無駄な力は使うな。『黄の匣』が手に入り次第、全速力で撤退し、そのまま南へ下ってザヒールへと帰還するぞ」
「さっきの魔獣が邪魔してこなければな」
ソーンがそっと広場の方を覗く。
だが――そこにはもうイスマリスもナウセクもいなかった。
彼らは周囲の気配に耳を澄ませた。辺りは静まり返っている。なぜか、魔獣たちは急に沈黙していた。
五人は暗闇の中で背中合わせに円陣を組み、四方八方からの奇襲に備えた。
静かすぎる。
五人は息を殺した。
数秒後、かすかな音が聞こえた。
爪が地面の石を踏み砕くような音だった。
「そこだ!」
ソーンが前方を睨む。
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