表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/23

2. あの日の出来事

エリオが軍司令部を出ると、そこには意外な人物たちが待っていた。


長い間顔を合わせていなかった実の両親――ソロモン・ヴレスとレイラ・ヴレスだ。


親とはいえ、エリオは二人と親しいわけではなかった。


なぜなのかは分からない。

まだ幼かった頃、両親は彼をサヴィル家へ預けた。


成長する中で、実の両親との思い出はほとんどない。

むしろサヴィル家の人々の方が、本当の家族のように感じられた。


仕方のないことなのかもしれない。

この二人はザヒール国でも名の知れたプルプラ夫婦だ。

見ているだけで目を奪われる、紫水晶のような瞳。


だが、その優れた血筋から生まれた息子は魔獣を見ることができなかった。


そのせいで、彼は周囲から「出来損ない」と噂されていた。

中には私生児ではないかと囁く者までいる。


雪のように白い肌。墨のように黒い髪。

エリオを見れば、誰もがプルプラ族だと分かる。


だが唯一――

彼の瞳だけは、プルプラ族の象徴である紫色ではなかった。


エリオは無意識に視線を落とした。

まるで両親に自分の黒い瞳を見られるのを恐れているかのように。

脳裏には、幼い頃から聞かされ続けた噂話が蘇る。


「だからヴレス夫妻は息子を他人に預けたんだろ。恥ずかしいからな」


「プルプラ族なのに魔獣が見えないなんて前代未聞だぜ。もしかしたら不吉な前兆かもな」


「あの子、本当は私生児なんじゃないか?」


「おい、声が大きいぞ。あの出来損ないに聞かれる」


……やめよう。今は考えたくない。


「エリオ」

最初に口を開いたのはレイラ・ヴレスだった。


「あ……父さん、母さん……どうしてここに?」

エリオはぎこちなく挨拶を返した。実の親なのに、どこか他人行儀になってしまう。


「今日はあなたの十八歳の誕生日でしょう?」

レイラが微笑む。


珍しいこともあるものだ。


これまで両親が自分の誕生日を祝おうとしたことなど一度もない。

エリオは二人が自分の誕生日すら知らないのではないかと思っていたくらいだった。


「今朝は軍の戦闘試験だったな?」

ソロモン・ヴレスが尋ねる。


「えっと……うん」


「うまくいったか?」


「まあ……」


気まずい空気が流れた。

今朝の出来事を思い出し、エリオはこの話題が早く終わってほしいと願う。


「エリオ。今日はお前と話したいことがあって来たんだ」

ソロモンは試験の話を深追いすることなく続けた。


――え?


エリオは聞き間違いかと思った。


幼い頃に自分を他人の家へ預けた人たち。普段もほとんど会うことがなく、自分の成長過程において完全に不在だったヴレス夫妻。


そんな二人が、わざわざ自分と話をしたいと言うのか?


何の話だろう。やはり自分が狩魔師になれなかったことに失望したのだろうか。

歩きながら、エリオはずっと考えていた。


だがヴレス夫妻はそれ以上何も話さない。

三人はそれぞれ胸の内に思いを抱えたまま、黙って歩き続ける。


ふと気づくと、市街地はすでに遠く後ろにあった。彼らはザヒール北方の辺境へ向かっていた。

辺境へ近づくほど、魔獣たちが棲む幻域も近くなる。


人を喰らうその獣たちに対抗できるのはプルプラ族だけだった。

紫色の瞳を持つ彼らだけが、魔獣を見ることができる。


しかし純血のプルプラ族は年々減少している。そのため、人類は魔獣の脅威にますます不安を募らせていた。


ふとエリオは、少し離れた場所に灯りのついた家を見つけた。

通り過ぎざまに中を覗く。


室内は滅茶苦茶だった。机も椅子も倒されている。

夕食だったと思われる料理や食器は床に散乱し、砕けていた。壁にも床にも血痕が飛び散っている。


だが、人の姿はどこにもない。


……また魔獣に襲われたのだろう。

そして、そこで暮らしていた普通の人間は食われたに違いなかった。


「エリオ、お前も知っているだろう」

ソロモン・ヴレスがようやく口を開いた

「私とレイラは長年、魔獣に関する研究を続けている」


「え?」

エリオは思わず足を止めかけた。父親がそんな話を持ち出すとは思ってもいなかったのだ。


「私たちは国家機密研究開発局に所属している。

長年ナディラ国と共同研究を行い、一般人を魔獣の脅威から守るための技術を開発してきた」


エリオは頷いた。


ヴレス夫妻が国を代表する研究者であることは知っていた。だが、どんな研究をしているのかまでは知らなかった。


「実は私たちのチームは、別の極秘研究も進めていたの」

レイラが口を開く

「もっと効果的に魔獣へ対抗する方法を探していたんだけど、長い間ほとんど成果が出なかったのよ」


レイラは不安そうにソロモンへ視線を向けた。

「でもその後、お父さんと私が思いがけない発見をしたの。それによって研究は飛躍的に進展したわ。

私たちはその事実を何年もの間、誰にも話さずに隠してきたの」


「私たちは……その研究を公表するべきかどうか悩んでいる」

ソロモンはそう言うと、レイラと視線を交わした

「だが、その前にお前の考えを聞きたい」


ヴレス夫妻は周囲を見回した。誰かが近くにいないか確認しているようだった。


そしてソロモンは深く息を吸い込む。ゆっくりとコートの内側へ手を入れた。

取り出したのは、黄色い八面体の金属製の箱だった。


その頃には三人は国境近くの森へ入っていた。周囲に人影はない。

ヴレス夫妻の慎重な様子からも、人目のない場所を選んで話していることが分かる。


それにしても意外だった。両親がこんな重要な話を自分にするなんて。


エリオはずっと、自分は両親にとって大切な存在ではないと思っていた。

魔獣も見えない。狩魔師にもなれない。


そんな「出来損ないの息子」を恥じているのだと。

だからこそ、両親がこれほど重大な話を自分に持ちかけてきたことに、エリオは驚きを隠せなかった。


もしかして、自分は両親にとって、本当は意味のある存在だったのだろうか……。


「私たちは、この黄の匣に研究成果を隠している」

ソロモンは黄の匣へ目を落とした。


そして再びエリオを見る。

「この箱は特殊な技術で作られている。

仮に誰かの手へ渡ったとしても、簡単には開けられないだろう。

それでも私たちは、黄の匣を他人に渡したくない。必ず悪用されるからだ」


ソロモンの声は重かった。

「だから先に聞いておきたい。

エリオ。お前は、この黄の匣が私たちにとってどれほど大切なものか理解できるか?」


エリオはソロモンを見つめた。


いや、まだ中身すら聞いていないんだけど。研究内容も教えてもらってないし……。

そう思ったが、


「分かった」

とりあえず頷いた。


「よし」

ソロモンが頷く

「この箱を開ける鍵だが、それはお前の名前――」


「待って、ソロモン」

突然レイラが言葉を遮った。


「あれは何?」

彼女は紫色の瞳を細め、遠くを見つめている。その表情は緊張していた。


エリオもレイラの視線を追った。

森の外には広大な草原が広がっている。ぽつぽつと家が建っている以外、特に変わった様子は見えない。


だがエリオはすぐに気づいた。


――見えていないのは、自分だけなのではないか?


ご覧いただきありがとうございます。

本日はこの後、本日最後の更新となる 【21:10】 に最新話を更新いたします。

ぜひ最後までお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ