25. 魔獣の中の王者?
彼らは夕闇と霧に紛れながら、中央の巨大な石柱へ近づいていった。
第二要塞の魔獣たちは基本的に石柱の部屋で生活しているらしく、地上の移動自体はそれほど難しくなかった。
ただ一つ気になることがあった。
要塞全体に漂う濃厚な血の臭いだ。
しかし不思議なことに、人間の死体は一体も見当たらない。
五人は息を潜め、身を低くしながら進んだ。そしてついに中央の石柱の根元へ到着する。
石柱の下部には大きな入口があった。慎重に中を覗き込む。
石柱の内部は中空になっていた。複数の螺旋階段が上方へ伸びている。
その周囲には無数の部屋や通路が密集し、まるで立体迷宮のような構造をしていた。
ただ、その中でも一本だけ主通路と思われる大きな螺旋階段がはっきり見える。
五人は互いに視線を交わした。
「行こう」
グレンが言う。他の四人も頷いた。
全員が図らずも深く息を吸い、第二要塞の中心建築へと足を踏み入れる覚悟を決める。
その傍らで、コーディアはしゃがみ込むと、地面の小石をいくつか拾ってポケットへと滑り込ませた。
「そういえば、一つ気になってることがあるんだけど」
エリオが声を潜める
「みんな気づいてるか? 昨日からずっと、マントを着た誰かが俺たちを尾行してる」
「やっぱり気づいてたか」
ヴィクターも振り返った
「しかも妙なんだよ。時々いきなり姿を消すんだ。まるで幽霊みたいに」
彼が霧の向こうを見つめる。遠くに小さな黒い影が見えた気がした。だが次の瞬間には消えていた。
「どこの誰だか知らねぇけどな」
ソーンが剣の柄に手を置く
「そんなにコソコソしたいなら勝手にしろ。度胸があるなら出てこいってんだ」
「今は放っておけ。俺たちにはもっと重要な任務がある」
グレンが制した。
彼らは主螺旋階段を辿って上へと登っていった。ここも第一要塞と同じだった。通路にはほとんど灯りがなく、周囲の部屋に灯された明かりだけがぼんやりと漏れている。
しばらく登ったところで、上方に数体の魔獣が立ち話をしているのが見えた。
コーディアはポケットから小石を一つ取り出し、向かい側の螺旋階段へ向けて投げる。
暗闇の中、小石が手すりへぶつかり、鈍い音を響かせた。
魔獣たちは会話を止める。一体が音のした方向を確かめようと、上から飛び降りた。
残る四体は階段の縁へ歩み寄り、下を覗き込む。
その三秒後だった。黒い影が閃く。
ソーンの剣が雷光のような速さで魔獣たちの背後を薙いだ。
四体の魔獣はそのまま階段へと崩れ落ちた。
残る一同はすぐさまその骸を跨ぎ越え、後続のエリオとグレンがそれらを階段脇の狭い通路へと手際よく押し込んだ。
予想外だった。
この石柱は第二要塞の中枢と思われる重要施設のはずなのに、警備が驚くほど手薄だったのだ。
まるで見張りそのものがほとんど存在しないかのようだった。
途中で数体の魔獣と遭遇したが、どれも難なく排除できた。
そうして五人は、あっという間に中央の石柱最上部へ到達する。
そこは円形の広々とした大広間だった。
外周には十二本の柱が立ち並び、その上部を放射状の梁が繋いでいる。
まるで巨大な空中舞台が、中空の石柱の頂上に吊り下げられているような構造だ。
外へ目を向ければ、第二要塞の石柱群が一望できる。
広間の中央には魔獣たちが集まっていた。入口付近には五、六体の魔獣が見張りとして立っている。
そのうちの一体が振り返り、エリオたちの姿を見つけた。だが叫ぶより早く、エリオの剣がその喉を切り裂いた。
他の者たちも散開する。見張りの魔獣たちは次々と気絶させられた。
動きは無駄なく、音もない。魔獣たちは呻き声一つ上げられぬまま倒れていった。
五人は素早く会議場のような空間へ潜り込み、柱の陰へ身を隠す。
グレンは柱の上を見上げた。梁だ。
彼は目配せで合図を送る。五人は静かに柱をよじ登り始めた。
途中まで登ったところで、エリオの足が不意に空を切った。体がぐらりと傾き、そのまま落下しかける。
エリオは反射的に柱の突起へしがみついた。必死に体勢を立て直し、声を漏らさないよう歯を食いしばる。
他の四人も動きを止めた。全員が耳を澄ませる。
会議場の魔獣たちに気付かれた様子はない。
ようやく全員が梁へ飛び乗ると、その上へ腹這いになりながら下を覗き込んだ。これで会議場全体が見渡せる。
中央には巨大な円形の石卓。三体の魔獣が卓を囲んで座っていた。
さらに後方には十数体ほどの魔獣が立ち並び、何やら重要な話し合いをしているようだった。
エリオは会議場全体を見渡した。そして真っ先に石卓の魔獣たちへ目を向ける。
一体は中型の魔獣だった。灰色の長髪。灰色の長い髭。かなり高齢に見える。
しかし瞳には鋭い光が宿り、太い腕には無数の傷痕が刻まれていた。まさに百戦錬磨の戦士といった風格だ。
特に目を引くのは、その頭上に戴く精密に彫刻された黒曜石の王冠だった。
光を浴びて妖しくも控えめな輝きを放つその姿は、一目で彼がこの要塞を束ねる指導者であることを物語っていた。
だがエリオたちの目を釘付けにしたのは、その老魔獣の隣に座るもう一体だった。
その魔獣は群れの中では決して大柄ではない。むしろ小柄な部類だ。背丈も人間の成人男性と大差ない。
銀色の長髪。そして緑色の瞳。
他の魔獣たちが話している間も、一言も口を開かない。ただ黙って皆を見ている。
しかし、その身から放たれる気配は圧倒的だった。自信というよりは、もはや傲慢――
いや、全てを塵芥のように見下していると言った方が近い。
目に宿るのは絶対的な優越感。
見ているだけで背筋が冷たくなる。
周囲の魔獣とはまるで格が違った。
さらに異様だったのは態度だ。
他の魔獣たちは皆、灰髪の老魔獣へ敬意を示している。だが銀髪の魔獣だけは違った。
だらしなく腰を下ろし、老魔獣を正面から見ることすらしない。まるで相手など眼中にないと言わんばかりだった。
エリオはその銀髪翠眼の魔獣を一瞥しただけで、こいつがただの魔獣ではないと直感した。
一つの名前が脳裏をよぎる。
モルゴロス。
エリオは他の仲間たちを見る。全員の目が同じ答えを語っていた。
「正面からやり合いたくないわね」
コーディアが唇だけでそう告げる。
「俺もだ」
エリオは変顔を返した。
この距離から見ているだけでも分かる。
五人全員で挑んだとしても、勝てる気がしなかった。
エリオは再び下を見渡した。
その時だった。ある反射光が目に入る。
黄色い八面体の金属箱。
黄の匣だ。
本当にここにあった。
エリオはごくりと唾を飲み込む。
どうやって奪い返す?
必死に策を巡らせる。
しかし状況は最悪だった。
黄の匣は紫髪の魔獣が手に持っている。
その周囲には四、五体の魔獣が警護として立っていた。
そして、その正面には――あの銀髪翠眼の魔獣。
モルゴロスと思われる存在が座っている。
正面から突っ込んで黄の匣を奪う。そんな方法が成功するとは、とても思えなかった。
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