19. 魔獣の本拠地に閉じ込められる
狩魔隊の五人は、魔獣たちに包囲されていた。
先頭に立っているのは、緑髪の魔獣。
周囲では、時折別の魔獣が威嚇するような咆哮を上げている。
エリオは状況のまずさを肌で感じていた。ちらりとグレンを見る。彼の表情も重い。
いくら経験豊富な狩魔師とはいえ、魔獣の本拠地の中で囲まれている今の状況は圧倒的に不利だった。
今できることは、隙を見つけて逃げることだけ。真正面から戦うのは、絶対に得策ではない。
「私がこの要塞へ連れてこられた時、あの緑髪の魔獣を見たわ」
コーディアが小声で言った。
「他の魔獣たちは、あいつをマイビーって呼んでいた。
この要塞では、かなり地位の高い存在みたい」
「あいつは何を望んでいる?」
グレンが声を潜める
「君をここへ連れてきて、何をするつもりだったんだ?」
「分からない」
コーディアは小さく首を振った
「ただ、長老が戻ってきてからすべて決めるって話していたのは聞いたわ」
「それってつまり……」
エリオが言いかけた瞬間、周囲の魔獣たちが再び咆哮を上げた。
「さて」
緑髪の魔獣――マイビーが片手を上げた。
その瞬間、周囲の魔獣たちは一斉に静まり返る。
どうやら、やはりこの要塞内で指導的な立場にあるらしい。
「我ら第一要塞が最も嫌うもの。それは人間です。人間を見つけたなら、例外なく殺す」
マイビーは目を細めた。
口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
「しかも今夜はちょうど満月です。人間を絞首台へ送るには、実にふさわしい日ですねぇ」
「我々は幸運でございます、マイビー様」
そばにいた魔獣が言った。
「地上でこの人間たちを見つけた時は、数が足りず、人間の娘一人を捕らえるのがやっとでした。ところが今、その仲間たちが自ら罠へ飛び込んできたのですから」
「実に良い」
マイビーは愉快そうに笑った
「全員を絞首台へ送りなさい。今宵の宴は、さぞ盛大なものになるでしょうねぇ」
エリオは背筋が冷たくなるのを感じた。
なんとか他の仲間と脱出の作戦を話し合いたかった。だが、これほど多くの魔獣に囲まれ、見張られている。
少しでも動けば気づかれる。小声で話したとしても、見逃してはもらえないだろう。
どうする。
どうすればいい。
エリオは視界の端でソーンとヴィクターを見る。二人は片手を剣に添え、動く機会を探っているようだった。
グレンとコーディアは、目だけを動かしながら逃げ道を探している。
皆、必死に冷静さを保とうとしていた。だったら俺も、取り乱すわけにはいかない。
もう誰かの足を引っ張るわけにはいかない。
エリオは心の中で自分に言い聞かせた。
魔獣たちが一歩ずつ近づいてくる。そのうち二体が、最も近くにいたヴィクターへ爪を伸ばした。
ヴィクターは本能的に、片手で鞘の中の剣を押し出す。
まさに抜こうとした、その時だった。一つの声が、魔獣の群れの動きを止めた。
「皆さん、少しお待ちを」
低く、それでいてよく通る声が魔獣の群れの後方から響いた。
片側の魔獣たちがゆっくりと足を引く。その奥から一体の魔獣が前へ歩み出た。声の主だった。
その魔獣は落ち着いた足取りで中央へ進んでくる。
近づいてきて、エリオたちはようやくその姿をはっきりと見た。
背が高く、痩せている。短い銀髪。細長い金色の瞳。
マイビーのような、見る者を戦慄させる不気味さはない。
だがその無表情な面持ちには、周囲を気圧すような底知れない威圧感が満ちていた。
その背後には、二体の魔獣が従っている。おそらく取り巻きだろう。
「ムムロ」
マイビーが眉を上げた。その顔には不快感が浮かんでいる
「あなたは、この人間たちを殺すことに反対なのですか?」
「私もあなたと同じく、この人間たちを殺すことには賛成です、マイビー」
ムムロと呼ばれた魔獣は、少しも慌てずに言った。
「ですが、長老をお忘れですか? 長老ダリプーロロが要塞へ戻るのは明日の夜です。私は、長老が戻ってから共に人間の絞首台の見世物を楽しむ方が適切だと考えます」
「ほう?」
マイビーは目を細める
「しかし今夜は満月です。伝統では、満月の夜に――」
「マイビー」
ムムロの声は冷たかった。
「あなたは伝統を守るためなら、長老ダリプーロロを蔑ろにしても構わないとお考えですか?
我々が最後に自ら人間を絞首台へ送ったのは、いつのことでしたか。
もし長老ダリプーロロがその場に立ち会えなければ、さぞ落胆なさるでしょうね。
それとも……」
ムムロの金色の瞳が細くなる。
「あなたはその功績を、独り占めしたいのですか?」
マイビーはムムロを睨みつけた。言い返そうとする。だが言葉が出てこない。
もちろんマイビーも知っていた。長老ダリプーロロは明日の夜には戻ってくる。だからこそ、今夜中に人間たちを処刑したかったのだ。
ムムロの言う通りだった。マイビーは、この戦果を独り占めしたかった。
副官である自分が、第一要塞の魔獣の群れの中で胆力と統率力を示し、勢力を広げる絶好の機会だったのだ。
ダリプーロロが戻れば、主導権も功績もまたあの長老のものになる。
――全部、この忌々しい太鼓持ちのムムロのせいだ。
マイビーは歯噛みした。
「好きにしなさい」
マイビーは吐き捨てるように言った
「何か問題が起きても、私のせいにしないでくださいよ」
そう言い残し、マイビーは背を向けて立ち去った。
エリオたちは、その一部始終を見ていた。
魔獣の世界にも権力闘争がある。
その事実を、まざまざと思い知らされた。
この要塞に入るまで、彼らはどこかで魔獣を知性の低い獣の群れだと思っていた。
制度も秩序も持たずに生きているのだと。だが違った。
魔獣の社会は、人間の社会とほとんど変わらないところまで発達している。
グレンは内心で状況を整理していた。
ムムロという魔獣は、第一要塞におけるもう一人の有力者らしい。
マイビーが去った後、周囲の魔獣たちは騒ぎ出すことなく、ムムロの指示を待っている。
ムムロもまた、自分たちを絞首台へ送るつもりなのは間違いない。
だが少なくとも今すぐではない。
それで十分だ。
彼らは、ほんの少しだけ時間を稼ぐことに成功したのだから。
ムムロは隣にいた二体の魔獣へ顔を向けた。
「ベヴミン、リクサフェン。この五人の人間を角の部屋へ閉じ込めなさい。あそこなら、安全等級も十分です」
ベヴミンとリクサフェンはすぐに数体の魔獣を連れて前へ出た。
そしてエリオたちを押し立て、角にある部屋へ移動させる。
他の魔獣たちは、蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていった。
五人は大人しく従った。
今は騒ぎを起こすべきではない。逃げる機会を待つ方がいい。直感がそう告げていた。
彼らが押し込まれたのは、円柱状の狭い部屋だった。窓はない。天井もかなり低く、立っているだけで頭が当たりそうになる。
しかも螺旋回廊に並んでいた部屋とは違い、ここには扉があった。
分厚い鉄の扉だ。
エリオたち全員が部屋へ押し込まれると、その扉は重々しい音を立てて閉じられた。室内はすぐに真っ暗になる。
外から施錠するような音が聞こえた。
続いて、ムムロの低い声が響く。
「これより、この扉には常に見張りを置きなさい。二度と逃がしてはなりません。一時間ごとに交代し、この部屋を厳重に監視するように」
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