11. 五人組、窮地へ!
グレンたちはエリオの左目――紫色の瞳を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。
やがてグレンが我に返ったように口を開く。
「これは医学史に残る大発見だぞ……。
それで、今の体調はどうなんだ? 手術からまだ数日しか経っていないだろう」
「最高に決まってるだろ」
エリオはいつもの明るい笑顔を浮かべた。
「さっき見ただろ? 俺は魔獣さえ見えれば十分なんだ。あとは何も問題ない。
だから今日からは、みんなと一緒に行動して、親父たちの黄の匣を取り戻す」
コーディアはそんなエリオを見つめた。
打ちのめされても立ち上がる強さ。
その意志の強さに感心すると同時に、彼が再び前を向けたことが嬉しかった。
「歓迎するわ、エリオ。
学校にいた頃から格闘技術が優秀だって話は聞いてたけど、さっきやっと実際に見られたわ」
コーディアは微笑みながら手を差し出す。
「改めて自己紹介するわね。私はコーディア・キャスター。
先日の作戦会議ではちゃんと挨拶できなくてごめんなさい」
「俺はグレン・フォグラーだ」
グレンも大きな手を差し出した。
その笑顔には、不思議と人を安心させる力があった。
「ヴィクター・ホールです。ナディラ王家から派遣されてきました」
ヴィクターは少し内気そうだったが、どこか柔らかな笑顔を浮かべていた。
一方、ソーンだけは不満そうに唇を尖らせている。
「別にお前が来るのなんか期待してなかったけどな。
それにお前、片目しか魔獣が見えないんだろ? 足引っ張るなよ」
「ひどいなぁ。さっきだって、俺がいなかったら魔獣にぶん殴られて気絶してたかもしれないだろ?」
エリオは胸の奥を少し刺された気がしたが、あえて軽い調子で返した。
「そんなわけないだろ。お前が余計なことしなきゃ、俺だって魔獣の爪なんか食らわなかった」
ソーンは意地を張るように言い返す。
「ちなみに彼はソーンフィールド・カウェンディシュ。
僕と同じくナディラ王家直属の狩魔師です。よろしくお願いします」
ヴィクターが補足した。
「うるさいな、ヴィクター」
ソーンは舌打ちした。
「別に自己紹介なんか必要ないだろ。
そもそも俺は、こいつが仲間になること認めてないし」
「別にお前みたいな子供の許可なんか取らなくてもいいだろ」
エリオが言い返す。
その場に笑いが広がった。
「俺が誰だか分かって言ってるのか!?」
ソーンは完全に腹を立てたらしい。
両腕をぶんぶん振り回す。
「俺はナディラ百年に一人の天才って呼ばれてるんだぞ!」
「はいはい、二人ともその辺にしておけ」
グレンが間に入った
「今はもっと大きな問題があるだろ。この迷路みたいな山からどうやって抜け出すか考えないとな」
「ああ、それなら大丈夫だと思う」
エリオが前方を指差した。
「みんながどういう道を通ったか知らないけど、俺はザヒール側の渓谷から入ってきたんだ。
あの先なら幻域の中心部へかなり早く行けるはずだ」
一行はエリオが来た方向へ進んだ。
そして夜が明ける頃、ようやく一本の渓谷へ辿り着く。
渓谷の片側はザヒール国境へ続いていた。
彼らは反対方向へ向きを変え、そのまま幻域の奥地を目指して歩き始める。
進むにつれて谷幅は徐々に広がっていった。
どうやら幻域の中心部へ近づいているらしい。
五人は足を速めた。
途中で何体かの魔獣を見かけたものの、ミレイナ隊長から聞いていた通り、単独行動中の魔獣は狩魔師へ積極的に襲いかかってはこない。
しかもこちらは五人だ。
やがて彼らは異変に気づいた。
もともとはそれなりの水量があった川が、少しずつ細くなっている。
そして気づけば、水はほとんど消えていた。
河床だけがむき出しになっている。
目の前に広がる光景は異様だった。
地形全体が緩やかな小丘の集まりのようになっており、その斜面には洞窟の入口らしき穴が点々と口を開けている。
穴の奥はどれも真っ暗だ。
土地には草木一本生えておらず、不気味な霧が薄く漂っていた。
コーディアは地図を見ながら首を傾げる。
「歩数と移動時間から距離を計算してみたんだけど、そろそろ最初の要塞に着いていてもおかしくないはずなのよね」
彼女は地図上の赤いバツ印の一つを指差した。
「この辺り、小規模な魔獣の集落すらなさそうだな」
ソーンは目を細め、霧の向こうを見渡した。
「要塞ってどんな感じなんだ?」
エリオが尋ねる。
「歴史家たちの研究によると、魔獣社会は多くの部族で構成されていて、それぞれの部族には長老魔獣がいるらしい」
グレンが説明する。
「その中でも特に大きな勢力が三つあって、それが地図のこの三か所だ」
「実際に見ればすぐ分かると思うわ。それに夜なら松明の灯りもあるはずだし」
コーディアが言った。
エリオは周囲を見回した。
少なくとも見える範囲には、要塞らしいものは何もなかった。
「気をつけろ。何か来る」
突然ヴィクターが低い声で言った。
その瞬間、エリオ以外の全員が同じ方向へ鋭い視線を向ける。
エリオは一拍遅れて気づいた。
右後方から数体の魔獣が忍び寄っている。
まずい。
その瞬間、エリオは改めて自分の弱点を思い知った。
右目は今も普通の目だ。魔獣を見ることはできない。
つまり身体の右側には、常に戦闘の死角が存在する。
それは致命的な弱点だった。
その一瞬の迷いに気づいたのはコーディアだけだった。
そして彼女はすぐに事情を察する。
「グレン」
コーディアは小声で呼びかけると、視線でエリオの右側を示した。
グレンもすぐに理解した。一歩前へ出て正面を守る。
同時にコーディアは素早く移動し、エリオの右側へ回った。
「コーディア……」
エリオが何か言いかけた、その時だった。遠くにいた魔獣たちが、一斉にこちらへ突進してきた。
グレンとソーンが迎撃へ飛び出す。
ヴィクターは身を低くし、上空から飛びかかってくる魔獣を待ち構えた。
「心配しないで! 右側は私が見るわ!」
コーディアはエリオに向かって頷く
「助かるよ、コーディア! じゃあ左は俺に任せてくれ!」
二人は同時に跳び上がった。左右から素早く剣を振り抜き、それぞれ挟み撃ちを狙っていた魔獣を斬りつける。
不思議なことだった。
これがエリオとコーディアにとって初めての共闘だったはずなのに、どこか息が合っている。
右側で何かが動く気配を感じるたび、エリオが振り向こうとするより先に、コーディアの剣が閃く。
そのたびにエリオは安心し、左側から来る敵への対処に集中できた。
エリオはやはり優れた格闘技術の持ち主だった。
最初こそ片目による距離感のズレや重心の狂いに苦しんだものの、徐々に単眼での戦闘に適応していく。
本来の実力を発揮し始めるにつれ、その表情にも自信が戻っていた。
グレンは魔獣の攻撃を受け流しながら、横目でエリオの様子を見ていた。
最初は援護に入るつもりだった。
だが、エリオとコーディアにはその必要がなさそうだった。
しかし同時に、この地形の危険さも明らかになっていた。
魔獣たちはしばらく戦ったあと、一斉に後退した。
そして数秒もしないうちに、地下洞窟の奥へ消えてしまう。
五人はその場に立ち尽くした。
足元から不気味な感覚が伝わってくる。まるで無数の影が地面の下を走り回っているようだった。
「地下だ!」
グレンが叫ぶ
「この地穴、地下で広大な網の目のように繋がっているぞ!」
「これが魔獣たちの地下通路か?」
ヴィクターは周囲を警戒しながら見回した。
どの穴から魔獣が飛び出してくるか分からない。
全員の緊張が高まる。
その時だった。突然、地面が激しく揺れ始めた。
すぐに足元へ大きな亀裂が走る。そして彼らが立っていた丘そのものが崩れ始めた。
「危ない!」
グレンが叫び、後方へ飛び退く。
ヴィクターはちょうど亀裂の上に立っていた。一瞬で崩落へ巻き込まれ、そのまま下へ落ちていく。
咄嗟に近くの岩へ手を伸ばし、縁を掴んだ。
岩の断面を手探りで確かめ、裂け目に足をかけて這い上がろうとする。
だが、掴んでいた岩が脆くも崩れ始めた。身体が再び傾く。
次の瞬間、ヴィクターは再び奈落へ落ちかけた。
その時、一本の腕が彼を掴んだ。
見上げると、宙吊りになったソーンが自分を引き留めている。
さらにその上では、グレンが片手だけでソーンの右足首を掴んでいた。
「うおおおっ!」
グレンが低く唸る。そして驚異的な腕力で二人を一気に引き上げた。
三人は安全な場所へ転がり込む。
荒い息を吐きながら、しばらく動けなかった。
先ほどまで立っていた丘は完全に崩れ落ちている。
そこには深く巨大な地溝が口を開けていた。
「みんな無事か?」
グレンは振り返り、残る仲間たちを探した。
「あそこを見ろ」
ソーンが地溝の向こう側を指差す
「狡猾な魔獣どもめ。俺たち、分断されたぞ」
ソーンの言う通りだった。
地割れは五人が立っていた場所のちょうど中央に発生していた。
地面が崩れた瞬間、それぞれが本能的に安全な側へ飛び退いた結果――
エリオとコーディアだけが、地溝の向こう側へ取り残されていた。
グレンは地溝の縁まで歩み寄り、その先を覗き込んだ。
だが、この幅は到底飛び越えられそうにない。
底も見えないほど深く、下には闇が広がっている。
最悪の事態だった。
五人で行動していたはずの隊が、真っ二つに分断されてしまったのだ。
魔獣たちもなかなか頭が回るらしい。
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