9. 決意と覚悟
「つまり……」
エリオはためらいがちに口を開いた
「その視覚改造手術は、今まで一度も成功していないのですか?」
「そうだ」
バルバスは頷く
「だが君には、他の被験者とは違う決定的な要素がある。
そのおかげで、視覚改造手術が成功する可能性がある」
「私が他の人と違う要素……?」
エリオは困惑した
「それは何ですか?」
「君がプルプラ族だからだ」
バルバスは煙管を置いた。
「過去の手術はすべて、普通の人間に対して行われた。
異なる人種である普通の人間が、プルプラの眼へ強烈な拒絶反応を示すのは当然とも言える。
だが、プルプラ族である君ならどうだ。紫の眼への適合性が、普通の人間より高い可能性がある」
「それなら……」
エリオの声はまだ少し揺れていた
「博士に、その視覚改造手術をお願いしたいです」
バルバスは目の前の少年をじっと見つめた。胸の奥に複雑な感情が渦巻く。
「その前に聞きたい。なぜだ?」
研究狂いとしての自分は、確かにその理論を試したいと思っている。自分の仮説が正しいのか、確かめてみたい。だが心の奥には、不安もあった。
過去の視覚改造手術は多くの命を奪い、最後は失敗に終わった。
もし今回も失敗したら。その結末を想像するのは、あまりに重かった。
だが一方で、もし成功すればどうなる。
ザヒールは、魔獣を見ることのできる新たな戦力を一人得ることになる。
バルバス自身の経歴にとっても、重大な突破口になるはずだ。
それでも彼は、それ以上に知りたかった。なぜこの少年は、自分のもとへ来たのか。
「自分が選択する理由を知らないまま決めるのは、とても恐ろしいことだ」
バルバスは静かに言った
「だから教えてくれ、エリオ。なぜ君は、この視覚改造手術を試したいんだ?」
エリオは窓の外を見つめたまま、何も言わなかった。
手術を受ける理由。
受けない理由。
無数の考えが頭の中を駆け巡る。
まるで二人の人間が、自分の中で言い争っているようだった。
幼い頃から後ろ指を差されてきた自分を思い出した。
実の両親から、ほとんど顧みられなかった自分を思い出した。
戦闘試験で、アージ大将に守られることしかできなかった自分を思い出した。
狩魔隊が編成された時、
「来ないでくれ。守る手間が増える」
と言われた自分を思い出した。
そして何度も胸の中で問い続けたことを思い出した。
両親はどちらもプルプラ族なのに。なぜ自分だけが、魔獣を見られないのか。
自分だって、最強種族のはずなのに。
周りのプルプラ族は、みんな狩魔師になったり、魔獣に関する研究の道へ進んだりしている。
なのに、自分だけは何ひとつできない。誰かに守られるのを、ただ黙って待つことしかできなかった。
――俺って、何の役にも立たないな。
そんな思いが胸をよぎったのは、一度や二度ではなかった。
「あなたは特別なのよ、エリオ」
スタッシーおばさんは、何度もそう言ってくれた。
「特別になんかなりたくないよ。俺、自分が変だって思う」
エリオはいつもそう言い返した。
「でも誰だって特別なのよ。あなたが普通だと思っている人たちにも、それぞれ違うところがある。それが私たちの存在する意味なのよ」
スタッシーおばさんは、そう言っていた。
それでもエリオには分からなかった。
怪物扱いされる自分に、どんな存在意義があるというのだろう。
「私は……」
エリオは小さく口を開いた。
「自分の存在意義を見つけたいんです。
純血のプルプラ族なのに、魔獣が見えない。
そんな私が、周りの人たちのために何ができるのか、ずっと分かりませんでした」
「ほう」
何かを考え込むように、しばらく黙る。やがて彼は口を開いた。
「分かった」
「だがもう一度だけ強調しておく。今話したことは、すべて私の仮説にすぎない。
君は手術に耐えられない可能性がある。
失明するか、死ぬか。そのどちらかになる危険もある。
それでも試したいのか?」
エリオはようやく視線をバルバスへ戻した。
その顔には、もう迷いを断ち切った者の表情があった。
「バルバス博士。私に、魔獣の見える眼を移植してください」
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