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第5章:招かざる「過去」の来訪者


魔界での平穏な日々は

唐突な「侵入者」によって破られた。


人界と魔界の境界付近で

大規模な空間の歪みが発生したという。


「……更紗様、少し下がっていてください」


シャーネスが鋭い視線で歪みの中心を睨みつける。


そこから吐き出されるように現れたのは

ボロボロのスーツを着た

一人の若い男だった。


「……げほっ、ごほっ!

……ここ、は……? さっきまで会社に……」


その声を聞いた瞬間

更紗の心臓がドクンと跳ねた。


「……江原くん?」


男が顔を上げる。

それは、あの深夜零時に「システムエラー」で

電話をかけてきた後輩同僚、江原だった。


江原は呆然と周囲を見渡し

最後に豪華なドレスを纏った更紗に目を留めた。


「月野……さん? え、なんで。

死んだんじゃ……それに、その姿……」


江原は腰を抜かしながら

更紗の背中にある漆黒の翼と

その人離れした美しさに震えた。


だが、驚き以上に

彼の瞳には切実な「すがり」の色が浮かぶ。


「よかった、月野さん! 助けてください!

あの後、あなたが急にいなくなって

会社はめちゃくちゃです!

上司は怒鳴るし、仕事は誰も片付けられないし……。

お願いです、戻ってきてください!」


その言葉が響いた瞬間

魔王城の気温が氷点下まで下がった。


更紗の隣に立つデストロイドの体から

殺気にも似た濃厚な魔力が溢れ出す。


「……戻るだと?」


デストロイドが静かに一歩前へ出た。

その目は、獲物を屠る獣よりも冷酷だ。


「貴様ら人間が

更紗をどれほど追い詰めたか

忘れたわけではあるまいな。

その泥にまみれた言葉を

二度と更紗に向けるな」


「ひっ……!」

江原は圧倒的な強者の威圧に

呼吸すら忘れ、地面にへばりつく。


だが、江原は恐怖に震えながらも

絞り出すように叫んだ。


「わ、分かってますよ!

月野さんがどれだけ無理してたか

僕が一番見てましたから!

……でも、僕は、僕はただ……っ」


江原の瞳が潤む。


「月野さんがいなくなるのが怖かったんだ!

仕事が回らないからじゃない、

あなたが、好きだったから……!

ずっと、憧れてたんです!

だから、あの日も……あなたの声が聞きたくて

つい、電話を……」


その「告白」は

この場にいる全員にとって予想外だった。


デストロイドの手が

怒りとは別の理由でピクリと動く。


背後ではアンデスが「

あぁん? 今、なんて言った、この小僧……」と

より一層凶悪な顔で拳を鳴らした。


更紗は、震える江原を静かに見つめた。


かつての自分なら

彼の言葉に同情したかもしれない。


けれど、今の彼女の隣には

自分を救うために千年の時を捧げた

「本当の愛」がある。


「江原くん……。

好きでいてくれたのは

ありがとう」


更紗は、デストロイドの手をそっと握り

江原に向かって微笑んだ。


それは、同僚としての情けでも

恋の受け入れでもない。

「決別」の微笑みだった。


「でも、私がいたあの場所は

もう私の居場所じゃないの。

私、ここでは『死ななくていい』の。

朝起きて、大切な人たちの声を聞い

美味しいご飯を食べる。

……そんな当たり前のことが

あそこでは出来なかった」


更紗の背後の翼が、美しく広がる。


「私はもう、魔王に愛された魔族の更紗。

……ごめんね。その想いは

あっちの世界の江原くんが

いつか他の誰かに届けるべきものよ」


デストロイドは、更紗に手を握られたことで

ようやく殺気を収めたが

江原を見る目は依然として

「不届き者」を見るそれだった。


「……シャーネス。

この男を元の世界へ送り返せ。

二度と更紗に近づけぬよう

ここの記憶は封じてな」


「御意に、我が主よ」


江原が何かを叫ぼうとしたが

シャーネスの魔法によってその姿は

光の中に消えていった。


静かになった部屋で

デストロイドは更紗を引き寄せ

耳元で低く呟いた。


「……更紗。あいつの言葉、少しは響いたか?」


わずかに嫉妬混じりの声。

更紗は可笑しくなって

彼の胸に顔を埋めた。


「全然。だって私

世界で一番わがままで過保護な魔王様に

もう捕まっちゃってるんだもん」



お読み頂きありがとうございます

次回もお楽しみに♡

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