第3章:過保護な魔王たちと、花の精霊
魔界での生活が始まって一ヶ月。
更紗は、自分の置かれた環境が
あまりにも「ホワイト」すぎることに戸惑っていた。
「更紗様、本日の『お仕事』の時間ですわ」
リアンが楽しそうに持ってきたのは
人間の国を映し出す水晶玉と
最高級の茶葉を使った紅茶だった。
更紗の仕事は、この水晶玉を眺めて
「特に変わったことはないか」を確認し
報告書を一枚書くだけ。
それも、シャーネスが隣で
下書きをすべて用意してくれるという徹底ぶりだ。
「……リアン、これってお仕事って言えるのかな?
私、昨日も三時間昼寝しちゃったんだけど」
「あら、魔族の寿命は長いですもの。
それくらいでちょうど良くってよ。
さあ、スコーンも召し上がれ」
更紗が戸惑いながらも紅茶を啜っていると、
扉が大きな音を立てて開いた。
「おい、更紗!
今日は北の領地から極上の『魔界メロン』が届いたぞ。
食うだろ?」
現れたのは魔王アンデスだ。
彼は更紗の隣にどっかと座り
メロンを豪快に切り分ける。
その仕草、食べ物の勧め方――更紗は
かつて休日にお土産を買って帰ってきた父親の姿を
どうしても彼に重ねてしまう。
「アンデス、あなた他の領地の魔王でしょ?
毎日ここに来てていいの?」
「フン、部下に任せてある。
それより、お前がちゃんと
飯を食ってるかの方が重要だ」
そこへ
さらに銀髪の主、デストロイドが静かに入ってきた。
彼はアンデスを一瞥すると
更紗の前に一輪の
透き通った青い花を置いた。
「更紗。庭に珍しい花が咲いていた」
「あ、綺麗……。ありがとう、デストロイド」
更紗が花に触れようとした瞬間
花が淡く光り、小さな人型の光
――『精霊』が姿を現した。
「あら、素敵な娘さん……」
その精霊の声を聞いた瞬間
更紗の指先が止まった。
優しくて、温かくて
いつも台所から自分を呼んでいたあの声。
「……ママ……?」
思わず漏れた呟きに
精霊はふんわりと微笑んだ。
「あらあら、懐かしい呼び方ね。
私は花の精霊。
でも、貴女を見ているとなんだか
とっても懐かしい気持ちになるわ」
デストロイドとアンデスが
同時に息を呑む。
この精霊は、更紗の母親の魂が転生した姿だった。
アンデス(父親)は気づいていないようだが
デストロイドはその正体を知っている。
精霊は更紗の頬にふわりと触れると
歌うような声で続けた。
「この世界に来てよかったわね。
貴女の周りには
貴女を世界で一番大切に思っている人たちが
こんなにたくさんいるんだもの」
更紗の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
ブラック企業で働いていた時は
泣く暇さえなかった。
枯れ果てていたはずの涙が
魔界の穏やかな空気の中で
温かい記憶と共に溢れ出してくる。
「……うん。みんな、びっくりするくらい優しくて……
時々、怖くなるくらい」
その言葉を聞いたデストロイドの手が
更紗の背中の翼にそっと触れた。
「怖がる必要はない。
ここは、お前が愛されるためにある場所だ」
デストロイド(武流)は
抱きしめたい衝動を必死に抑えていた。
隣にいるアンデスが更紗の父親であることも
目の前の精霊が母親であることも
更紗はまだ知らない。
けれど、こうして「家族」が
形を変えて再び集まった奇跡に
彼は心の底から誓っていた。
(今度こそ。……今度こそ、誰にもお前を奪わせない)
更紗は、精霊になった母親と
生まれ変わった父親
そして姿を変えたかつての恋人に
囲まれているとも知らず
運命の温かさに身を委ねるのだった。
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次回もお楽しみに♡




