第8話「護衛」
三日後の夜明け前、エルゴの屋敷に着くと倉庫の前にガルドが先に来ていた。
「なんで俺が護衛依頼に駆り出されてるんだ」
「月給払ってるんで」
「そういう問題じゃない」
エルゴが倉庫から出てきた。ガルドを一瞥して、俺を見た。
「こいつが相棒か」
「Bランクの冒険者っすよ。月牙使えます」
「……月牙のガルドか。知ってる」
ガルドが複雑な顔をした。
エルゴが地図を広げた。
「王都からの輸送隊は夜明けに山道の入口に着く。問題の盗賊は中腹の峠付近に出る。過去に二度、商隊を襲っている」
「人数は」
「わかっていない。ただ今回の輸送隊は規模が大きい。狙われる可能性が高い」
(ナビ)
「はい」
「この地域の盗賊団のデータを照合。峠の地形から想定される最大兵力は」
「推定二十五名から三十名。ただし輸送隊の規模次第で増員している可能性があります」
「正面衝突しなければ達成確率は」
「戦術次第で九十パーセント以上になります」
「十分っすね」
エルゴが俺を見ていた。
「また独り言か」
「癖っすよ」
「……面白い子だ」
山道の入口で輸送隊と合流した。
荷馬車が六台。御者と荷物番が合わせて十二名。護衛の冒険者がすでに四名ついていた。全員Cランクだ。
護衛リーダーらしき大柄な男が俺を見た。
「お前らが追加の護衛か。FランクとBランク——エルゴの旦那も人使いが荒いな」
「よろしくっす」
「峠まで俺たちの指示に従ってもらう。いいな」
「一つだけ確認させてください」
「なんだ」
「峠の手前、左手に岩場がありますよね。そこに先回りして待機したいっすけど、許可もらえますか」
リーダーが眉を寄せた。
「なんで岩場に」
「盗賊が来るとしたら峠の右側の林から出てきます。岩場から見ると死角がない。先に位置取りしておけば初動で潰せます」
「……お前、この道を知ってるのか」
「地図で見ただけっすよ」
リーダーが地図を確認した。しばらく見て、ガルドを見て、また俺を見た。
「……好きにしろ」
岩場に着いたのは夜明け直前だった。
ガルドが岩に背中をつけながら言った。
「本当に来るのか」
「来ますよ」
「根拠は」
「輸送隊の規模が大きすぎる。情報が漏れていると考えた方が自然っすよ。エルゴさんの周辺に内通者がいる可能性が高いです」
ガルドが目を細めた。
「……それをエルゴには言わなかったのか」
「今は言うタイミングじゃないっすよ。証拠もないし、言ったら輸送自体が中止になる。依頼を受けた以上、まず完遂するのが先っすよ」
「お前、外道だな」
「ありがとっすよ」
「褒めてない」
夜明けの光が山道に差し込んだ瞬間だった。
林の奥が、動いた。
最初は小さな揺れだった。木の葉が落ちるような、風とも取れる程度の揺れ。でも俺には見えていた。あの動き方は自然じゃない。複数の人間が同時に体勢を低くしたときに起きる、特有のリズムだ。
(ナビ)
「林の方向に振動を検知しています。複数。推定二十名以上——修正します。二十八名です」
(多い。でも想定内だ)
「ガルド、来ますよ」
「……わかった」
ガルドが低く構えた。岩場の端、飛び降りる直前の姿勢だ。五年間Bランクとして戦ってきた体が、自然に臨戦態勢に入っている。
林から人影が飛び出してきた。
二十八名。全員武装。手に持っているのは剣と斧が大半で、後方に弓を構えた数名がいる。統率が取れている。ただの野盗じゃない。元冒険者か、あるいは傭兵崩れだ。
先頭の男が叫んだ。
「荷馬車を止めろ! 抵抗すれば——」
声が途切れた。
岩場の上に人間が二人立っていたからだ。
(今だ)
俺は岩場から飛び降りた。
着地の瞬間、最初に動いたのは先頭から三番目の男だった。体格がいい。動きに無駄がない。統率のリズムを作っているのはこいつだ。
「ガルド、三番目っすよ」
「わかってる!」
ガルドが月牙を構えながら突っ込んでいく。
俺は逆方向に動いた。
弓を持った後方の三名が最優先だ。距離を詰める前に矢を放たれたら輸送隊に被害が出る。地面を蹴って、最短ルートで距離を詰める。
弓を持った男が俺に気づいた。慌てて矢をつがえようとする。
遅い。
手首を掴んで、内側に折る。弓が地面に落ちた。その体を盾にして残り二人の射線を塞ぎながら、肘で鳩尾を一発。崩れた体を横に投げ飛ばすと、後ろの二人が混乱する。
(視線が俺に集まった。後方の警戒が薄くなった)
振り返ると、輸送隊の護衛Cランク四名が動き始めていた。残りの盗賊二十数名と正面から打ち合っている。数で押されているが、プロの冒険者だ。すぐに崩れるレベルじゃない。
問題はガルドの方だ。
三番目の男——リーダー格が、ガルドの月牙を正面から受けていた。剣でいなして、体捌きで外している。かなりの手練れだ。
(ガルドが押されている)
俺はリーダー格の背後に回った。
正面からガルドが圧力をかけている。リーダー格の意識は前だ。後ろに人間がいることに気づいていない。
首の付け根。神経が集中している一点。
手刀を、正確に叩き込んだ。
リーダー格の膝が折れた。
その瞬間だった。
二十五名の盗賊の動きが、一斉に乱れた。
統率を取っていた人間が倒れた瞬間の、集団特有の崩れ方だ。前世のゲームで言えばボスが倒れた瞬間に雑魚敵のAIが停止するあの感覚に近い。人間でも起きる。烏合の衆は、核を失った瞬間に烏合の衆に戻る。
「ガルド、前に出てください」
「え? 今か?」
「今っすよ」
ガルドが前に出た。二メートル近い狼族が、黄金色の目を光らせて正面から歩いてくる。
それだけで、崩れかけていた盗賊の何人かが後退した。
俺もガルドの隣に並んだ。
何も言わなかった。ただ前を見た。
先に動いたのは後方の一人だった。踵を返して走り出した。それが引き金になった。二人、三人、五人と連鎖して、最後は雪崩を打つように全員が林の中に消えていった。
静寂が戻った。
地面に残っているのは気絶した数名と、リーダー格だけだ。
ガルドが大きく息を吐いた。
「……終わったのか」
「終わりましたよ」
「お前が背後から仕留めなかったら、俺はあいつに負けてたかもしれん」
「ガルドが正面で抑えてなかったら俺が背後に回れなかったっすよ。二人でやったっすよ」
ガルドが少し黙った。
「……お前、たまにいいことを言うな」
「たまにっすか」
「たまにだ」
輸送隊の護衛リーダーが駆け寄ってきた。呆然とした顔で、地面のリーダー格を見て、また俺を見た。
「……お前ら、何者だ」
「冒険者っすよ」
「FランクとBランクが、この人数を——」
「ガルドが強いんすよ」
ガルドが「お前のせいだろ」という顔をした。
エルゴに報告すると、老人は椅子に座ったまま目を細めた。
「内通者の件、気づいていたか」
「可能性として考えていたっすよ」
「言わなかった理由は」
「証拠がなかったっすよ。それと——エルゴさんが自分で気づいているかどうか、確認したかったっすよ」
エルゴが俺を長い目で見た。
「……試したのか」
「そっすよ」
沈黙があった。それから、エルゴが静かに言った。
「内通者は特定した。今日中に処理する」
「お疲れ様っすよ」
「君とは長い付き合いになりそうだ」
「よろしくっすよ」
エルゴが手を差し出した。
俺は握手しながら、頭の中でリストを更新していた。
ギルド外の収入ルート、確立。信頼できる商人との繋がり、一本。
そしてドレインの調査通知は——明日来る。
(さて。次の手は、もう決まっている)
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころは「倒さず崩す」という発想でした。二十八人を全員倒す必要はない。リーダーを抑えて統率を失わせれば、集団は自分から崩れる。カイトの戦い方は常に最小の手数で最大の結果を出します。
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次話予告:ドレインの正式調査通知が来た。カイトの返しは——「望むところっすよ」
それでは第9話でお会いしましょう!




