第7話「先手」
翌朝、俺はギルドが開く前に動いた。
テッドの工房に寄って、昨夜の続きを頼んだ。
「一つ聞きたいっすけど、ギルドマスターの名前を知ってますか」
テッドが手を止めた。
「……バルド・ドレイン。補佐と同じ苗字だ」
「叔父と甥っすか。それとも親子?」
「二十年前からこの街のギルドを仕切っている一族だ」
「叔父と甥の関係だ。二十年前からこの街のギルドを仕切っている」
「腐敗の歴史が長いっすね」
「……軽く言うな」
俺はお茶を一口飲んだ。
「テッドさん、一つ頼みがあります」
「聞くだけ聞く」
「ギルドマスターに調査を申請される前に、俺の方から先に動きたいっすよ。そのために街の有力者を何人か紹介してもらえませんか」
テッドが俺を見た。
「……有力者とは」
「ギルドに頼らなくても依頼が出せる商人とか、貴族とか。ドレインが動いても影響を受けない人間っすよ」
長い沈黙だった。
「お前、何を考えてる」
「ギルドの外に仕事のルートを作ります。ドレインがギルド内で俺の評価を操作しても、ギルドの外では関係ないっすから」
テッドがまた黙った。
金床を叩く音だけが工房に響いた。
「……一人だけ、心当たりがある」
「ありがとっす」
「礼はまだ早い。癖の強い人間だ。俺でも話しにくい」
「俺は誰とでも話せるんで」
「……それだけを信じる」
---
紹介されたのはランセルで一番大きな交易商、エルゴという初老の人間だった。
テッドに連れられて屋敷を訪ねると、使用人に通されたのは応接室ではなく倉庫だった。
「倉庫で会うっすか」
「あの人は倉庫でしか会わない。物に囲まれていないと落ち着かないんだそうだ」
倉庫の奥、荷物の山の隙間に椅子を置いて、白髪の小柄な男が座っていた。
「テッドが人を連れてくるとは珍しい。見せてみろ」
エルゴが俺を見た。値踏みするような目だったが、ドレインとは種類が違う。こちらは純粋に好奇心の目だ。
「カイトっす。冒険者やってます」
「FランクのくせにAランク魔獣を七秒で仕留めた子か。噂は聞いた」
「早いっすね」
「商人は情報が命だ。で、何が欲しい」
「ギルド経由じゃない依頼ルートっすよ」
エルゴが少し目を細めた。
「ギルドと揉めたのか」
「揉めてはないっすよ。ただ、ギルドだけに依存するのはリスク管理として良くないと思ってて」
「ほう」
「ギルドが使えなくなっても俺が動ける状態を作りたいっすよ。そのためにエルゴさんと取引できれば助かります」
エルゴが腕を組んだ。
「リスク管理、か。冒険者がそういう言葉を使うのは珍しい」
「前世が——いや、昔から考える癖があるんすよ」
「……前世、と言いかけたな」
鋭い。
「気のせいっすよ」
「そうか」
エルゴが立ち上がって、倉庫の棚を眺めながら言った。
「一つだけ依頼を出す。それをこなせたら、継続的に仕事を出してもいい」
「どんな依頼っすか」
「三日後、王都からの輸送隊が来る。ランセル近郊の山道に盗賊が出ている。護衛を頼みたい」
(ナビ)
「はい」
「山道の盗賊、何人規模だ」
「データ照合中——この地域の盗賊団の平均規模は十五名から二十名。ただし王都からの輸送隊を狙うなら、それ以上の可能性があります」
「二人でいけるっすか」
「……ガルドの戦力を加算して、七十八パーセントの達成確率です」
「悪くないっすね」
「独り言が多い子だな」
エルゴが俺を見ていた。
「癖っすよ」
「テッドが連れてきた理由がなんとなくわかった気がする」
エルゴが手を差し出した。
「三日後、夜明け前にここに来い。詳細を話す」
「了解っす」
握手しながら、俺は頭の中で計算していた。
ギルド外のルートが一本できた。ドレインが何をしてきても、仕事は止まらない。
そしてこの護衛依頼——ランクアップの審査に必要な実績として、ギルドに申告もできる。
一手で二つ取れる動きだ。
(ナビ)
「はい」
「今日の動き、記録しといてくれ」
「記録済みです。エルゴ氏との取引開始。ギルド外収入ルート、確立」
少し間があった。
「……順調です」
その一言が、また少しだけ違う色を帯びて聞こえた。
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その夜、ギルドに顔を出すとフィアが小声で呼び止めた。
「……少し、いいですか」
「どうぞ」
フィアが周りを一度確認してから、さらに声を落とした。
「……本来、職員がお伝えすべきことではないのですが」
「はい」
「ドレイン補佐が、正式調査の申請書をギルドマスターに提出しました。調査対象者への通知は規則上、三日後になります。でも——」
フィアが一瞬だけ言葉を止めた。
「……早めに知っておいた方がいいと思って」
しばらく黙った。
「……ありがとっす」
「規則違反ではありません。対象者への事前通知は、裁量の範囲内です」
「自分に言い聞かせてますか」
「……そういうわけではありません」
(その微妙に視線が逸れた顔が——待て俺)
「でも今日、先手を打ちましたよ。ギルド外に仕事のルートができました。ドレインが何をしても収入には関係なくなります」
フィアがまた少し黙った。
「……昨日の時点で、もう計画していたんですね」
「調査してもらえると助かります、って言ったのはそういう意味っすよ」
フィアがようやく気づいた顔をした。それから、小さく息を吐いた。
「……あなたって、本当に——」
「本当に?」
「……何でもありません」
「また明日来ます」
「……お待ちしています」
ギルドを出た。
夜風が冷たかった。
三日後の護衛依頼。ドレインの調査。ランクアップの審査。
全部、同時に動いている。
(さて。どれから片付けるか)
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころは「先手を打つカイトの動き」でした。ドレインが調査を申請する前に、ギルド外のルートを確保する。昨日フィアに「調査してもらえると助かります」と言っていたのはこういう意味だったんです。
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次話予告:三日後、護衛依頼当日。盗賊は予想より多かった。
それでは第8話でお会いしましょう!




