↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/33

第6話「ギルドの評価基準が間違ってる件、データで証明しますね」

 ギルドの中が静まり返っていた。


 ギルドマスター補佐・ドレインが俺を見下ろしている。太った体に、品定めするような目。この手の人間は五年間の観察で何百人と見てきた。


 権力の傘の下で生きてきたタイプだ。自分が圧倒的に有利な立場でしか動かない。


(弱い)


「スキルなしでAランク魔獣を仕留めた事実は変わらないっすよ。それを『不自然』と言うなら、ギルドの評価基準自体がおかしいってことになりませんか」


 ドレインの顔が赤くなった。


「Fランクが何を言う。ギルドには規則がある。スキルの有無はランク評価の根幹だ。それを無視した行動は——」


「無視していないっすよ」


 俺は続けた。


「ギルドの規則では、依頼の達成条件は『対象の討伐または無力化』です。俺は条件を完全に満たしました。スキルの有無は達成条件に含まれていないっすよね」


 ドレインが黙った。


「それと——過去三パーティが全滅した依頼を達成したにもかかわらず、ギルドが『不自然』と言うなら、達成できなかったパーティたちへの説明はどうなりますか。彼らが死んだのも『不自然』だったっすか」


 ギルド内のざわめきが大きくなった。


 ドレインの顔が、赤から白に変わった。

「……それは別の話だ」


「別じゃないっすよ」


 俺はカウンターに歩み寄って、フィアに向かって言った。


「フィアさん、過去三パーティの依頼報告書をここで読み上げてもらえますか」


 フィアが一瞬だけ俺を見た。何かを確認するような目だった。


「……規則上、依頼報告書は関係者への開示が可能です」


 フィアが書類を取り出した。


「第一パーティ——Bランク四名編成。坑道入口付近で全滅。死因:ヴォルグとの正面衝突。第二パーティ——Bランク三名、Cランク二名の混成。中層で分断、各個撃破。第三パーティ——全員Bランク五名。坑道崩落に巻き込まれ全滅」


 読み上げが終わった。


「ありがとうございます」


 俺はドレインに向き直った。


「三パーティ、合計十一名が死んでいます。全員Bランク以上。ギルドの評価基準では全員、俺より格上の冒険者です。でも全員、攻略できなかった」


「……だから何だ」


「ギルドの評価基準がランクとスキルだけなら、なぜ格上の冒険者十一名が死んで、スキルなしのFランクが七秒で終わらせたんすか」


 静寂だった。


 完全な静寂だった。


 ドレインが口を開こうとした。言葉が出てこない。


「俺が持っているのはスキルじゃないっすよ」


 俺は続けた。


「情報処理能力と判断速度っす。ヴォルグが過去三パーティをどう攻略したか、報告書から行動パターンを分析して、弱点を特定して、最短ルートで仕留めた。それだけっすよ」


「……それがスキルだろう」


「スキルじゃないっすよ。誰でも報告書を読めばできることっす。ただ誰もやらなかっただけで」


 ドレインの顔に、初めて別の感情が混じった。


 怒りじゃない。


 焦りだ。


 後ろからガルドの声がした。


「俺が証人だ」


 ガルドが前に出てきた。


「俺はBランクの冒険者だ。カイトと一緒に廃坑に入った。カイトがやったことを全部見ていた」


「ガルド、お前まで——」


「スキルは一切使っていなかった。武器も使っていなかった。手刀一発で仕留めた」


 ドレインがガルドを見た。ガルドは真っ直ぐ返した。


「俺はこいつに模擬戦で負けた。月牙まで使って、完封された。スキルなしに、だ」


 ギルドの中がまたざわめいた。


 月牙はこの街ではよく知られたスキルらしい。ガルドがそれを使って負けたという事実は、冒険者たちには相当な衝撃のようだった。


 ドレインが、出口を探すように視線を動かした。


 そのとき、フィアが動いた。


「ドレイン補佐」


 フィアの声は静かだった。でも芯があった。


「ギルド規則第十七条、依頼達成者への不当な調査・拘束の禁止。カイトさんは依頼条件を完全に満たし、正当な報酬を受け取っています。これ以上の引き留めは規則違反になります」


 ドレインがフィアを見た。


「……お前は受付嬢だろう」


「受付嬢は規則を把握している必要があります」


 一言で切った。


 ドレインが、俺を、ガルドを、フィアを順番に見た。


「……今日のところは引き下がる。だが覚えておけ。ギルドはFランクをいつまでもFランクとは見ない。正式な調査を申請する」


「どうぞ」


 俺は笑顔で答えた。


「調査してもらえると助かります。俺がスキルを持っていないことが正式に証明されれば、今後の活動がやりやすくなるんで」


 ドレインが何も言わずに引き下がった。


 ギルド内から、誰かが小さく笑った声が聞こえた。


 その日の夕方、依頼の精算が終わってカウンターを離れようとすると、フィアが小声で言った。


「……少し、いいですか」


「どうぞ」


「ドレイン補佐は、本当に調査を申請します。ギルドマスターに話を通す権限を持っています」


「知ってます」


「……わかっていて、あんな言い方をしたんですか」


「調査してもらえると助かります」


「……なぜですか。普通は嫌がるはずですが」


「スキルなしが正式に証明されれば——色々と動きやすくなるんで」


 フィアがしばらく黙った。


「……それだけですか」


「それだけっすよ」


(フィアさんは気づいてる。でも全部は言わせてくれないタイプだ。それでいい)


 フィアが少し目を見開いた。


「……そこまで計算していたんですか」


「してないと損するんで」


「…………」


「フィアさん」


「はい」


「さっき規則を出してくれたの、ありがとうございます」


 フィアが一瞬だけ固まった。


「……規則を適用しただけです」


「そっすね」


「……別に、カイトさんのためではないです」


「そっすね」


「……ただ、規則違反を見逃すわけにはいかないので」


「そっすね」


(三回同じことを言った。それはもう意味が変わってくる気がするんだが——待て俺)


「また明日来ます」


「……お待ちしています」


 ギルドを出た。


 夕暮れの風が気持ちよかった。


(ナビ)


「はい」


「フィアさんって、どう思う」


 少し間があった。


「……データが不足しています」


「そっか」


「……ただ」


「ただ?」


「……カイトに向ける目が、他の冒険者に向けるものと違います。これは観測事実です」


 俺は空を見上げた。


(こいつ、最近言葉が増えてきてる)


「ナビ」


「はい」


「少しずつ変わってきてるな、お前」


 長い間があった。


「……そうかもしれません」

 また、答えの代わりにその言葉が来た。


 工房に寄ると、テッドが珍しく扉を開けて待っていた。


「……ドレインと揉めたそうだな」


「噂が早いっすね」


「この街は狭い」


 テッドが中に入れとも言わず、扉の前に立ったままこちらを見た。


「ドレインはギルドマスターの親戚だ。正式なルートで動かれると面倒になる」


「知ってます」


「知ってて喧嘩を売ったのか」


「喧嘩じゃないっすよ。ただ事実を言っただけっす」


 テッドが少し黙った。


「……お前は、この街で何をするつもりだ」


「まだ決めてないっすよ」


「決めてないのにドレインを敵に回したのか」


「敵じゃないっすよ。まだ」


「まだ、というのは」


「必要になったら、ちゃんと敵にします」


 テッドが俺を見た。長い目だった。


 それから、扉を大きく開いた。


「……入れ。茶くらい出してやる」


「ありがとっす」


「礼はいらん」


 工房に入ると、鉄と油の匂いの中にかすかに茶の香りが混じっていた。


 テッドが湯を沸かしながら、背中を向けたまま言った。


「ドレインの親父は、二十年前のギルドマスターだった」


 俺は黙って聞いた。


「俺が冒険者を辞めた理由と、そいつは無関係じゃない」


 火が、薪を弾く音がした。


「……今はまだ話せん。だが——」


 テッドが振り返った。


「お前がこの街で本気でやるつもりなら、俺は邪魔しない。それだけだ」


 俺はお茶を一口飲んだ。


「テッドさん」


「なんだ」


「二十年前の話、いつか聞かせてください」


 テッドが黙った。


 テッドは何も言わなかった。ただ、否定もしなかった。


 工房の外で、夜風が吹いていた。


 ドレインとギルドマスター。テッドの過去。二十年前に何があったのか。


 点と点が、少しずつ線になり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ……なんか別の物語のエピソードが入っていますよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。