第6話「ギルドの評価基準が間違ってる件、データで証明しますね」
ギルドの中が静まり返っていた。
ギルドマスター補佐・ドレインが俺を見下ろしている。太った体に、品定めするような目。この手の人間は五年間の観察で何百人と見てきた。
権力の傘の下で生きてきたタイプだ。自分が圧倒的に有利な立場でしか動かない。
(弱い)
「スキルなしでAランク魔獣を仕留めた事実は変わらないっすよ。それを『不自然』と言うなら、ギルドの評価基準自体がおかしいってことになりませんか」
ドレインの顔が赤くなった。
「Fランクが何を言う。ギルドには規則がある。スキルの有無はランク評価の根幹だ。それを無視した行動は——」
「無視していないっすよ」
俺は続けた。
「ギルドの規則では、依頼の達成条件は『対象の討伐または無力化』です。俺は条件を完全に満たしました。スキルの有無は達成条件に含まれていないっすよね」
ドレインが黙った。
「それと——過去三パーティが全滅した依頼を達成したにもかかわらず、ギルドが『不自然』と言うなら、達成できなかったパーティたちへの説明はどうなりますか。彼らが死んだのも『不自然』だったっすか」
ギルド内のざわめきが大きくなった。
ドレインの顔が、赤から白に変わった。
「……それは別の話だ」
「別じゃないっすよ」
俺はカウンターに歩み寄って、フィアに向かって言った。
「フィアさん、過去三パーティの依頼報告書をここで読み上げてもらえますか」
フィアが一瞬だけ俺を見た。何かを確認するような目だった。
「……規則上、依頼報告書は関係者への開示が可能です」
フィアが書類を取り出した。
「第一パーティ——Bランク四名編成。坑道入口付近で全滅。死因:ヴォルグとの正面衝突。第二パーティ——Bランク三名、Cランク二名の混成。中層で分断、各個撃破。第三パーティ——全員Bランク五名。坑道崩落に巻き込まれ全滅」
読み上げが終わった。
「ありがとうございます」
俺はドレインに向き直った。
「三パーティ、合計十一名が死んでいます。全員Bランク以上。ギルドの評価基準では全員、俺より格上の冒険者です。でも全員、攻略できなかった」
「……だから何だ」
「ギルドの評価基準がランクとスキルだけなら、なぜ格上の冒険者十一名が死んで、スキルなしのFランクが七秒で終わらせたんすか」
静寂だった。
完全な静寂だった。
ドレインが口を開こうとした。言葉が出てこない。
「俺が持っているのはスキルじゃないっすよ」
俺は続けた。
「情報処理能力と判断速度っす。ヴォルグが過去三パーティをどう攻略したか、報告書から行動パターンを分析して、弱点を特定して、最短ルートで仕留めた。それだけっすよ」
「……それがスキルだろう」
「スキルじゃないっすよ。誰でも報告書を読めばできることっす。ただ誰もやらなかっただけで」
ドレインの顔に、初めて別の感情が混じった。
怒りじゃない。
焦りだ。
後ろからガルドの声がした。
「俺が証人だ」
ガルドが前に出てきた。
「俺はBランクの冒険者だ。カイトと一緒に廃坑に入った。カイトがやったことを全部見ていた」
「ガルド、お前まで——」
「スキルは一切使っていなかった。武器も使っていなかった。手刀一発で仕留めた」
ドレインがガルドを見た。ガルドは真っ直ぐ返した。
「俺はこいつに模擬戦で負けた。月牙まで使って、完封された。スキルなしに、だ」
ギルドの中がまたざわめいた。
月牙はこの街ではよく知られたスキルらしい。ガルドがそれを使って負けたという事実は、冒険者たちには相当な衝撃のようだった。
ドレインが、出口を探すように視線を動かした。
そのとき、フィアが動いた。
「ドレイン補佐」
フィアの声は静かだった。でも芯があった。
「ギルド規則第十七条、依頼達成者への不当な調査・拘束の禁止。カイトさんは依頼条件を完全に満たし、正当な報酬を受け取っています。これ以上の引き留めは規則違反になります」
ドレインがフィアを見た。
「……お前は受付嬢だろう」
「受付嬢は規則を把握している必要があります」
一言で切った。
ドレインが、俺を、ガルドを、フィアを順番に見た。
「……今日のところは引き下がる。だが覚えておけ。ギルドはFランクをいつまでもFランクとは見ない。正式な調査を申請する」
「どうぞ」
俺は笑顔で答えた。
「調査してもらえると助かります。俺がスキルを持っていないことが正式に証明されれば、今後の活動がやりやすくなるんで」
ドレインが何も言わずに引き下がった。
ギルド内から、誰かが小さく笑った声が聞こえた。
その日の夕方、依頼の精算が終わってカウンターを離れようとすると、フィアが小声で言った。
「……少し、いいですか」
「どうぞ」
「ドレイン補佐は、本当に調査を申請します。ギルドマスターに話を通す権限を持っています」
「知ってます」
「……わかっていて、あんな言い方をしたんですか」
「調査してもらえると助かります」
「……なぜですか。普通は嫌がるはずですが」
「スキルなしが正式に証明されれば——色々と動きやすくなるんで」
フィアがしばらく黙った。
「……それだけですか」
「それだけっすよ」
(フィアさんは気づいてる。でも全部は言わせてくれないタイプだ。それでいい)
フィアが少し目を見開いた。
「……そこまで計算していたんですか」
「してないと損するんで」
「…………」
「フィアさん」
「はい」
「さっき規則を出してくれたの、ありがとうございます」
フィアが一瞬だけ固まった。
「……規則を適用しただけです」
「そっすね」
「……別に、カイトさんのためではないです」
「そっすね」
「……ただ、規則違反を見逃すわけにはいかないので」
「そっすね」
(三回同じことを言った。それはもう意味が変わってくる気がするんだが——待て俺)
「また明日来ます」
「……お待ちしています」
ギルドを出た。
夕暮れの風が気持ちよかった。
(ナビ)
「はい」
「フィアさんって、どう思う」
少し間があった。
「……データが不足しています」
「そっか」
「……ただ」
「ただ?」
「……カイトに向ける目が、他の冒険者に向けるものと違います。これは観測事実です」
俺は空を見上げた。
(こいつ、最近言葉が増えてきてる)
「ナビ」
「はい」
「少しずつ変わってきてるな、お前」
長い間があった。
「……そうかもしれません」
また、答えの代わりにその言葉が来た。
工房に寄ると、テッドが珍しく扉を開けて待っていた。
「……ドレインと揉めたそうだな」
「噂が早いっすね」
「この街は狭い」
テッドが中に入れとも言わず、扉の前に立ったままこちらを見た。
「ドレインはギルドマスターの親戚だ。正式なルートで動かれると面倒になる」
「知ってます」
「知ってて喧嘩を売ったのか」
「喧嘩じゃないっすよ。ただ事実を言っただけっす」
テッドが少し黙った。
「……お前は、この街で何をするつもりだ」
「まだ決めてないっすよ」
「決めてないのにドレインを敵に回したのか」
「敵じゃないっすよ。まだ」
「まだ、というのは」
「必要になったら、ちゃんと敵にします」
テッドが俺を見た。長い目だった。
それから、扉を大きく開いた。
「……入れ。茶くらい出してやる」
「ありがとっす」
「礼はいらん」
工房に入ると、鉄と油の匂いの中にかすかに茶の香りが混じっていた。
テッドが湯を沸かしながら、背中を向けたまま言った。
「ドレインの親父は、二十年前のギルドマスターだった」
俺は黙って聞いた。
「俺が冒険者を辞めた理由と、そいつは無関係じゃない」
火が、薪を弾く音がした。
「……今はまだ話せん。だが——」
テッドが振り返った。
「お前がこの街で本気でやるつもりなら、俺は邪魔しない。それだけだ」
俺はお茶を一口飲んだ。
「テッドさん」
「なんだ」
「二十年前の話、いつか聞かせてください」
テッドが黙った。
テッドは何も言わなかった。ただ、否定もしなかった。
工房の外で、夜風が吹いていた。
ドレインとギルドマスター。テッドの過去。二十年前に何があったのか。
点と点が、少しずつ線になり始めていた。




