第9話「七日間の準備」
四日目の朝、ランセルは雨だった。
ギルドに向かう道すがら、ガルドが空を見上げながら言った。
「雨の日は依頼が減る」
「そっすね」
「暇になるぞ」
「暇にはならないっすよ」
「なんでだ」
「今日から七日間、やることが山ほどありますよ」
ガルドが足を止めた。
「……七日間?」
「ドレインの調査通知が来るのは今日か明日のはずっすよ。フィアさんが言ってたっすよ」
「お前、帰ってきた昨日の時点で既に動く気だったのか」
「当たり前っすよ」
ガルドが深いため息をついた。
「……三日間の護衛で疲れた体に鞭打つのか」
「月給払ってますよ」
「そういう問題じゃない」
ギルドに着くと、フィアがカウンターの前で待ち構えていた。
いつもより表情が硬い。
「……おかえりなさい」
「ただいまっすよ」
「無事でよかったです」
「ありがとっすよ」
フィアが一瞬だけ表情を緩めた。それからすぐに元の顔に戻した。
「……少し、いいですか」
「どうぞっすよ」
フィアが周囲を確認してから声を落とした。
「本来、職員がお伝えすべきことではないのですが——」
一度止まった。
「ドレイン補佐が、正式調査の申請書をギルドマスターに提出しました。今朝、正式に受理されています。調査対象者への通知書は、今日の午後に届きます」
「ありがとっすよ」
「……早めに知っておいた方がいいと思って」
「規則の裁量範囲内っすか」
「……そうです」
(その視線が少し逸れた。昨日まで三日間ランセルにいなかったのに、帰ってきた当日の朝に教えに来てくれている——待て俺、今は仕事の話だ)
「七日以内に調査員と面談、スキル鑑定を受けること。虚偽申告が発覚した場合は冒険者登録の永久抹消——という内容になります」
「わかりましたよ」
「……心配ではないんですか」
「全然っすよ」
フィアが黙った。信じていいのか判断できない顔だ。
「フィアさん、一つ頼んでいいっすか」
「……何ですか」
「調査当日、公開の場でやりたいっすよ。ギルドの中で、他の冒険者が見ている前でスキル鑑定を受けたいっすよ」
フィアが少し目を見開いた。
「……公開、ですか」
「そっすよ」
「……理由を聞いてもいいですか」
「調査員とドレインが組んでいたとして、衆人環視の中で虚偽の判定を出せば、そっちの方が大きな問題になりますよ。だから公開にしたいっすよ」
フィアがしばらく黙った。
それから、静かに言った。
「……規則上、調査の実施場所に制限はありません。対象者が公開を希望する場合、ギルドはそれを妨げることができません」
「ありがとっすよ」
「……最初から、こうするつもりだったんですね」
「調査してもらえると助かります、って言ったのはそういう意味っすよ」
フィアがようやく合点のいった顔をした。それから、小さく息を吐いた。
「……あなたって、本当に——」
「本当に?」
「……何でもありません」
(言いかけてやめた。また三回目だ——待て俺、数えるな)
午後、テッドの工房に寄った。
テッドが金床を叩きながら、背中越しに言った。
「帰ってきたか」
「三日ぶりっすよ」
「護衛はどうだった」
「無事に終わりましたよ」
「……ドレインが動いたのは知っているか」
「今朝フィアさんに聞きましたよ」
テッドが手を止めて振り向いた。
「何か考えがあるんだろう」
「ありますよ。公開の場で鑑定を受けますよ。衆人環視の中で虚偽判定を出させれば、そっちが詰みっすよ」
テッドが少し黙った。
「……一つだけ教えてやる」
「はい」
「ギルド本部の調査員は、ドレインの古い知り合いだという話がある。二十年前から商売している知人から聞いた。信頼できる情報だ」
(なるほど。調査員ごと話がついている可能性がある)
「使えますよ。ありがとっすよ」
「使い方を間違えるなよ」
「わかってますよ」
工房を出ようとすると、テッドが背中に向かって言った。
「……調査当日、俺も顔を出す」
「もちろんっすよ。助かりますよ」
「……礼はいらん」
扉が閉まった。
(テッドさんなりの、応援の仕方だ)
夕方、宿に戻るとガルドが廊下で待っていた。
「証人集め、動き始めた」
「ありがとっすよ」
「アッシュには俺からも声をかけた。了承してくれた。あとはギルドで二人——俺の知り合いの冒険者だ。どちらも直接お前の仕事を見たことがある」
「助かりますよ」
「エルゴの旦那には?」
「明日直接頼みに行きますよ」
ガルドが腕を組んだ。
「……七日で足りるのか」
「足りますよ」
「根拠は」
「もう大体揃ってますよ。証人はガルドが動いてくれた。公開の場はフィアさんが確保してくれる。調査員の情報はテッドさんから来た。エルゴさんは明日話せばいいっすよ」
ガルドが少し目を見開いた。
「……今日一日で全部動かしたのか」
「帰ってきた日に動かないと意味ないっすよ」
「お前、三日間の護衛で疲れてないのか」
「疲れましたよ。でもドレインは疲れを待ってくれないっすよ」
ガルドが黙った。
長い沈黙の後、ぼそりと言った。
「……俺、お前のこと尊敬してるぞ。言ったことないけど」
「ありがとっすよ」
「一回しか言わないからな」
「わかってますよ」
部屋に入って、窓の外の雨を眺めた。
七日後、調査員が来る。ドレインが仕掛けてくる。でも盤面は既にこちらが作っている。
(ナビ)
「はい」
「今日の動きを整理してくれ」
「了解しました。確保済みの要素を列挙します。証人——アッシュ、ガルドの知人二名、テッド、エルゴ予定。公開の場——フィアが規則上の手続きを把握済み。調査員の情報——ドレインの古い知り合いであることを確認。残り課題——エルゴへの正式依頼、調査員の詳細な素性調査」
「明日以降でいけますね」
「……はい」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日、多くの人が動いてくれました」
「そっすね」
「……計算通りでしたか」
俺は少し考えた。
「テッドさんが自分から来ると言ってくれたのは計算外っすよ」
「……そうですか」
また少し間があった。
「……それは、うれしかったですか」
俺は窓の外を見たまま答えた。
「うれしかったっすよ」
(頭の中で、ナビが静かに黙った。でもその沈黙は、今までとは少し違う気がした)
雨が、ランセルの石畳を濡らしていた。
七日間が始まった。
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次話予告:七日目——調査当日。ギルドに人が集まり始めた。ドレインの顔が、少しずつ青ざめていく。
それでは第10話でお会いしましょう!




