第4話「鍛冶師」
ランセルで三日目の朝だった。
ガルドに「いい武器屋を知らないか」と聞くと、間髪入れずに「やめとけ」と返ってきた。
「なんでっすか」
「偏屈な親父が一人でやってる店だ。態度が悪い。気に入らなきゃ客でも追い出す」
「面白そうっすね」
「面白くない。俺も三回追い出された」
ガルドが珍しく渋い顔をしている。よほど手を焼いたらしい。
俺は地図を確認した。街の南端、路地を二本入ったところに「テッド工房」とある。
「行ってみます」
「……止めても行くんだろうな」
「そっすね」
ガルドが深いため息をついた。
工房の扉は古びた木製で、ノックしても返事がなかった。
中から金属を叩く音がする。営業中ということだろう。
俺は扉を開けた。
鉄と油の匂いが充満している。壁一面に工具が並び、棚には完成品の武器が無造作に置かれていた。カウンターの奥で、ずんぐりした体型のドワーフが金床に向かっていた。
白髪交じりの短い顎髭。傷だらけの両手。年は五十を超えているように見える。
「すみません」
返事がない。
「武器を見たいんですが」
「……見るだけなら帰れ」
低い声だった。振り向きもしない。
「買うかもしれないんで」
「かもしれない客はいらん」
俺は部屋を見回した。
(品質が高い。見ただけでわかる。刃の角度、柄のバランス、どれも丁寧に作られている。ここの武器は本物だ)
「ナビ、棚の短剣を分析できるか」
(頭の中に声が響く)
「棚左端の短剣——品質S判定。素材はミスリル合金。製造精度、このエリアの流通品と比較して上位〇・一パーセント以内です」
俺は短剣を手に取った。
「……勝手に触るな」
「すごい品質っすね」
ドワーフの手が止まった。
初めてこちらを向いた。小さな目が、俺を上から下まで見た。
「……お前、わかるのか」
「なんとなくっす」
「なんとなくで触るな。素人が」
「素人じゃないっすよ」
ドワーフがまた俺を見た。今度は少し違う目だった。
「名前は」
「カイトっす」
「冒険者か」
「昨日からFランクで」
「Fランクが来る店じゃない」
「品質で選んだんで、ランクは関係ないっすよ」
ドワーフが鼻を鳴らした。
「口だけは一人前だな」
「短剣、いくらっすか」
「お前には売らん」
「なんで」
「Fランクに使いこなせる代物じゃない。宝の持ち腐れだ」
俺は短剣を持ったまま、軽く手首を動かした。
刃の角度を変えながら、重心の位置を確かめる。握りを三回変えて、どの角度が一番しっくりくるか試す。
ドワーフが黙って見ていた。
「……どこで覚えた」
「見てたら自然に」
「嘘をつくな。素人の持ち方じゃない」
「スキルがないんで、道具の使い方だけは人より考えてきたっす」
ドワーフがまた黙った。
金床に戻って、また金属を叩き始める。話は終わりだという態度だった。
俺は短剣を棚に戻した。
「また来ます」
「来なくていい」
「来ます」
「……好きにしろ」
工房を出ると、路地の角でガルドが腕を組んで待っていた。
「追い出されなかったのか」
「今日は」
「今日は?」
「また来るんで」
ガルドが信じられないものを見る目をした。
翌日も工房を訪ねた。
今日はドワーフ——テッドが話しかけてきた。昨日よりわずかに口が軽い。
「お前、Fランクで何の依頼をやってる」
「昨日だけで十五件っす」
「……一日でか」
「ガルドも連れてったんで少し早かったっす」
「ガルドを知ってるのか」
「仲間になってもらいました」
テッドがまた黙った。
しばらく金属を叩いてから、ぽつりと言った。
「……あいつは昔、俺の客だった」
「そうなんすか」
「月牙を使えるようになる前、何度も武器を折っては来た。馬鹿みたいに突っ込んで、馬鹿みたいに折る。それでも諦めなかった」
テッドの声が少し変わった。
「お前がどうやってあいつに勝ったのか、ガルドから聞いた」
「話してたんすか」
「あいつは正直だからな。スキルなしに完封されたって、恥ずかしげもなく言いに来た」
俺は棚の剣を眺めながら聞いた。
「テッドさんは昔、冒険者だったっすか」
金属を叩く音が止まった。
「……なんでそう思う」
「体の動かし方が戦ってきた人のそれっす。それと手の傷の付き方が、工房仕事だけじゃない」
長い沈黙だった。
「……Aランクだった。二十年前の話だ」
「なんで辞めたんすか」
「聞くな」
「すみません」
「……仲間を死なせた。それだけだ」
俺は何も言わなかった。
テッドも何も言わなかった。
金属を叩く音だけが工房に響いた。
数時が過ぎたとき・・・
「短剣、売ってやる」
「いくらっすか」
「定価の半額でいい」
「なんで」
「……お前が持てば無駄にならんと思っただけだ。理由はそれだけだ」
俺は財布を出した。
「ありがとっす」
「礼はいらん」
短剣を受け取って、もう一度重心を確かめた。
(頭の中でナビが反応した)
「品質S、ミスリル合金。カイトの現在の戦闘スタイルに対する適合率——九十四パーセントです」
「高いな」
「残り六パーセントは使い込むことで改善されます」
「お前に言われると説得力あるな」
「……ありがとうございます」
テッドが「何を独り言言ってる」という顔でこちらを見た。
「癖っす」
「変なやつだ」
工房を出る直前、テッドが背中に向かって言った。
「……カイト」
「はい」
「お前がこの街で何をしようとしてるのか知らんが——面白くなりそうだと思ってる。それだけだ」
俺は振り返らずに答えた。
「またすぐ来ます」
「来なくていい」
「来ます」
「……好きにしろ」
路地を出たところで、ガルドがまた腕を組んで待っていた。
「今日も追い出されなかったのか」
「短剣買えました」
「……あの親父が売ったのか」
「はい」
ガルドが絶句した。
「俺、三年通って一回も売ってはもらえなかったぞ」
「相性っすよ」
「相性って何だ」
(頭の中でナビが小さく言った)
「……カイトは人を見るのが上手いんだと思います」
(俺は少し考えてから、小声で返した)
「お前も人を見てるよな、最近」
(少し間があった)
「……そうかもしれません」
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次話予告:
ギルドに一枚の依頼が貼り出された。
報酬は破格。でも誰も受けていない。
理由は——「過去に挑んだパーティが全滅している」から。
それでは第5話でお会いしましょう!




