第3話 翌朝・ギルドへ
翌朝、ギルドに着いたのは開館直後だった。
掲示板のFランク依頼を確認していると、背後から大きな足音が近づいてくる。重い。昨日と同じ歩き方だ。
「来たな・・・」
振り返るまでもなかった。
「おはようございます」
「……おはよう、じゃないだろ。昨日の話、覚えてるか」
ガルドという名前を昨晩宿の主人に聞いた。狼族で、現在Bランクの冒険者。ギルドでは有名らしい。
「証明してみろって言ってましたっけ」
「そうだ。お前がスキルなしで本当に強いなら、俺と模擬戦をやれ」
「勝ったらなんかいいことありますか」
「……は?」
「メリットを確認してるんすけど」
ガルドが眉を寄せた。
「もし、俺に勝ったらギルドでの評判が上がる。それだけだ・・・文句あるか」
「まあいいっすよ」
あっさり答えると、ガルドが拍子抜けした顔になった。
ギルドの裏手に、模擬戦用の訓練場があった。
砂地の円形スペース。すでに数人の冒険者が見物に来ている。カウンターのフィアも、窓越しにこちらを見ていた。
(見てるふふふっ)
その事実だけで脳内が少し騒いだが、今は仕事中だ。
ガルドが中央に立って腕を回す。
「ルールは一つだ。先に音を上げた方が負け。武器の使用は自由」
「了解っす」
「来い」
ガルドが構えた。どっしりと重心を落として、迎え撃つ気満々の姿勢だ。
俺は五秒、ガルドを観察した。
(重心が均等。反応型の構えだ。こっちが動くまで待つつもりでいる)
俺が先に動いた。
ガルドが目を細めた瞬間——俺は真っ直ぐ踏み込んで、一歩手前で止まった。
ガルドの右拳が反射的に出てくる。
(そこだ)
右拳をかわしながら、左の脇腹に手刀を入れた。軽く。力の三割程度だ。
ガルドが一瞬ぐらついた。
「……今、何をした」
「フェイントっす。釣られましたよね」
ガルドの顔が赤くなった。
ガルドが構えを変えた。
今度は低い姿勢。狼族の身体強化スキル——「疾風脚」の構えだ。速度で押しつぶしにくるつもりだ。
(頭の中でナビの声が響いた)
「疾風脚と推定されます。通常の三倍の接近速度。弱点は——」
「わかってる」
俺だけに聞こえる声だ。ナビの声は最初からそうだった。他の人間には届かない。
ガルドが地面を蹴った。速い。普通の冒険者なら目で追えない速度だ。
来る軌道が見えた。
(右から。体重が前に乗りすぎてる。止まれない速度で突っ込んでくるタイプだ)
俺は半歩だけ右にずれた。
ガルドの拳が空を切る。
「……速度を合わせてるのか?」
「いえ、全力でやってますよ・・・」
ガルドの目が細くなった。
今度は連打に切り替えてきた。速度を落とした代わりに、手数を増やすタイプだ。左右から交互に拳が来る。
俺は受けなかった。
全部、体の向きを変えることで外した。ギリギリの間合いで、毎回数センチだけ。
「なんで当たらないんだ!」
「当たるところに体がないんで」
「屁理屈を言うな!」
十五連撃。全部外れた。
ガルドが大きく息を吐いて距離を取った。
(疲れてきた。連撃は体力消費が大きい。あと三セット打ったら腕が上がらなくなる)
「お前、スキルで見てるのか。未来予知とか」
「ないって言いましたよね、スキル」
「じゃあなんで——」
「見えてる。それだけだ」
ガルドが黙った。
今まで誰にも言われたことがない言葉だったんだろう。種族スキルで強化した動きを「見えてる」と言い切られた経験が。
ガルドが最後の手を使ってきた。
「喰らえ——『月牙』」
狼族の上位スキル。爪に魔力を纏わせて飛ばす、遠距離攻撃だ。これを持っているのがガルドがBランクまで上がれた理由だと、宿の主人が言っていた。
三日月形の魔力の刃が、俺に向かって飛んでくる。
(ナビの声が頭に響いた)
「月牙の軌道を計算中——右に四十センチ逸れて落下します」
俺は動かなかった。
月牙が、俺の右四十センチをすり抜けて地面に落ちた。
砂が舞い上がる。
見物していた冒険者たちがざわめいた。
「……なんで避けなかった」
「当たらないとわかってたんで」
「なんでそれがわかる」
「お前の右肩が一瞬下がった。狙いがずれてる証拠っす」
ガルドが固まった。
月牙を放つとき、右肩が疲労で落ちていた。本人も気づいていないレベルの微妙な動きだ。
(ここだ)
俺は初めて本気で前に出た。
ガルドが反応しようとする。でも連撃で腕が上がらない。
首の付け根に、軽く手刀を入れた。
神経が集中している一点だけを、正確に。
ガルドの膝から折れた。
「……負けた」
砂の上に膝をついたガルドが、まっすぐ俺を見た。
「お前、スキルを持ってたとしても使わなかっただろ」
「まあ」
「なんでだ」
「スキルは攻撃の補助輪だって言ったじゃないっすか。補助輪なしで勝ちたかっただけっす」
ガルドがしばらく黙っていた。
それから、ゆっくり立ち上がった。
「……俺に、お前の戦い方を教えてくれないか」
「金とりますよ」
「いくらだ」
「まず飯おごってください。腹減ったんで」
ガルドが呆気に取られた顔で固まった。
「……お前って、本当に何なんだ」
「さあ」
訓練場を出たところで、フィアが立っていた。
仕事中のはずだが、窓口を離れて外まで来ている。珍しい。
「……お疲れ様でした」
「ありがとっす」
「一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「戦いの途中で、一人で何かを呟いていましたよね。独り言ですか」
俺は少し考えた。
「……まあ、そんなとこっす」
「そうですか」
フィアが一瞬だけ何か言いたそうな顔をして、また表情を戻した。
「また依頼あったら教えてもらえると助かります」
「……わかりました」
フィアが窓口に戻っていく背中を見送りながら、俺は小声で話しかけた。
「ナビ」
「はい」
「今日の模擬戦、どうだった」
「……カイトの判断速度は前世のゲームで言うとトッププレイヤーのそれと同等です」
「評価してくれるのか」
「……事実を報告しているだけです」
少し間があった。
「……でも、見ていて——」
「見ていて?」
「……何でもありません」
それ以上は喋らなかった。
俺は試合会場を後にしながら、こいつが「何でもない」と言った続きを考えていた。
(こいつ、絶対何か言いかけた気がしたんだけど・・・)
五年間一緒にいて、初めてナビが言葉を途中で止めた。
街で一番安い食堂に入った。
ガルドは肉料理を三人前頼んだ。俺は普通に一人前だ。
「お前、本当にスキルがないのか」
「攻撃とかできるスキルないっすよ」
「じゃあさっきの独り言は何だ。模擬戦中もずっと何か言ってたろ」
「考えを整理する癖っす」
「……変なやつだ」
「ガルドさんはなんでBランクを目指してたんすか」
ガルドが肉を咀嚼しながら少し間を置いた。
「……故郷の族長に認めてもらいたかった。狼族はランクで強さを示す文化があってな」
「今は」
「Bに上がったのに、なんか違うと思ってた。スキルに頼って勝つのが、本当の強さなのかって」
「それで俺に絡んできたわけっすか」
「……まあな」
ガルドが俺を見た。
「お前のパーティに入れてくれ」
「まだパーティ作る気ないっすよ」
「じゃあ俺が最初の一人になってやる」
「なんで」
「お前の戦い方を間近で見たい。スキルに頼らない戦い方がしたい」
俺は肉を一口食べながら考えた。
ガルドは使える。脳筋だが素直で、身体能力は本物だ。スキルに頼らない動きを覚えたら、今の倍以上強くなる。それに——一人より二人の方が、依頼の幅が広がる。
「月給制にしますよ」
「なんだそれは」
「毎月固定で給料を払う。その代わり俺の指示に従ってもらうっす」
「……冒険者がそんな雇用形態で動くのか」
「新しいことやってるんで」
ガルドが呆れた顔で天井を見た。
「……わかった。ついていく」
「よろしくっす」
「……本当に変なやつだ」
(頭の中でナビの声が小さく響いた)
「仲間が一人増えました。記録します」
「ありがとう」
「……よかったです」
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次話予告:
ガルドが仲間になった。
次は——武器屋の偏屈な親父と、ある依頼が動き出します。
それでは第4話でお会いしましょう!




