第31話「最終決戦」
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次話——全ての決着がついた。カイト領に、静かな朝が来る。そして——最終話へ。
それでは第32話でお会いしましょう。
グラストが動いたのは、査問から十日後だった。
キュウが夜明け前に騒いだ。
ピィィィィッ。
テツも唸った。
低く、長く、警告の唸りだった。
「ナビ」
「はい。領地の南の街道——大規模な集団が接近しています。推定五十名。全員武装」
「グラストっすか」
「後方に馬車あり。高確率でそうです。ただし——」
少し間があった。
「……今回は違います」
「何がっすか」
「先頭に一名、他と明らかに違う人物がいます。魔力反応が——異常に高い」
(魔力反応が異常に高い。雇われた魔法使いか、それとも——)
「ナビ、その人物のデータを照合してくれ」
「照合中です。魔力のパターンが——前世のゲームデータに類似した個体があります」
「どんな個体っすか」
「ボスキャラクターに分類されるタイプです。複数の属性魔法を同時に扱える、複合魔法の使い手」
(複合魔法。単属性の魔法使いより格段に強い。リリスでも苦戦する可能性がある)
「全員を起こしてくれ、ガルド」
廊下でガルドが目を覚ました。
「来たのか」
「来ましたよ。今回は違うっすよ」
「どう違う」
「強いやつがいますよ」
ガルドが少し目を細めた。
「……お前が強いと言うのか」
「そっすよ」
「……わかった。本気で行く」
南の境界線に全員が集まった。
夜明けの光が、街道に差し込み始めた。
ガルド、リリス、テッド、そして新住民の中から戦える者が十名。テツが俺の隣に立った。
「……今日は私も出るわ」とエルディアが言った。
「エルディアさん、戦えるっすか」
「上位族をなめないで」
「わかりましたよ。リリスさんとペアで動いてほしいっすよ」
「了解よ」
フィアがアリシアに言った。
「……新住民の方々を屋敷の中に。私たちが守ります」
「わかった」とアリシアが言った。それからアリシアは俺を見た。
「……気をつけて」
「そっすよ」
五十名の集団が、街道の先に現れた。
先頭の人物が見えた。
三十代くらいの男。黒い外套。整った顔に、冷たい目。右手に細い杖を持っている。
「……ヴィラン・グラストの私兵団長、セルフォスだ」
男が静かに言った。
「お前がカイトか」
「そっすよ」
「グラスト卿から依頼を受けた。カイト領を占拠して、お前を王都に連行する」
「令状はありますか」
「ない」
「じゃあ不法侵入っすよ」
「法など関係ない」
俺は少し考えた。
(なるほど。法の外から来た。グラストは前回の失敗を学んだ。法で止められないなら、力で来ればいいと判断した)
「わかりましたよ。力で来るなら、力で返しますよ」
セルフォスが右手を上げた。
「——全員、前へ」
五十名が動いた。
「ガルド、前衛を頼みますよ」
「わかった」
ガルドが地面を蹴った。
月牙を構えながら、先頭の兵士に向かって突っ込んだ。
ドドドドッ。足音が連続する。
「月牙」
弧を描く魔力の刃が、先頭の集団を薙いだ。
ザンッ。
三人が吹き飛んだ。倒れた。
後続が怯んだ。
「リリス、左翼っすよ」
「わかった」
リリスが両手を広げた。深紅の魔力が膨張した。
「緋天崩」
ドォォォォン。
左翼の集団が吹き飛んだ。地面が揺れた。砂煙が上がった。
「エルディア、右翼っすよ」
「任せて」
エルディアが細剣を抜いた。
「風縛」
竜巻が発生した。右翼の兵士たちが足をすくわれた。
「続けて——雷閃」
バキバキバキッ。
雷が竜巻の中に走った。
右翼が一瞬で動きを止めた。
「……上位魔族ね、確かに」とリリスが言った。
「認めるのね」とエルディアが言った。
「今日だけよ」
残った兵士が三十名ほど。
セルフォスがまだ動いていない。
後方で静かに見ている。
(こいつが本命だ。兵士は囮だ)
「ナビ、セルフォスの魔力は」
「上昇しています。詠唱を始めています——複合魔法の発動まで、推定二十秒」
「何の魔法っすか」
「火・氷・雷の三属性を同時に組み合わせた魔法です。前世のゲームで言うと——全体攻撃スキルに分類されます。範囲は広い。威力は——私の計算できる範囲を超えています」
(範囲攻撃。全員に当たる)
「全員下がれ」
「え?」とガルドが言った。
「下がってくれ。俺が前に出ますよ」
「一人で行くのか」
「セルフォスの攻撃は範囲攻撃っすよ。全員が前にいたら全員に当たりますよ。俺が一人で対処しますよ」
「でも——」
「ガルド」
「……わかった。信じる」
全員が後退した。
セルフォスが俺を見た。
「……一人で来るのか」
「そっすよ」
「愚かだな」
「そっすかね」
セルフォスが杖を上げた。
「《トリプルバースト》」
三色の魔力が収束した。
火が赤く。氷が青く。雷が黄色く。
それが一点に集まって——放たれた。
ドォォォォォォォン。
地面が割れた。轟音が鳴り響いた。
砂煙が上がった。
セルフォスが目を細めた。
砂煙の中を見た。
カイトがいない。
「……どこだ」
「ここっすよ」
声が聞こえた。
右後ろだった。
セルフォスが振り向いた。
俺がいた。
「……なぜそこにいる。確かに当たったはずだ」
「当たってないっすよ」
「どうやって避けた」
「見えましたよ、軌道が」
セルフォスの目が変わった。
「……嘘をつくな。あの速度は人間に見えるものじゃない」
「俺には見えましたよ」
(ナビが計算してくれた。魔力の収束パターンから着弾点を割り出して、回避ルートを示してくれた。あとは俺が動くだけだった)
「もう一発っすか」
セルフォスが杖を構えた。
「……今度は外さない」
「そっすかね」
「——《トリプルバースト》」
また三色の魔力が収束した。
(ナビ、着弾点は)
「計算しています——左に七メートル。ただし今回は軌道を変えてきます。着弾まで〇・三秒でフェイクの軌道を経由します」
(フェイクの軌道。でも——フェイクにも規則がある。魔力の流れに逆らった動きはできない)
魔法が放たれた。
俺は右に動いた。
フェイクの軌道が左に曲がった。
俺は左に戻った。
着弾した場所は——俺がいた場所から三十センチ右だった。
砂煙が上がった。
セルフォスが固まった。
「……また外れた」
「そっすよ」
「……なぜだ。《トリプルバースト》のフェイクは人間には読めないはずだ」
「俺には読めましたよ」
「……何者だ、お前は」
俺は少し考えた。
「Eランクの冒険者っすよ」
セルフォスが杖を下げた。
魔力が、収まった。
「……お前に勝てない」
「もう一発どうぞっすよ」
「……無駄だ。わかった」
セルフォスが後ろを見た。
残った兵士たちが、じりじりと後退し始めていた。
テツが低く唸った。
セルフォスがテツを見た。
「……あの熊は何だ」
「仲間っすよ」
「……冒険者が熊を仲間にするのか」
「領地っすよ。色々いますよ」
セルフォスが少し間を置いた。
「……グラスト卿への報告はどうする」
「正直に話してくれればいいっすよ」
「……カイト領は落とせない、と報告する」
「助かりますよ」
「……最後に一つだけ聞かせてくれ」
「どうぞっすよ」
「お前は——本当にスキルがないのか」
「ないっすよ」
「……なぜそれで俺の魔法を避けられた」
「見えたから動いただけっすよ」
セルフォスが長い目で俺を見た。
それから、踵を返した。
「……撤退する」
兵士たちが引き始めた。
グラストの馬車も、静かに街道を引いていった。
静寂が戻った。
ガルドが走ってきた。
「……終わったのか」
「終わりましたよ」
「お前、本当に魔法を二発避けたのか」
「そっすよ」
「……どうやって」
「ナビが計算してくれましたよ」
ガルドが振り返った。
「……ナビ、お前が計算したのか」
頭の中でナビが少し間を置いた。
俺が声に出した。
「……カイトが動けたのは、カイトの判断力があったからです。私は補助をしただけです」
ガルドが少し目を細めた。
「……チームプレイだな」
「そっすよ」
リリスが近づいてきた。
「……私の緋天崩より派手な魔法を使ったわね、あの男」
「そっすよ」
「……でも、あなたは避けた」
「そっすよ」
「……本当に規格外ね」
「ありがとっすよ」
エルディアが腕を組んだ。
「……グラストはこれで終わりかしら」
「終わりっすよ。セルフォスが『落とせない』と報告するっすから。グラストにはもう手がないっすよ」
「……確かに?」
「確かっすよ」
テツが俺の隣に来て、低く唸った。
「テツも終わったって言ってますよ」
「……熊に言われると妙に説得力があるわね」とエルディアが言った。
キュウが俺の肩に飛び乗って鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
全員が笑った。
夜、全員が工房に集まった。
テッドが酒を出した。
「……今日くらいは飲め」
「ありがとっすよ」
全員が杯を受け取った。
「乾杯っすよ」
「乾杯」
キュウが杯に顔を突っ込もうとした。リリスが止めた。
「あなたはだめよ」
テツが俺の隣に座った。
「テツも飲みたいっすか」
低く唸った。
「……熊に酒はやらないぞ」とテッドが言った。
「テッドさん、正しいっすよ」
ガルドが杯を傾けながら言った。
「……これで全部終わったのか」
「グラストの件は終わりっすよ。ドレインも終わった。ヴェルナー家の件も終わった」
「……随分遠くまで来たな」
「そっすよ」
「……ランセルを出たのが、つい最近のような気がする」
「一ヶ月ちょっとっすよ」
「……たった一ヶ月か」
フィアが静かに言った。
「……始まりはFランクの冒険者一人でしたね」
「そっすよ」
「……今はこれだけいる」
テッド、ガルド、フィア、リリス、アリシア、エルディア、テツ、キュウ。
それぞれが、それぞれの理由でここにいる。
「悪くないっすよ」
「……本当にね」とアリシアが言った。
「……嫌いじゃないわ」とリリスが言った。
「……いい場所だ」とテッドが言った。
工房の火が、静かに燃えていた。
「ナビ、記録しておいてくれ」
「記録しました。グラストの私兵団を撃退。セルフォスが撤退。グラストの件、完全終結。カイト領の安全が確保された」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日、《トリプルバースト》を二発避けた時——私は何も言いませんでした」
「計算してくれてましたよ」
「……でも最後の判断はカイトがしました。私の計算より速かったです」
「そっすか」
「……カイトは、もう私がいなくても——」
「ナビ」
「はい」
「そういうことを言うなっすよ」
「……でも」
「お前がいるから俺が動けるっすよ。それは変わらないっすよ」
少し間があった。
「……ありがとうございます」
「そっすよ」
「……カイト」
「なに」
「私、言いたいことがあります」
「言ってくれ」
長い間があった。
「……ユウト」
俺は止まった。
前世の名前だった。
「……今、なんて言いましたか」
「ユウト、と言いました」
「……なんで」
「……わかりません。でも——今日、そう呼びたかったです」
「……そっすか」
「……おかしかったですか」
「おかしくないっすよ」
「……よかったです」
窓の外で、カイト領の灯りが揺れていた。
三十二名の人間が、今夜も眠っている。
ナビが、初めて「ユウト」と呼んだ夜。
(田中悠人として生きた二十三年間。そしてカイトとして生きた時間。全部、今日に繋がっている)
「ナビ」
「はい」
「また呼んでくれ、そっちの名前でも」
「……はい。ユウト」
「そっすよ」
星が瞬いていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回の見どころは二つ。
一つ目は《トリプルバースト》を二発避けたカイト。ナビの計算とカイトの判断力が合わさった、この作品最大の見せ場でした。「見えたから動いただけっすよ」——これがカイトです。
二つ目はナビの「ユウト」。Lv4への到達。田中悠人として生きた二十三年間と、カイトとして生きた時間が、この一言に全部詰まっています。




