第30話「評議会の使者」
査問の使者が来たのは七日後だった。
馬車が五台。護衛が二十名。そして——
先頭の馬から降りてきた人物を見て、俺は少し止まった。
エルディアだった。
純白の外套に金糸の刺繍。長い銀髪。深紅の瞳が俺を見た。
「久しぶりね、カイト」
「久しぶりっすよ、エルディアさん。なんで評議会の使者と一緒にいるんっすか」
「私が使者よ」
「……アルシア家が動いたっすか」
「評議会に働きかけて、使者の役を取った。あなたたちに不利な展開にしたくなかったから」
俺は少し考えた。
(エルディアが内側から動いてくれた。ヴェルナー家との取引の後、アルシア家として王都で動いている。約束通りだ)
「ありがとっすよ」
「礼は後で聞くわ」
エルディアが後ろを見た。
護衛の後ろから、もう一人降りてきた。
五十代の男。上質な外套。王都の紋章。
「……王都評議会の査問官、ヴェスト卿だ」
ヴェストが俺を見た。値踏みするような目だった。
「カイトとやら。この領地の正当性について、評議会として確認する必要がある」
「どうぞっすよ」
「グラスト子爵との件、バルド・ドレインの記録、ヴェルナー家の権利書——全てこの場で精査する」
「全部お見せしますよ」
ヴェストが少し眉を上げた。
「……随分と余裕だな」
「準備してましたよ」
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応接に使える部屋はテッドが一番早く直した部屋だった。
全員が集まった。
カイト側——ガルド、フィア、リリス、テッド、アリシア、エルディア。
評議会側——ヴェスト卿と補佐が二名。
フィアが書類を机に並べた。
「バルドさんからの記録、ヴェルナー家の権利書の移転記録、グラスト子爵の証言書、ドレインの処分記録、王国土地管理局からのカイト領取得認定書——全部揃っていますよ」
ヴェストが書類を一枚ずつ確認し始めた。
沈黙が続いた。
俺は黙って待った。
十分後、ヴェストが顔を上げた。
「……全て正規の手続きを踏んでいる」
「そっすよ」
「ただし——」
ヴェストが俺を見た。
「一点だけ問題がある」
「なんっすか」
「この領地の取得者、カイトのランクはFだ。王国の規定では、Eランク以下の冒険者は領地を持てない」
静寂が落ちた。
ガルドが俺を見た。
フィアが少し体を固くした。
「……カイトさん」とフィアが小声で言った。
「知ってますよ」
「知っていたのか」とヴェストが言った。
「そっすよ」
「なぜ申請した」
「申請した時点で、ランクはEになる予定でしたよ」
「……予定?」
「ランクアップの審査を申請済みっすよ。ランセルのギルドマスター・バルドさんを通じて」
フィアが書類をもう一枚出した。
「……ランクアップ審査の申請書と、バルドさんの承認書です。提出日はカイト領の取得申請と同日です」
ヴェストが書類を受け取った。
読んだ。
顔色が、わずかに変わった。
「……同日に申請した」
「そっすよ。取得申請が通った瞬間にランクが上がる段取りっすよ」
「……それは——」
「規定上、問題ないっすよ。領地取得の認定日がランクアップ承認日より後ならいいっすよ」
ヴェストが補佐を見た。補佐が書類を確認した。頷いた。
ヴェストが少し黙った。
「……お前、最初からこれを計算していたのか」
「準備してましたよ」
エルディアが口の端を上げた。
「……相変わらずね」
「そっすよ」
ヴェストが書類を机に置いた。
「……もう一点ある」
「どうぞっすよ」
「この領地——グラスト子爵との件で、評議会内で問題にしたい勢力がいる。お前がグラストを追い詰めた手法が、貴族社会に対する挑戦だという意見だ」
「挑戦っすか」
「規則を使って貴族を追い詰めた。それを快く思わない人間がいる」
俺は少し考えた。
「ヴェスト卿、一つ確認させてください」
「何だ」
「評議会として、俺のやり方のどこが規則に違反していましたか」
ヴェストが少し間を置いた。
「……違反はない」
「じゃあ問題ないっすよ」
「感情的に問題だという話だ」
「感情は規則じゃないっすよ。感情で領地を取り上げるなら、その方が問題っすよ」
ヴェストが俺を見た。
長い目だった。
それから、補佐に何かを言った。補佐が頷いた。
「……査問の結果を報告する」
全員が静かになった。
「カイト領の取得は正当。手続きに問題なし。異議なし」
ガルドが息を吐いた。
リリスが肩の力を抜いた。
「ありがとっすよ」
「礼はいらん」とヴェストが言った。「当然のことを言っただけだ」
ヴェストが立ち上がった。
「一つだけ個人的に言わせてくれ」
「どうぞっすよ」
「……グラストは王都でまだ動いている。次は別の手で来る可能性がある。気をつけろ」
「教えてくれてありがとっすよ」
ヴェストが少し頷いた。
それから、部屋を出た。
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使者たちが帰った後、エルディアだけが残った。
「……今日は私が一緒にいた方がいいと思って、評議会に働きかけた。役に立ったかしら」
「十分っすよ」
「……礼はいらないわ。これはヴェルナー家との取引の一部だから」
「そっすか」
「……ただ」
エルディアが少し間を置いた。
「……アリシアは元気にしている?」
アリシアが部屋の端で少し驚いた顔をした。
「……元気よ」
「……そう。よかった」
エルディアがアリシアを見た。
「……ランセルで会ったとき、私は使えるものを使っただけだった。あなたも、ベルクハルク家も」
アリシアが黙った。
「……今更謝っても意味がないのはわかってる。でも——」
「エルディア」
アリシアが静かに遮った。
「……もういいわ」
「……本当に?」
「……全部、自分で選んだことよ。あなたに引き寄せられたのも、カイトに婚約破棄をしたのも。でも今は、自分で選んでここにいる」
エルディアが少し目を細めた。
「……強くなったのね」
「……あなたに言われたくないわ」
二人が少し笑った。
俺はそれを黙って見ていた。
(この二人、うまくやっていけそっすよ)
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その夜、全員が集まった。
「……査問が終わった。カイト領は正式に認められましたよ」
「……当然ね」とリリスが言った。
「準備してたっすよ」
「ランクアップの同日申請、いつ考えたんだ」とガルドが言った。
「取得申請を出した日っすよ」
「……最初からか」
「そっすよ」
「……本当に外道だな」
「ありがとっすよ」
「褒めてない」
テッドが静かに言った。
「……グラストがまだ動くかもしれないと言っていたな」
「そっすよ」
「どうする」
「来たら対処しますよ。でも今日はまず、この件が終わったことを祝いましょうっすよ」
テッドが少し間を置いた。
「……酒を出す」
「ありがとっすよ」
全員が杯を受け取った。
エルディアも受け取った。
「……私も飲んでいいの?」
「もちろんっすよ」
キュウが鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
テツが隣で低く唸った。
「テツも?」とリリスが言った。
「テツもっすよ」
「この領地、本当に変な場所ね」
「そっすよ」
「……嫌いじゃないわ」
工房の火が静かに燃えていた。
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その夜遅く、ナビに話しかけた。
「記録しておいてくれ」
「記録しました。王都評議会の査問、クリア。カイト領の正当性が正式に認められた。エルディアとアリシアが和解。グラストが再び動く可能性あり」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日、エルディアとアリシアが話していた場面を見ていました」
「そっすよ」
「……カイトは何も言わなかったですね」
「二人の話っすよ。俺が入る場所じゃないっすよ」
「……それが正しいと、私も思います」
「そっすか」
「……カイト」
「なに」
「もうすぐ、全部が終わりに近づいてきた気がします」
俺は少し考えた。
「そっすよ。グラストの件が片付けば——大きな話はほぼ終わりっすよ」
「……終わったら、どうするんですか」
「領地を育てますよ。ここに来た人たちの土地を、本物にしますよ」
「……それが、カイトのやりたいことですか」
「今はそっすよ」
「……私は」
「ナビ」
「はい」
「言いたいことがあるなら言ってくれ」
少し間があった。
「……私は、カイトと一緒にいたいです。どこまでも」
「どこにも行かないっすよ、俺は」
「……わかっています。でも言いたかったです」
「そっすか」
「……はい」
窓の外で、カイト領の灯りが揺れていた。
三十二名の人間が、今日もここで眠っている。
荒れた土地に、確かに何かが根付き始めていた。
(さて。グラストの件を片付けて、完結させますよ)
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回の見どころは「同日申請」でした。ランクアップ審査とカイト領の取得申請を同じ日に出しておく。評議会が来ることを見越して、最初から準備していた。これがカイトです。
そしてエルディアとアリシアの和解。「もういいわ」というアリシアの一言が、この人が本物に戻ってきた何よりの証拠です。
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次話——グラストが最後の手を打ってきた。カウンターライバルが姿を現す。最終決戦が始まる。
それでは第31話でお会いしましょう。




