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第29話「集まる者たち」

エルゴに人集めの依頼を出したのは三日前だった。


「農地を与える。希望者を集めてくれ」


エルゴの返事は短かった。


「わかった。一週間で動く」


それだけだった。


そのエルゴが動いた。


商人のネットワークは速い。ランセル周辺の村々に話が回った。土地を持てない農民、行き場を失った職人、訳ありの流れ者。七日で三十二名が集まった。


「……思ったより多いわね」とリリスが言った。


「エルゴさんが本気で動いたてくれたっすよ」


馬車が三台、カイト領の入口に止まった。


降りてきた人間たちが、荒れた土地と、修繕された屋敷を見た。


誰も何も言わなかった。


「……思ったより、何もないわ」と誰かが小声で言った。


俺は前に出た。


「集まってくれてありがとっすよ。カイトっすよ」


全員が俺を見た。


若い。明らかに若い。リーダーがこの年齢かと思っている顔が複数あった。


「この土地には今、何もないっすよ。道もない。インフラもない。魔物が出ますよ」


正直に言った。


「でも——土は良い、水も出るっすよ。ここで頑張ってくれた人には、耕した分の農地を正式に割り当てますよ。自分の土地になりますよ」


ざわめいた。


自分の土地。それが一番刺さる言葉だとわかっていた。


「一つだけ条件っすよ。俺の指示には従ってもらいますよ。文句があれば言葉で言ってほしいっすよ。でも動く時は動いてほしいっすよ」


沈黙があった。


それから、一人の男が手を挙げた。


「……俺はやる」


それが引き金になった。


次々と手が挙がった。


「よろしくっすよ」


---


人が増えた。


でも増えたのは人だけじゃなかった。


その夜、キュウが騒いだ。


いつもの「お腹すいた」じゃない。


外に何かいる。


俺が出ると、森の入口に影があった。


でかい。


アーマードベアより一回り小さいが、それでも大きい。


茶色の毛並み。丸い耳。黒い瞳が、こちらを見ている。


熊だ。でも普通の熊じゃない。魔力反応がある。


「ナビ」


「はい。魔獣の熊——アースベア。Bランク相当。ただし——」


少し間があった。


「……敵意がありません」


「敵意がない?」


「むしろ、接触を求めている反応です」


俺は少し考えた。


(キュウも威嚇していない。首をかしげて見ている)


俺はゆっくり前に出た。


アースベアが動かなかった。


三メートルまで近づいた。


アースベアが、鼻を俺に向けた。


くんくんと匂いを嗅いだ。


それから——前足を地面に置いた。


お辞儀のような姿勢だった。


(こいつ、懐いてるっすよ)


「ナビ、なんで懐いてるんっすか」


「推測ですが——キュウの魔力の影響かもしれません。二尾狐の魔力は他の魔獣を引き寄せる性質があります」


キュウが俺の肩から飛び降りて、アースベアの鼻先に近づいた。


二匹が鼻を突き合わせた。


キュウが鳴いた。


アースベアが低く唸った。


「……会話してますよ」


ガルドが後ろで固まっていた。


「……熊が来たんだが」


「友達になったっすよ、キュウの」


「……なんで」


「キュウが引き寄せたっすよ」


「……どうするんだ」


俺はアースベアを見た。


でかい。力がある。この領地で魔物が出たとき、こいつがいれば——


「一緒にいてくれますか」


アースベアが俺を見た。


それから、また前足を地面に置いた。


「……来てくれるっすか」


キュウが満足そうに鳴いた。


ガルドが天を仰いだ。


「……熊まで仲間にするのか」


「戦力っすよ」


「……外道だな」


「ありがとっすよ」


アースベアが俺の隣に座った。


キュウが、そのでかい背中に乗った。


満足そうだった。


---


翌朝から、開拓が本格的に動き始めた。


三十二名が動いた。


農地の区画をフィアが地図に書き込んだ。テッドが建材を指定した。ガルドが治安を仕切った。リリスが魔物の排除を担当した。アリシアが新しく来た人間の対応をした。


アースベアは北の境界線に陣取った。


魔物がアースベアを見て逃げていく。


「……思ったより働くわね」とリリスが言った。


「そっすよ」


「名前はつけないの?」


「テツっすよ」


「……なんで」


「テッドに似た働き方っすよ」


テッドが振り向いた。


「……俺と熊を一緒にするな」


「褒めてますよ」


「褒め方が気に食わん」


テツが低く唸った。


「テツも怒ってるって言ってますよ」


「……ナビが言ったのか」


「そっすよ」


テッドが小さく鼻を鳴らした。


「……変な領地だな、ここは」


「そっすよ」


ガルドが戻ってきた。


「……新しく来た人間の中に、職人が三人いた。大工、石工、鍛冶師だ」


「鍛冶師っすか」


「テッドに紹介してもいいか」


「どうぞっすよ」


テッドがその鍛冶師と話し始めた。


最初は無口だったテッドが、少しずつ言葉が増えた。


「……この鎚の使い方、どこで覚えた」


「北の街の親方に習いました」


「……北の流派か。悪くない」


職人同士の会話だった。


俺はそれを遠くから見ていた。


(テッドに弟子ができるかもしれないっすよ)


---


その日の夜、全員が集まった。


三十二名の新しい住人たちは、仮の寝床に落ち着いた。


テッド、ガルド、フィア、リリス、アリシア、キュウ、テツ。


キュウがテツの背中に乗ったまま眠っている。


「……一日で随分変わったな」とガルドが言った。


「そっすよ」


「人が増えると、領地らしくなる」


「そっすよ。でもまだ始まったばかりっすよ」


フィアが記録用紙を整理しながら言った。


「……農地の区画割りが終わりました。明日から開墾を始められます」


「さすがっすよ」


「……それと——王都からの伝令が来ていました」


俺は少し止まった。


「……王都から」


「はい。内容は——」


フィアが俺を見た。


「カイト領に対して、正式な査問が入るという通知です。発令者は王都の貴族評議会。グラスト子爵の件の後始末として、カイト領の正当性を問うという名目です」


静寂が落ちた。


「……また来たのか」とガルドが言った。


「そっすよ」


「……今度は王都の評議会か。規模が違うな」


「そっすよ」


俺は少し考えた。


(グラストを詰めたことで、王都の別の勢力が動いた。でも——)


「都合がいいっすよ」


「何がだ」


「王都が来るなら、こっちから全部まとめてやりますよ。バルドの記録、ヴェルナー家の件、ドレインの処分、全部一度に出せますよ。向こうが土俵を作ってくれたっすよ」


ガルドが少し黙った。


「……お前、本当に怖いものがないな」


「あるっすよ」


「何が怖い」


「準備が足りないことっすよ。でも今回は十分ありますよ」


テツが低く唸った。


「テツも怒ってるって言ってますよ」


「テツは俺たちの味方か」とリリスが言った。


「そっすよ」


「……頼もしいわね」


キュウが目を覚まして鳴いた。


「お腹すいたって言ってますよ」


「今は夜中よ」とリリスが言った。


「成長期っすよ」


「この子の成長期はいつ終わるの」


「まだしばらく続くっすよ」


---


「ナビ、今日のこと記録しておいてくれ」


「記録しました。新住民三十二名が合流。農地の区画割り完了。アースベア(テツ)が加入。王都の貴族評議会から査問通知が届いた」


少し間があった。


「……カイト」


「なに」


「今日、たくさんの人が来ました」


「そっすよ」


「……みんな、カイトを見て最初は不安そうだった。でも最後は手を挙げました」


「そっすよ」


「……なぜだと思いますか」


俺は少し考えた。


「正直に話したからっすよ。何もないって言ったっすよ」


「……正直に話したから、信じてもらえたんですね」


「そっすよ」


「……私も、カイトが正直だから信じています」


「俺はナビには嘘つかないっすよ」


「……わかっています」


少し間があった。


「……カイト」


「なに」


「王都の評議会が来ます。怖くないですか」


「怖いっすよ」


「……でも動きますよね」


「動きますよ。怖くても動く方を選ぶっすよ」


「……それがカイトです」


「そっすよ」


星空の下で、カイト領に灯りが点っていた。


三十二名の灯りが、荒れた土地に散らばっている。


一週間前は何もなかった。


今は——始まっている。


(さて。王都の評議会が来る前に、準備を整えますよ)


---


ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回の見どころは二つ。


一つ目は人が集まる瞬間。「正直に話したら手が挙がった」——カイトが誰かを動かすとき、いつも嘘をつかない。それが全ての原点です。


二つ目はテツの加入。キュウが引き寄せた。二匹がいると、領地の雰囲気が一気に変わりました。


そして王都からの査問通知。「向こうが土俵を作ってくれた」と笑顔で言えるカイトを、次話でご覧ください。




この続きを読みたいと思ってくれた方に、一つだけお願いがあります。


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あなたの一押しが、この物語を前に進めています。


次話——王都の評議会が動いた。その中に、カイトがよく知る顔がいた。


それでは第30話でお会いしましょう。


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