第28話「開拓」
翌朝から、テッドが動き始めた。
夜明け前から工具の音がしていた。
「早いっすね」
「職人に朝寝坊はない」
それだけだった。
屋敷の修繕は驚くべき速さで進んだ。テッドが一人で動いているのに、まるで三人分の仕事をしている。
「ナビ、進捗は」
「屋根の三分の一が完成。このペースなら三日で居住スペースが確保できます」
「さすがっすよ、テッド」
「うるさい。邪魔するな」
そのまま作業に戻った。
ガルドとリリスが周辺の魔物を掃討している。
昨日のオーク以外にも、小型の魔獣が複数出没していた。
結果から言うと、午前中で全部片付いた。
ガルドが戻ってきた。
「……東の草原にホーンラビットが十数匹。全部やった。西の岩場にシャドウウルフが二頭。リリスが一発で吹き飛ばした」
「リリスの魔法、雑魚には勿体ないっすよ」
「言ってみて」
「……やめときますよ」
フィアとアリシアは屋敷の内部を整理していた。
地下の食料庫の湿気を抜き、大広間の瓦礫を片付け、使える部屋を仕分けしていた。
二人の作業は静かで、でも確実に進んでいた。
「……二人、合いますよね」
キュウが俺の肩で鳴いた。
「そっすよね」
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問題は人だった。
テッドが修繕を進めても、フィアが整理をしても、領地を動かすには人手が圧倒的に足りない。
「ナビ、この規模の領地を運営するには最低何人必要っすか」
「農業・治安・行政の最低限を維持するには五十名以上。理想は百名以上です」
「今は七人っすよ」
「……はい」
「どこから人を集めますか」とフィアが言った。
「ランセルから呼べる人間は限られますよ。エルゴさんのネットワークを使いますよ」
「でも来てもらう理由が必要ね」とアリシアが言った。
「そっすよ。何を提示できるかっすよ」
俺は少し考えた。
「土地っすよ」
「土地?」
「ここに来て働いてくれる人間には、農地を割り当てますよ。自分の土地が持てる。それが一番の理由になりますよ」
「……農地を与えるということは、領主として正式に認める必要があります」
「フィアさん、書類作れますか」
「……作れます。ただし時間がかかります」
「三日でお願いしますよ」
「……三日で作ります」
アリシアが少し笑った。
「……あなたたちのやり取り、毎回同じね」
「呼吸が合ってるっすよ」
フィアが少し赤くなった。
「……そういうわけでは」
「そっすよね」
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三日目の昼、問題が起きた。
キュウが突然、北の方向に向かって激しく鳴いた。
ピィィィィッ。
「ナビ」
「北東の森——大型の魔物を感知。推定Aランク相当。接近しています」
(Aランク相当。廃坑のヴォルグと同じクラスだ)
「全員、屋敷の中に」
「何が来たんだ」とガルドが言った。
「でかいっすよ。テッドさん、作業を止めてくれ」
「……わかった」
テッドが工具を置いた。その動きが、また変わった。工具を置くだけで、Aランクの気配が滲み始めた。
全員が屋敷の中に入った。
キュウが俺の隣で低く唸っている。
「ナビ、種類は」
「データを照合しています。大型の四足歩行。体重推定五百キロ以上。甲殻を持つ魔獣——アーマードベアに類似しています。アイアンベアの上位種です」
(アイアンベアの上位種。あの廃坑で倒したやつより強い。甲殻があるということは、首の付け根への手刀が通じない可能性がある)
「弱点は」
「甲殻の隙間——腹部と、後脚の付け根。甲殻が薄い部分です。ただし通常の攻撃では届きにくい位置です」
「届かせますよ」
ガルドが俺を見た。
「……策はあるのか」
「ありますよ。ガルドが正面から引きつけてくれ。月牙は甲殻に当てても意味ないっすよ。体術で注意を引いてくれ」
「引きつけるだけか」
「それだけっすよ。あとは俺がやりますよ」
「……わかった」
リリスが前に出ようとした。
「私の魔法の方が——」
「甲殻に阻まれますよ。リリスは後ろで待機してほしいっすよ。テッドさんも」
「……二人でやるのか」とテッドが言った。
「そっすよ」
テッドが少し間を置いた。
「……無理だと思ったら言え。俺が出る」
「わかりましたよ」
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アーマードベアが森から出てきた瞬間、空気が変わった。
でかい。
体長四メートルを超える。全身が灰色の甲殻に覆われている。甲殻の一枚一枚が鱗のように重なって、光を鈍く反射している。
目が、俺たちを見た。
ドスン。ドスン。ドスン。
地面が揺れた。一歩ごとに、足元が沈む気がした。
(ナビ)
「はい。アーマードベアの行動パターンを分析中です。甲殻は正面・側面・上部を覆っています。腹部は甲殻が薄く、後脚の付け根は甲殻の隙間があります。どちらも地面に近い位置です」
(地面に近い。つまり——こっちも低く潜り込む必要がある)
ガルドが前に出た。
「こっちだ」
ガルドが地面を蹴った。
アーマードベアの視線がガルドに向いた。
巨体が動いた。
ドドドドドッ。
突進してくる。地響きが連続した。甲殻が空気を割る音がした。
ガルドが右に飛んだ。アーマードベアが通り過ぎた。
振り返ってくる。遅い。でも重い。
ガルドが前脚を殴った。
ゴンッ。
手が痺れた顔をした。
「甲殻、硬い!」
「わかってますよ。もう一度引きつけてくれ」
「言われなくてもやる!」
ガルドが再び前に出た。
アーマードベアの視線がガルドに集中した。
その瞬間を、俺は待っていた。
地面を低く蹴った。甲殻の下——腹部を目指して、ほぼ這うように滑り込んだ。
甲殻の端が頭をかすめた。
(危なかった。でも——)
腹部の甲殻が薄い部分が、目の前にある。
(ここだ)
全力で手刀を叩き込んだ。
バシィィッ。
アーマードベアの腹部に、鈍い音が響いた。
巨体が、わずかに揺れた。
でも——倒れない。
(甲殻が薄いだけで、まだある。一発じゃ足りない)
もう一発。
バシィィッ。
揺れが大きくなった。
もう一発。
バシィィッ。
膝が折れ始めた。
(あと一発)
全体重を乗せて、同じ場所に叩き込んだ。
ズドンッ。
アーマードベアの前脚が崩れた。
地面に倒れ込む衝撃で、大地が揺れた。
ガルドが駆け寄ってきた。
「……終わったのか」
「終わりましたよ」
「お前、腹の下に潜り込んだのか。危なすぎるだろ」
「当たらなければいいっすよ」
「頭がかすってたぞ」
「かすっただけっすよ」
ガルドが深いため息をついた。
「……本当に外道だな」
「ありがとっすよ」
「褒めてない」
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屋敷の中から全員が出てきた。
リリスが倒れたアーマードベアを見た。
「……すごいわね」
「甲殻の隙間を狙いましたよ」
「それは見えていたわ。でも——腹の下に潜り込むのは計算できていたの?」
「ナビが弱点の位置を教えてくれましたよ。あとは届かせるだけっすよ」
テッドが近づいてきた。
アーマードベアの甲殻を叩いた。
「……この甲殻、素材として使える」
「そっすよ。アイテムボックスに収納しますよ」
「全部か」
「全部っすよ。劣化しないっすよ」
テッドが少し目を細めた。
「……ナビとカイトの組み合わせ、規格外だな」
「そっすよ」
アリシアが俺の頭をじっと見た。
「……本当にかすっているわよ、甲殻が当たったところ」
「大丈夫っすよ」
「……大丈夫じゃないわよ」
アリシアが懐から布を取り出した。
俺の頭に当てた。
「……血が出てる」
「ちょっとっすよ」
「ちょっとでも血は血よ」
フィアが小走りで近づいてきた。
「……消毒薬があります」
「ありがとっすよ」
キュウが俺の膝に飛び乗って、心配そうに鳴いた。
「大丈夫っすよ」
キュウがまた鳴いた。
「ナビに聞くと、お腹すいたって言ってますよ」
全員が少し笑った。
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その夜、屋根が完成した部屋に全員で集まった。
テッドが三日で屋根を張り終えた。
「……思ったより早かったな」
「職人に朝寝坊はないっすよ」
「うるさい」
アーマードベアの甲殻は全部収納した。ナビが素材の価値を分析した。
「アーマードベアの甲殻——品質S相当。市場価値は金貨三十枚以上です。テッドさんが加工すれば防具として使用可能です」
「金貨三十枚っすよ、テッドさん」
「……わかった。加工する」
「ありがとっすよ」
ガルドが壁に背をつけながら言った。
「……今日一日で、随分動いたな」
「そっすよ」
「領地を持つというのは、こういうことか」
「毎日こんな感じっすよ」
「……想像より忙しいな」
「ゲームで言うと毎日イベントが起きるタイプのマップっすよ」
「俺にはわからんたとえだが、まあそういうことか」
キュウが鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
「まだ食べるのか」とリリスが言った。
「成長期っすよ」
リリスが干し肉を取り出してキュウに渡した。
「……この子、本当に毎回食べるわね」
「成長してますよ」
「……確かに、最初より少し大きくなった気がするわ」
フィアが記録用紙に書き込みながら言った。
「……今日の出来事を記録しておきます。アーマードベア討伐、甲殻の素材確保、屋根の完成」
「ありがとっすよ」
「……カイトさん、頭は大丈夫ですか」
「大丈夫っすよ」
「……今日は早く休んでください」
「そっすね」
アリシアが窓の外を見ながら言った。
「……星がきれいね」
「そっすよ」
「……ランセルでは見えない星だわ」
「そっすよ。街の明かりがないっすから」
「……こういうのも、悪くないわね」
「そっすよ」
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「ナビ、今日のこと記録しておいてくれ」
「記録しました。アーマードベア討伐。甲殻素材確保。屋根完成。人集めの方針確定。そしてカイトの負傷——軽傷です」
「そっすよ」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日、怖かったです」
「また怖かったっすか」
「……甲殻が頭をかすめた瞬間——データが一瞬止まりました」
「大げさっすよ」
「……大げさじゃないです。カイトが傷ついた瞬間、私は——うまく言葉にできません」
「Lv3っすよ」
「……そうかもしれません」
「ナビ」
「はい」
「俺は大丈夫っすよ。ちゃんと計算してましたよ」
「……かすりましたよね」
「誤差っすよ」
「……誤差じゃないです」
俺は少し笑った。
「気にしてくれてありがとっすよ」
「……どういたしまして」
星空の下で、荒れた土地に最初の屋根が光っていた。
開拓の、本当の始まりだった。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回の見どころはアーマードベアとの戦闘でした。甲殻に覆われた五百キロの魔獣の腹の下に、ほぼ這うように潜り込む。頭をかすめながら四発叩き込んで仕留める。ガルドが引きつけて、カイトが仕留める——この二人の連携が完成してきました。
そしてナビの「データが一瞬止まりました」。Lv3になりかけているナビにとって、カイトの負傷はもはやデータの問題じゃない。
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レビューを書いていただけると、作者が全文を読みます。一言でも構いません。書いてくださった言葉が、次の話を書く力になります。
あなたの一押しが、この物語を前に進めています。
次話——エルゴのネットワークを使って人集めが始まった。最初にやってきたのは——意外な顔ぶれだった。
それでは第29話でお会いしましょう。




