第27話「荒れ地」
申請書類が王国土地管理局に受理されたのは五日後だった。
フィアが書類の束を持って工房に来たとき、全員がいた。
「……正式に取得が認められました。旧ハルト男爵領、現在より『カイト領』として登録されます」
「カイト領っすか」
「……領主の名前をつけるのが慣例です」
「もう少し格好いい名前にできないっすか」
「……申請書類に書いてしまいました」
ガルドが笑った。
「カイト領か。悪くないな」
「悪いっすよ」
「いいと思うわ」とリリスが言った。
「シンプルで覚えやすい」とアッシュが言った。
テッドが金床を叩きながら、背中越しに言った。
「……文句を言う暇があるなら出発の準備をしろ」
「そっすよ」
キュウが鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
「出発前に食べさせてあげてください」とフィアが言った。
「そっすね」
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出発したのは翌朝だった。
メンバーはカイト、ガルド、リリス、テッド、フィア、アリシア、キュウ。
アッシュは「冒険者の仕事があるから後から合流する」と言っていた。エルゴは「現地の視察には行かない。商人は数字で判断する」と言って送り出してくれた。
東への街道は整っていた。でも一日半を過ぎた頃から、道の質が落ち始めた。
舗装が消えた。轍の跡だけが残っている。
二日目の夕方、道が完全に途切れた。
「……ここからは獣道っすね」
「地図はあるのか」とガルドが言った。
「フィアさんが王国の古い地図を入手してくれましたよ」
「……十五年前のものです。現在の状態とは変わっている可能性があります」
キュウが先を歩いている。
「キュウに先導してもらいますよ」
アリシアが馬の手綱を引きながら言った。
「……道がなくなったのね」
「そっすよ」
「どうやって進むの」
「キュウの鼻を信用しますよ」
キュウが振り返って鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
「先導してからっすよ」
キュウがもう一度鳴いた。
「……先に食べさせてあげてください」とリリスが言った。
「わかりましたよ」
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翌朝、旧ハルト男爵領の境界に立った。
石造りの古い標柱が、草の中に埋もれている。
「ここからがカイト領っすよ」
全員が標柱を見た。
誰も何も言わなかった。
「……思ったより、草が多いわね」とリリスが静かに言った。
「そっすよ」
「……魔物の気配もする」
「それも想定内っすよ」
ガルドが腕を組んだ。
「……人の痕跡がない。本当に誰もいないな」
「そっすよ」
テッドが土を踏んだ。
しゃがんで、手で土を掴んだ。
しばらく見ていた。
「……悪くない土だ」
「そっすよ。農耕に向いてますよ」
「地下水脈もあると聞いていたな。根拠は何だ」
俺は少し間を置いた。
「……丁度いいっすね。ここで紹介しますよ」
「何をだ」とガルドが言った。
「ずっと独り言だと思ってたやつっすよ」
全員が俺を見た。
「ナビ」
頭の中に声が響いた。
「はい」
「みんなに自己紹介してくれ」
少し間があった。
「……わかりました」
「今から聞こえますよ。俺の頭の中に響く声っすよ。外には聞こえないっすけど、俺が中継しますよ」
「……私はナビといいます。カイトが前世で使っていたゲームのAIアシスタントです。転生の際、一緒に来ました」
俺がそのまま声に出した。
「私は今、カイトのアイテムボックスの中に存在しています。物の分析、情報収集、戦闘中の敵の分析が主な仕事です。カイトにだけ声が届きます」
ガルドが固まった。
完全に固まった。
「……今まで独り言だと思っていたのは」
「全部ナビと話してましたよ」
「……ずっと」
「ずっとっすよ」
ガルドが天を仰いだ。
「……なんで今まで言わなかったんだ」
「言う必要がなかったっすよ。でも領地を一緒にやっていくなら、隠してる方が不便っすよ」
フィアが静かに言った。
「……企業秘密、と言っていましたね」
「そっすよ。でも今はみんな仲間っすよ」
リリスが腕を組んだ。
「……それ、魔族の上位魔法でも作れないものね。前世の技術、というのは本当なのね」
テッドが土を持ったまま俺を見た。
「……それがお前の本当のスキルか」
「そっすよ。スキル鑑定に引っかからない特殊な存在っすよ」
「……だからスキルなしで通ってたのか」
「そっすよ」
アリシアが少し目を見開いた。
「……五年間、屋敷にいた頃から?」
「そっすよ」
「……一度も教えてくれなかったのね」
「アリシアさんに教えたら侯爵に筒抜けになりますよ」
アリシアが少し黙った。
「……それは、そうね」
「ナビ、自己紹介の続きをしてくれ」
「はい。地下水脈の情報について補足します。現在地から南に十五メートル、深さ八メートルに水脈を確認しています。屋敷跡の南側にある井戸と位置が一致します。水は出ます」
俺がそのまま声に出した。
「……便利なのね、確かに」とリリスが言った。
「農耕・建設・戦闘、全部の分析ができますよ」
ガルドがまだ固まった顔で言った。
「……模擬戦のときも分析してたのか」
「してましたよ」
「……あのとき俺に言っていたのは全部ナビの情報か」
「半分っすよ。残り半分は俺が見てましたよ」
ガルドが深いため息をついた。
「……なんか、負けた理由がより納得できてしまった」
「ナビ、ガルドになんか言ってくれ」
少し間があった。
「……ガルドさんの動きは、今では格段に良くなっています。あの頃より三割以上向上していると推定します」
俺がそのまま声に出した。
ガルドが少し表情を緩めた。
「……それは、素直にうれしいな」
「正直な分析っすよ」
フィアが小さく笑った。
「……ずっと独り言の多い人だと思っていました」
「そっすよね」
「……でも今思えば、戦闘中の判断の速さも、依頼の正確さも、全部繋がっていますね」
「ナビのおかげっすよ」
「……チームプレイだったんですね、最初から」
頭の中でナビが少し間を置いた。
「……そうかもしれません」
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屋敷跡に着いたのは昼前だった。
石造りの壁が三面。屋根は落ちている。窓枠は腐っている。でも基礎はしっかりしている。
テッドが屋敷の中に入った。
壁を叩いた。床を踏んだ。天井の残骸を見上げた。
「……二週間あれば住める。一ヶ月あれば十分な拠点になる」
「ありがとっすよ」
「礼はいらん。仕事だ」
テッドが工具袋を下ろして、早速作業を始めた。
ガルドが周囲を確認しながら戻ってきた。
「……カイト、魔物の痕跡がある。北の森から出てきているようだ」
「種類は」
「足跡からするとオークが数体。あとは小型の魔獣が複数」
「ナビ、分析を」
「この地域のデータを照合しています。オークの群れは通常、縄張りを持ちます。北の森の奥に巣があると推定されます。巣を潰せば周辺の安全は確保できます」
俺がそのまま声に出した。
ガルドが少し目を見開いた。
「……今のが、ナビか」
「そっすよ。慣れましたか」
「……まだ慣れないが、便利なのはわかった」
「一緒に巣を潰しに行きますよ」
「わかった」
「リリスは屋敷の周辺を魔法で結界してくれますか」
「わかった。やれる範囲でやるわ」
「フィアさんとアリシアさんは屋敷の中の状態を記録してくれますか」
「わかりました」とフィアが言った。
「……任せて」とアリシアが言った。
キュウが俺の肩に飛び乗って鳴いた。
「キュウも一緒に来てくれ。偵察を頼みますよ」
ピィ、と一声。
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北の森に入った。
足音を消して進む。キュウが耳をそばだてながら前を歩いている。
「ナビ、オークの数と位置は」
「前方二十メートル、少し右寄り。三体の群れです。中央の個体がリーダー格です」
「ガルド、右から回り込んでくれ。リーダーを挟み込みますよ」
「わかった」
ガルドが音もなく右に消えた。
前方の草が揺れた。
オークが三体、こちらに気づいていない。
(体が大きい分、動きが遅い。振り上げ動作に時間がかかる。当たらなければいい)
キュウが低く唸った。
合図だ。
俺は地面を蹴った。
リーダー格の背後に回る。振り向こうとする。
遅い。
バシッ。
首の付け根に手刀を叩き込んだ。
ドスッ。
リーダーが崩れた。
残り二体が混乱した瞬間、右からガルドが踏み込んだ。
バキッ。
一体の顎を打ち上げた。崩れた。
もう一体が逃げようとした。
キュウが先回りして威嚇した。
ピィッ。
オークが止まった。
ガルドが追いついた。
ドガンッ。
地面に叩きつけた。
静寂が戻った。
「……早いな」とガルドが言った。
「リーダーを先に落としたっすよ」
「ナビの情報通りだったな」
「そっすよ」
「……これが毎回あったのか、お前には」
「あったっすよ」
ガルドが少し黙った。
「……俺が三年間勝てなかった相手に、初日で勝てた理由がわかった気がする」
「ガルドも強かったっすよ」
「……でもお前には情報があった」
「そっすよ。でも情報だけじゃ勝てないっすよ。動ける体があってこそっすよ」
ガルドが少し笑った。
「……お前、たまにいいことを言うな」
「たまにっすよ」
「たまにだ」
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巣の場所はキュウが見つけた。
北の森の奥、岩の裏側に穴が掘られていた。
「ナビ、中の数は」
「穴の中に推定七体。全員オークです。最奥に一体、他より大きな個体がいます」
「ボス格っすね。一気に行きますよ、ガルド」
「……七体を二人でか」
「狭い穴は一度に複数が出てこられないっすよ。出てきたところを各個撃破っすよ」
「なるほど。わかった」
結果から言うと、二十分で終わった。
最後の一体——ボス格が穴から飛び出してきた。
でかい。さっきのリーダーより大きい。
(体が大きい分、振り上げ動作が遅い。でも一撃の威力が高い。受けたら終わりだ)
俺は後ろに下がりながら、ボス格の注意を引いた。
視線が俺に集中した瞬間——ガルドが背後から月牙を放った。
弧を描く魔力の刃がボス格の首に命中した。
ドスン。
崩れた。
「……月牙、久しぶりに使ったな」
「取っておいてよかったっすよ。一番効果的な場面っすよ」
「……お前に言われると、なんか悔しいな」
「ありがとっすよ」
「褒めてない」
キュウが鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
「お前は本当に場の空気を読まないな」とガルドが言った。
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屋敷跡に戻ると、テッドがすでに作業を進めていた。
「北の森のオーク、全部片付けましたよ」
「早いわね」とリリスが言った。
アリシアが記録用紙を持って出てきた。
「……屋敷の中、思ったより広かった。大広間、部屋が八つ、地下に食料庫」
「使えますよ」
「……地下の食料庫は湿気がひどかった。でも構造は生きている」
フィアが地図に書き込みながら言った。
「……井戸が南側に一つあります。ナビの分析通りなら水が出るはずですが」
「確認しましょうっすよ」
井戸に近づいた。古いが壊れていない。
縄を垂らすと、ほどなく水音がした。
「出ますよ」
全員が少し安堵した顔をした。
「ナビが正確だったわね」とリリスが言った。
「いつも正確っすよ」
俺は荒れた土地を見渡した。
草が生い茂っている。道もない。でも——
土は良い。水はある。建物の基礎は生きている。
キュウが俺の肩に乗った。
「お腹すいたって言ってますよ」
「みんなで飯にしますよ」
エルゴが用意してくれた携帯食料を取り出した。
全員が屋敷の壁に背をつけて座った。
ガルドが空を見上げながら言った。
「……思っていたより、いい場所かもしれないな」
「そっすよ」
「何もないけど」
「何もないから、何でもできますよ」
リリスが空を見た。
「……私、こういう場所は好きよ。誰も決めていないから。全部、自分たちで決められる」
「そっすよ」
フィアが記録用紙を整理しながら言った。
「……やることが山ほどあります。でも、順番に片付ければいい」
「そっすよ」
アリシアが土地を見渡した。
「……五年前、あなたが屋敷を出た日——こんな場所に来ることになるとは思っていなかった」
「俺もっすよ」
アリシアが少し笑った。
「……悪くないわね」
「そっすよ」
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その夜、星空の下でナビに話しかけた。
「今日のこと、記録しておいてくれ」
「記録しました。旧ハルト男爵領に到着。屋敷跡の状態確認。北の森のオーク全滅。井戸の水脈確認。そして——ナビの存在を全員に公開」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日、みんなに紹介してもらいました」
「そっすよ」
「……うれしかったです」
「そっすか」
「……ずっと、カイトだけが知っていました。でも今日から、みんなが知っています」
「そっすよ」
「……私は今日、外の世界に出た気がします」
俺は少し考えた。
「ナビはずっと俺の中にいたっすよ」
「……でも、みんなが私を知った今日は——外に出た気がします」
「そっすよ。Lv3っすよ、もう」
「……そうかもしれません」
「星、見えてるっすか」
「……見えません。でも、カイトが見ているものを、私も見ている気がします」
「そっすか」
荒れた土地の上で、星が瞬いていた。
第二章が、今日から始まった。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回の一番の場面はナビの自己紹介でした。
「今まで独り言だと思っていたのは全部これだったのか」というガルドの反応。「企業秘密、と言っていましたね」というフィアの一言。「五年間、屋敷にいた頃から?」というアリシアの驚き。
ずっと隠していたものを、新しい場所で初めて全員に見せた。それがナビにとっての「外に出た」という感覚に繋がっています。
この続きを読みたいと思ってくれた方に、一つだけお願いがあります。
ブックマークと評価(星5)をしていただけますか。
ブックマークをしていただくと、更新のたびに通知が届きます。見逃すことがなくなります。評価をしていただくと、ランキングに反映されて、この作品が多くの人の目に触れるようになります。
レビューを書いていただけると、作者が全文を読みます。一言でも構いません。書いてくださった言葉が、次の話を書く力になります。
あなたの一押しが、この物語を前に進めています。
次話——開拓が始まった。でも領地に人がいない。カイトが動き出す。
それでは第28話でお会いしましょう。




