第25話「終わりと始まり」
ドレインの処分が下ったのは三日後だった。
フィアがカウンターで書類を整理しながら教えてくれた。
「……ギルド規則第五十一条の適用。職権濫用と外部勢力との共謀。ドレイン補佐の職を解き、ランセルからの退去を命じる——という内容です」
「退去っすか」
「王都への送還です。王国法上の処分は王都で別途行われます」
「グラストの証言書が効きましたよ」
「……はい」
フィアが少し間を置いた。
「……今朝、ドレインが出ていきました」
「見ましたか」
「……見ました」
「どんな顔でしたか」
フィアが少し考えた。
「……小さく見えました。怒っているわけでも、悔しそうなわけでもなく——ただ、小さく」
俺は黙って聞いた。
「……私は、この人を恨んでいたわけじゃないんです。でもずっと、邪魔な存在だと思っていた。でも今日、出ていく背中を見たら——」
「何を思いましたか」
「……哀れだと思いました。二十年間、誰かの傘の下にいた人が、傘を失った瞬間の顔でした」
俺は少し笑った。
「フィアさん、優しいっすよ」
「……そんなことはないです」
「あると思いますよ」
フィアが視線を逸らした。
(その横顔が——待て俺)
「今日から新しい補佐を選ぶ動きがあります。バルドさんが動いています」
「誰を選びますか」
「……まだ決まっていません。ただ——」
フィアが俺を見た。
「カイトさんに声がかかるかもしれません」
「断りますよ」
「即答ですね」
「ギルドの中にいると動きにくいっすよ。外にいる方が俺には合ってますよ」
フィアが少し笑った。
「……わかりました。バルドさんに伝えておきます」
---
エルゴの屋敷に向かったのはその日の午後だった。
王都からの情報が入ったという伝言があったからだ。
倉庫の椅子に座ったエルゴが、茶を一口飲みながら言った。
「バルドの記録が王都で公開された」
「どうなりましたか」
「グラスト子爵への調査が入った。二十年前の領地移転の件だ。ヴェルナー家への返還が正式な手続きとして動き始めた」
「早いっすね」
「アルシア家が動いたからだ。エルディアという娘が、王都の貴族会議で正式に発言した。自分の家も関与していたと認めた上で、返還を支持すると」
俺は少し驚いた。
(エルディアが王都で動いた。約束通りだ。でも——約束を守るだけじゃなく、自分の家の関与まで認めた。あの人は本当に筋が通っている)
「ヴェルナー家はどう動きますか」
「すでに動いている。リリスが家に連絡を取ったそうだ。ヴェルナー家の当主が正式に動き始めた」
「リリスさんの家っすね」
「諦めていた領地が戻ってくる。二十年ぶりにな」
エルゴが俺を見た。
「……カイト、一つ聞いていいか」
「どうぞっすよ」
「お前はこれからどうするつもりだ」
「冒険者っすよ」
「それだけか」
「……今のところはっすよ」
エルゴが少し目を細めた。
「一つ、話がある」
「なんっすか」
「ランセルから東に三日ほど行ったところに、捨て置かれた廃領地がある」
俺は少し止まった。
「廃領地っすか」
「もともとは小さな男爵家の領地だった。男爵が十五年前に亡くなって、後継者がいなかった。王国の管理地になったが、誰も手をつけていない」
「なんで誰も手をつけないんっすか」
「魔物が出る。インフラがない。人がいない。投資に見合わないと判断された土地だ」
「そっすね、普通は」
「普通は、な」
エルゴが俺を見た。
「……お前なら、どう見る」
俺は少し考えた。
(頭の中でナビが動き始めた。データを照合している気配がする)
「ナビ」
「はい。廃領地の情報を照合しています。東方向、三日行程——該当する領地が一件。旧ハルト男爵領。面積は中規模。魔物の発生は継続中。土壌は農耕に適している。地下水脈あり。交易路から外れているが——新しい交易路を引けば中継地点になり得る位置です」
(農耕に適した土壌、地下水脈、交易路の中継地点になれる位置——問題は魔物と人口ゼロだけだ。でもそれは——)
「ゲームで言うと、開拓マップの初期状態っすよ」
エルゴが少し眉を上げた。
「……開拓マップ」
「何もないところから作るのが一番面白いっすよ」
エルゴが静かに笑った。
「……そうか」
「エルゴさんはなんでこの話を俺にしたんっすか」
「投資する価値があるかどうか、判断してほしかった」
「投資っすか」
「商人として、有望な領地があるなら早めに動きたい。ただし俺が領地を持つわけにはいかない。表に立てる人間が必要だ」
「俺を使いたいっすか」
「お前が表に立つなら、俺は裏で動く。悪い取引じゃないだろう」
俺は少し間を置いた。
「すぐには答えられないっすよ」
「もちろんだ。考える時間は与える」
「三日くれますか」
「いいだろう」
エルゴが茶を一口飲んだ。
「……ただ一つだけ言っておく」
「はい」
「お前に合っている話だと思っている。理由はわかるか」
「何もないから何でもできるっすよ」
エルゴが頷いた。
「そういうことだ」
---
工房に全員が集まったのはその夜だった。
テッド、ガルド、フィア、リリス、キュウ。
俺がエルゴの話をすると、しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのはガルドだった。
「……領地、か」
「そっすよ」
「お前が領主になるのか」
「まだ決めてないっすよ」
「でも考えているだろう」
「……考えてますよ」
リリスが腕を組んだ。
「何もない土地ね」
「そっすよ」
「魔物が出て、インフラがなくて、人がいない」
「そっすよ」
「……面白そうじゃない」
俺は少し笑った。
「そっすよ」
テッドが金床を叩く手を止めて振り向いた。
「……俺は鍛冶師だ。領地に鍛冶場を作れるなら、行ってもいい」
「テッドさんは工房があるっすよ」
「工房は誰かに任せる。そういう歳だ」
フィアが書類を整理しながら、静かに言った。
「……法的な手続きは私が担当します。領地取得の申請は王国法上、複数の書類が必要です。準備は今から始められます」
「フィアさん、もう動く気っすか」
「……三日間、考えれば答えは出るとわかっているので」
ガルドが苦笑した。
「……俺たち全員、お前が決める前から決めてるな」
「そっすね」
キュウが俺の膝の上で鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
全員が笑った。
リリスが干し肉を取り出してキュウに渡した。
工房の中で、火が静かに燃えていた。
---
その夜、窓の外を見ながらナビに話しかけた。
「領地の件、どう思うっすか」
「適性は高いと思います。カイトの能力は閉じた空間より、開いた空間で最大化されます」
「開いた空間っすか」
「決まったルールがない場所では、カイトがルールを作れます。それがカイトの一番強い状態です」
「なるほどっすよ」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「私は——領地に行きたいです」
「どこにも行けないっすよ、ナビは。俺と一緒っすよ」
「……わかっています。でも言いたかったんです」
「なんでっすか」
「……新しい場所で、新しいことが起きるのが——楽しみです」
俺は少し驚いた。
「楽しみ、っすか」
「……はい。これもデータじゃない感情です」
「成長したっすよ、ナビ」
「……カイトのおかげです」
窓の外で、ランセルの夜が静かに続いていた。
三日後、俺は答えを出す。
でも——すでに心の中では決まっていた。
(何もないところから、全部作る。それが一番面白いっすよ)
---
ここまで読んでくださりありがとうございます。
「何もないから何でもできる」——これがカイトの答えです。誰も手をつけなかった廃領地を、ゲームの開拓マップとして攻略していく。第二章が、静かに始まろうとしています。
そしてナビの「楽しみです」という言葉。データじゃない感情が、また一つ増えました。
この続きを読みたいと思ってくれた方に、一つだけお願いがあります。
ブックマークと評価(星5)をしていただけますか。
ブックマークをしていただくと、更新のたびに通知が届きます。見逃すことがなくなります。評価をしていただくと、ランキングに反映されて、この作品が多くの人の目に触れるようになります。
レビューを書いていただけると、作者が全文を読みます。一言でも構いません。書いてくださった言葉が、次の話を書く力になります。
あなたの一押しが、この物語を前に進めています。
次話——三日後、カイトが答えを出す。そして廃領地への第一歩が始まる。
それでは第26話でお会いしましょう。




