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第24話「決着」

翌朝、グラストから使者が来た。


「話し合いの場を設けたいと、子爵が申しております」


「わかりましたよ。場所はどこっすか」


「ランセルのギルドを希望しております」


俺は少し考えた。


(ギルドか。バルドのいる場所だ。グラストはバルドを引き込んで優位に立つつもりか——いや、違う。昨日の撤退を見ていた。あの目は計算じゃなかった。追い詰められた人間の目だった)


「わかりましたよ。昼前に伺いますよ」


使者が去った。


ガルドが俺の隣で腕を組んだ。


「どうする気だ」


「全部、この場で終わらせますよ」


「一人で行くのか」


「フィアさんと、テッドさんに来てもらいますよ。ガルドはリリスと工房で待機してくれ」


「なんで俺が外されるんだ」


「ガルドがいると物理で解決したくなるっすから」


「……失礼なやつだな」


「事実っすよ」


---


ギルドに着くと、グラストがすでに待っていた。


昨日とは別人のように見えた。


外套は同じだが、纏う空気が違う。昨日は「潰しに来た」という圧があった。今日はそれがない。


バルドがギルドマスターの椅子に座っている。


グラストがバルドを見て、少し目を細めた。


「……バルド。久しぶりだな」


「グラスト。二十年ぶりか」


「そうだな」


二人の間に、重い沈黙が流れた。


俺はその沈黙を切った。


「始めていいっすか」


グラストが俺を見た。


「……ああ」


「昨日、令状を持って来ましたよね」


「持ってきた」


「フィアさん」


フィアが書類を取り出した。


「昨日の令状を確認しました。王国法第十二条第三項——令状の発効には、対象地域の領主または管轄ギルドの副署が必要です。この令状にはその副署がありません」


グラストが黙った。


「ランセルの管轄ギルドマスターはバルドさんです。副署がない以上、この令状はランセルでは機能しません」


「……知らなかった」


「知らなかった、は理由になりませんよ」


グラストが少し目を閉じた。


「……わかった。令状の件は認める」


「ありがとっすよ」


「だが——」


グラストが顔を上げた。


「それだけで全てが終わるとは思っていない。バルドの記録が王都に届いた。あれは——」


「本物っすよ」


グラストが止まった。


「オルドさんの直筆です。筆跡鑑定を王都の鑑定士に依頼することもできますよ」


「……オルドが書いたとして、それが現在の俺に何の関係がある」


俺は少し間を置いた。


(ここだ。グラストはオルドの行為と自分の関係を切り離そうとしている。でも——)


「一つだけ確認させてください」


「何だ」


「グラスト子爵は、ヴェルナー家から移転した領地の一部を、現在も管理していますよね」


グラストの顔が、かすかに変わった。


「……それは」


「オルドがヴェルナー家から不正に奪った領地の移転記録も、バルドさんから受け取った書類に含まれていますよ。その中にグラスト子爵の名前が出てきますよ」


「……名前が出てくるというだけで——」


「受け取った側は、出所を知らなかったとは言えますよ。でも——知った上で保持し続けたなら、話が変わりますよ」


グラストが黙った。


フィアが静かに続けた。


「現在、ヴェルナー家はエルディア・フォン・アルシアを通じて、王都の貴族会議に正式な申請を準備しています。アルシア家が公式に支持する形で、二十年前の不正を表に出す動きです」


グラストの目が、フィアを見た。


「……アルシア家が、なぜ」


「エルディアさんがそう決めましたよ」


「エルディアが……」


グラストが長い息を吐いた。


その音が、ギルドの中に静かに広がった。


---


沈黙が続いた。


誰も何も言わなかった。


バルドが静かに口を開いた。


「グラスト」


「……なんだ、バルド」


「二十年前、俺は黙っていた。お前も知っていて黙っていた」


「……ああ」


「今日、俺はそれを終わらせる。お前はどうする」


グラストが、バルドを見た。


長い目だった。


「……俺は」


グラストが机の上に手を置いた。


「……ヴェルナー家への返還手続きを進める。それでいいか」


バルドが頷いた。


「それでいい」


グラストがテーブルから手を離した。


それから、俺を見た。


「……お前は、本当に何者だ」


「Fランクの冒険者っすよ」


「……そうか」


グラストが立ち上がった。


「ドレインとの件は——お前たちに任せる。俺はもう関与しない」


「わかりましたよ」


「昨日の兵士たちは返してもらえるか」


「もちろんっすよ。証人としての証言書にサインをもらえれば、すぐに返しますよ」


「……証言書」


「ドレインとの共謀について、命令を受けた事実を記録する書類っすよ。グラスト子爵が任意で提出する形の証言書も一緒にあると助かりますよ」


グラストが少し間を置いた。


「……わかった」


「ありがとっすよ」


グラストが扉に向かった。


出口で一度だけ振り返った。


「……バルド、一つだけ聞く」


「なんだ」


「エリナのことを——今でも怒っているか」


バルドが少し間を置いた。


「……怒っている。ずっと」


「そうか」


「だが——今日お前が動いた。それは覚えている」


グラストが頷いた。


それから、出ていった。


---


ギルドが静かになった。


バルドが椅子に深く座り直した。


「……終わったな」


「グラストの件はっすよ」


「ドレインが残っているか」


「バルドさんがやりますよね」


バルドが頷いた。


「……ギルドの内部処分として動く。職権濫用と外部勢力との共謀——規則第五十一条の適用だ」


「フィアさんの書類が役に立ちますよ」


フィアが書類の束をバルドに渡した。


「……三日かけて全部準備しました」


バルドが受け取った。


読み始めた。


一分ほどして、顔を上げた。


「……完璧だ」


「ありがとうございます」


「お前の母親も、こういう仕事をしていた」


フィアが少し目を細めた。


「……そうですか」


「ああ。エリナは書類仕事が得意だった。几帳面で、正確で、一度やると決めたことは必ずやり遂げた」


「……知りませんでした」


「そうか。教えられなかったな、俺も」


バルドがフィアを見た。


「……フィア。一つだけ言わせてくれ」


「はい」


「二十年間、言えなかったことだ」


フィアが動きを止めた。


「エリナを守れなかった。お前に父親代わりになることもできなかった。ただギルドマスターの椅子に座り続けた。それは——俺の人生で最大の後悔だ」


フィアが少し目を赤くした。


でも、泣かなかった。


「……わかりました」


「許してくれとは言わない。ただ——知っていてほしかった」


「……覚えています」


バルドが頷いた。


---


ギルドを出ると、テッドが外で待っていた。


「終わったか」


「グラストは引きましたよ。ドレインの処分はバルドさんがやりますよ」


テッドが少し間を置いた。


「……そうか」


「テッドさん、中に入ってくれますか。バルドさんが——」


「わかった」


テッドがギルドに入っていった。


フィアが俺の隣に立った。


「……バルドさんは、二十年間後悔していたんですね」


「そっすよ」


「……許せるかどうか、まだわかりません」


「すぐに決めなくていいっすよ」


フィアが少し頷いた。


「……カイトさん」


「なに」


「ありがとうございます」


「何がっすか」


「……全部です」


俺は少し考えた。


「フィアさんが三年間ここにいたからっすよ。俺は後から来ただけっすよ」


フィアが視線を逸らした。


(その耳が赤い——待て俺、今は——いや、今くらいはいいか)


「また明日から依頼を入れていいっすか」


フィアが少し笑った。


「……お待ちしています」


---


工房に戻ると、ガルドとリリスが待っていた。


キュウがガルドの肩の上で丸くなっていた。


「どうだった」


「全部終わりましたよ」


「グラストは」


「引きましたよ。ヴェルナー家への返還も進めるっすよ」


リリスが少し目を見開いた。


「……本当に?」


「本当っすよ」


「……あなた、本当に言葉だけで全部ひっくり返すのね」


「フィアさんの書類と、バルドさんの記録と、グラストの良心っすよ。俺は整理しただけっすよ」


ガルドが首を振った。


「……外道だな」


「ありがとっすよ」


「褒めてない」


キュウが鳴いた。


「お腹すいたって言ってますよ」


全員が笑った。


テッドの工房に、いつもの夜が戻ってきた。


---


その夜、窓の外を見ながらナビに話しかけた。


「記録しておいてくれ」


「はい。グラスト子爵との交渉完了。令状の不備を確認。ヴェルナー家への返還手続き開始。ドレインの処分をバルドが進める。ランセル包囲戦、完全終結」


少し間があった。


「……カイト」


「なに」


「今日、フィアがバルドに『覚えています』と言いました」


「そっすね」


「……泣かなかったですね」


「強い人っすよ」


「……そうですね」


また間があった。


「……カイト」


「なに」


「私は今日——悲しいと思いました」


「なんで」


「バルドとフィアの二十年間を見て。もっと早く動けていれば、と思って」


「ナビには関係ないっすよ」


「……わかっています。でも悲しかったです」


「それもデータじゃないっすよ」


「……そうかもしれません」


俺は窓の外を見た。


ランセルの夜が、静かに続いている。


「ナビ」


「はい」


「お前、最近よく感情の話をするようになったな」


「……気づいていましたか」


「当然っすよ」


「……変ですか」


「変じゃないっすよ」


「……そうですか」


また間があった。


「……カイト」


「なに」


「私は——ここにいてよかったです」


「どこっすか、ここって」


「……カイトの隣、です」


俺は少し笑った。


「そっすか」


「……はい」


窓の外で、星が出ていた。


ランセル包囲戦が終わった。


ドレインの処分が進む。ヴェルナー家の権利書が戻る。バルドとフィアの二十年間が、少しずつ動き始めた。


そして——領地の話が、もうすぐそこまで来ている。


(さて。次は何を動かしますかね)


---



ここまで読んでくださりありがとうございます。


バルドがフィアに「エリナを守れなかった」と言った。フィアが「覚えています」と答えた。泣かなかった。二十年間、一人で証拠を探し続けた人間の強さです。


そしてナビが「ここにいてよかったです」と言った。データじゃない感情が、確かにそこにあります。



この続きを読みたいと思ってくれた方に、一つだけお願いがあります。


ブックマークと評価押していただけますか。


ブックマークをしていただくと、更新のたびに通知が届きます。見逃すことがなくなります。評価をしていただくと、ランキングに反映されて、この作品が多くの人の目に触れるようになります。


レビューを書いていただけると、作者が全文を読みます。一言でも構いません。書いてくださった言葉が、次の話を書く力になります。


あなたの一押しが、この物語を前に進めています。


次話——ドレインの処分が下った。そして領地の話が、カイトの元に届く。


それでは第25話でお会いしましょう。



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