第23話「包囲戦」
第二波が来たのは翌日の昼前だった。
キュウが鳴いた瞬間、俺はすでに動いていた。
「ナビ、数は」
「南の街道——百二十名。第一波の倍です。全員重装備。そして——」
少し間があった。
「後方に馬車が三台。上質な外套の人物が乗っています。グラスト子爵本人と思われます」
(来た。本人が来た。ということは——今日で決着をつけるつもりだ)
「全員を起こしてくれ、ガルド」
「わかった」
ガルドが宿を飛び出した。
俺は窓の外を見た。
晴れた昼だ。視界は完璧に通っている。地形は昨日確認した。関所跡の石壁、街道の幅、迂回ルートの全て。
頭の中で盤面を組み立てた。
(百二十名。正面突破を狙うには多すぎる。でも全員を一度に動かしたら、関所跡の幅には入りきらない。必ず絞られる。問題は——今日は令状を持っている。法的な引き留めが使えない。物理で対処するしかない)
(でも殺す必要はない。崩せばいい。統率を失えば烏合の衆になる)
(ゲームで言うと——大規模レイドボスの雑魚処理だ。ボスを直接狙いながら、雑魚の湧きを捌き続ける。ボスさえ落とせれば雑魚は自動的に散る)
---
関所跡に全員が集まったのは第二波が到着する十分前だった。
テッド・ガルド・リリス・アッシュ・冒険者十名。
テッドが昨日と同じ古い鎧をつけていた。
「配置を確認するっすよ」
全員が俺を見た。
「テッドさんは関所跡の右側の壁の後ろで待機。ガルドは俺の左に。リリスは壁の上——ただし今日は警告じゃないっすよ。最初から広域魔法を使ってほしいっすよ」
「……範囲は?」
「街道の中央から後方二十メートル。前列には当てないっすよ。後続を止めてほしいっすよ」
「わかった」
「アッシュさんは冒険者を連れて東の路地を守ってほしいっすよ。迂回ルートを絶対に塞いでくださいっすよ」
「任せろ」
「フィアさんは後方で待機。グラスト子爵と話す場面が来たら出てきてほしいっすよ」
フィアが頷いた。
「……書類は全部持っています」
「エルゴさんの物資拠点は?」
「倉庫に待機中です。負傷者が出たらすぐ動けます」
「キュウは俺と一緒にいてもらいますよ。偵察をお願いしたいっすよ」
キュウが俺の肩の上で鳴いた。
「……お腹すいたって言ってますよ」
「後でっすよ」
「……戦場でも食欲は変わらないのね」とリリスが言った。
「成長期っすよ」
「人間に言う台詞じゃないわ」
「狐に言ってますよ」
一瞬の笑いが緊張を緩めた。
テッドが静かに言った。
「……カイト」
「はい」
「今日で終わらせるぞ」
「そっすよ」
---
百二十名の先頭が関所跡に差し掛かったのは、それから五分後だった。
昨日と違う。隊列が二列縦隊だ。幅を広げて関所を一度に多く通り抜けようとしている。
(学習してきた。でも——二列縦隊は後ろが前の動きに引きずられる。先頭が止まれば玉突きになる)
先頭が関所に入った瞬間、俺は動いた。
今日は昨日と動き方を変えた。
正面から入る。
先頭の兵士が驚いた顔をした。
(昨日と同じ重装備。でも今日は二列。つまり左右から挟まれる。先に左側の列の先頭を崩す)
左に踏み込みながら、先頭左の兵士の盾に体重をかけた。
押し込むんじゃない。乗る。
兵士が体勢を崩した瞬間、その肩を踏み台にして右に飛んだ。
右列の先頭が剣を振り上げた。
発生フレームが見えた。
剣が最高点に達する〇・三秒前に懐に入った。
脇腹に手刀。倒れた。
左列の先頭が体勢を立て直そうとした。
でもその後ろに二番手がいる。倒れそうな先頭を避けようとして、二番手が一瞬動きを止めた。
(玉突きが起きた)
ガルドが左から突っ込んだ。
月牙を使わず、拳だけで動いている。一人の顎を下から打ち上げた。意識が飛んだ。次の一人の胸板に掌底を入れた。吹き飛んだ。
テッドが右の壁の後ろから出てきた。
Aランクの気配が、昨日より濃い。
本気を出している。
先頭右列の三番手がテッドを見た瞬間、足が止まった。
「……お前は」
「覚えていなくていい」
テッドが踏み込んだ。
一歩だけ。
でもその一歩の圧だけで、三番手の男が後退した。二十年のブランクを感じさせない、Aランクの地力だ。
先頭二列、十二名。
一分以内に全員が無力化されていた。
後続の集団が止まった。
その瞬間——
リリスが動いた。
壁の上で両手を広げた。深紅の魔力が爆発的に膨らんだ。
「広域制圧魔法——『緋天崩』」
街道の後方二十メートルに、真紅の衝撃波が広がった。
爆音。地面が揺れた。
後続の兵士たちが一斉に吹き飛んだ。殺傷はしていない。でも全員が地面に叩きつけられた。
立ち上がれる者は半数以下だ。
「……これが上位魔族の本気か」とガルドが小声で言った。
「そっすよ」
リリスが壁の上で息を整えていた。
「……一発だと消耗するわね」
「十分っすよ」
---
後方の馬車から、男が降りてきた。
五十代、太り気味の体に、金の刺繍が入った外套。王都の紋章が胸にある。
グラスト子爵だ。
男が俺を見た。
「……お前が、カイトか」
「そっすよ」
「FランクのくせにAランク魔獣を倒したという、あの」
「カードにそう書いてありますよ」
グラストが周りを見た。百二十名の兵士の大半が地面に伏している。立っている者は俺たちと、グラストの護衛数名だけだ。
「……令状は持ってきた」
グラストが書類を取り出した。
「王都の貴族会議名義の——」
「フィアさん」
フィアが前に出た。
グラストが令状を差し出した。フィアが受け取った。
その場で読み始めた。
一分ほど読んで、顔を上げた。
「……この令状、第三項に問題があります」
グラストが眉を上げた。
「何?」
「王国法第十二条第三項——令状の発効には、対象地域の領主または管轄ギルドの副署が必要です。この令状にはその副署がありません」
「……それは」
「ランセルの管轄ギルドマスターはバルド・ドレインです。この令状にバルドさんの副署がない以上、ランセルでは令状として機能しません」
グラストが固まった。
「……そんな規則が」
「王国法に明記されています。ご存知なかったのですか」
静寂だった。
完全な静寂だった。
俺はグラストに近づいた。
笑顔のまま、静かに言った。
「グラスト子爵、一つだけ確認させてください」
「……何だ」
「今日の作戦——ドレイン補佐と事前に打ち合わせましたよね」
グラストの目が動いた。
「……関係ない」
「関係ありますよ。ドレイン補佐はランセルギルドの職員っすよ。外部の武装集団との共謀は、ギルド規則第五十一条の職権濫用に当たりますよ」
「証拠はあるのか」
「昨日、令状なしで動いた六名の証言がありますよ。ドレイン補佐から指示を受けたと証言しましたよ」
グラストが口を開いて、閉じた。
もう一度開いた。
「……バルドの記録は、偽造だ」
「偽造の根拠は」
「……オルドがそんなことをするはずがない」
「オルドさんの直筆の記録っすよ。筆跡鑑定をご希望ですか。王都の鑑定士に依頼することもできますよ」
グラストが俺を見た。
怒りではなかった。
追い詰められた人間の目だった。
俺は続けた。
「子爵、もう一つ確認させてください」
「……何だ」
「今日ここに来た目的は何っすか。ランセルを封鎖してどうするつもりでしたか」
「……バルドの記録を回収する」
「記録はすでに王都に送られましたよ。原本の写しは複数あります。エルゴさんと、アルシア家と、ヴェルナー家が持っていますよ」
グラストが固まった。
「……アルシア家が?」
「エルディア・フォン・アルシアはヴェルナー家と取引を成立させましたよ。二十年前の経緯の公開も条件に含まれていますよ」
「……エルディアが、なぜ」
「詳しくはエルディアさんに聞いてくださいっすよ」
グラストが長い間、黙っていた。
護衛の数名が、剣に手をかけようとした。
その瞬間——テッドが前に出た。
Aランクの気配が、また濃くなった。
護衛たちの手が止まった。
「……止めておけ」とグラストが低い声で言った。「負ける」
護衛が手を離した。
グラストが俺を見た。
「……お前は、何者だ。本当に」
「Fランクの冒険者っすよ」
「……そんなわけがない」
「カードにそう書いてありますよ」
グラストが長い息を吐いた。
それから、くるりと背中を向けた。
「……引く」
護衛が驚いた顔をした。
「子爵、しかし——」
「引くと言った」
グラストが馬車に戻った。
護衛たちが慌てて後に続いた。
地面に伏していた兵士たちが、よろよろと立ち上がって後退し始めた。
---
街道が静かになった。
ガルドが大きく息を吐いた。
「……終わったのか」
「グラストは終わりましたよ。でも——」
「でも?」
「ドレインがまだいますよ」
ガルドが少し間を置いた。
「……あいつはどうする」
「バルドさんが動きますよ。ギルドの内部処分っすよ」
「お前が動かないのか」
「ドレインはバルドさんの問題っすよ。俺が手を出す必要はないっすよ」
テッドが俺の隣に来た。
「……カイト」
「はい」
「お前は今日、一人も殺さなかった」
「殺す必要がなかったっすよ」
「……そうか」
テッドが街道を見た。
兵士たちが遠ざかっていく。
「……二十年前、エリナが死んだとき——俺は誰も守れなかった。今日は違った」
「テッドさんが出てきた瞬間、前列が止まりましたよ。テッドさんがいなかったら、もっと時間がかかってましたよ」
テッドが少し黙った。
「……礼はいらん」
「言ってないっすよ」
テッドが小さく鼻を鳴らした。
リリスが壁から降りてきた。
「……終わったわね」
「お疲れ様っすよ」
「疲れたわ。広域魔法は消耗するのよ」
「ゆっくり休んでくださいっすよ」
「……あなたに言われると悔しいけど、素直にそうするわ」
フィアが書類を整理しながら歩いてきた。
「……令状の不備を突けてよかったです」
「完璧でしたよ」
「……三日間、王国法を全部読み直しました」
「三日間っすか」
「……令状の副署の件は、百四十二ページに書いてありました」
俺は少し笑った。
「ありがとっすよ、フィア」
フィアが視線を逸らした。
「……規則の範囲内での対応です」
キュウが俺の肩に飛び乗って鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
全員が笑った。
アッシュが東の路地から走ってきた。
「カイト、迂回ルートも問題ない。一人も来なかった」
「ありがとっすよ。お疲れ様でしたよ」
「……お前と組むのは心臓に悪いな」
「褒め言葉っすよ」
「褒めてない」
---
工房に全員が集まった夜、テッドが珍しく酒を出した。
「……今日くらいは飲め」
全員が杯を受け取った。
誰も怪我をしていない。誰も死んでいない。
グラストは引いた。ドレインの共謀は証拠が揃った。バルドの記録は王都に届いている。
「乾杯っすよ」
「乾杯」
キュウが杯に顔を突っ込もうとしたのをリリスが止めた。
「あなたはだめよ」
キュウが鳴いた。
「干し肉で我慢してもらってくださいっすよ」
「……成長期だから?」
「そっすよ」
テッドが杯を傾けながら言った。
「……二十年ぶりに戦った」
「どうでしたか」
「……まだ動けた」
「そっすよ。テッドさんが出てきた瞬間、前列の兵士の顔色が変わりましたよ」
「……衰えたと思っていた」
「衰えてないっすよ。封印してただけっすよ」
テッドが少し黙った。
「……エリナに、見せられたかもしれんな」
誰も何も言わなかった。
フィアが杯を持ったまま、静かに目を閉じた。
それから、小さく言った。
「……見ていたと思います」
テッドが頷いた。
「……そうかもしれんな」
工房の中で、火が静かに燃えていた。
(ナビ)
「はい」
「ランセル包囲戦、記録しておいてくれ」
「記録しました。第二波百二十名を撃退。グラスト子爵が撤退。証拠の確保完了。負傷者ゼロ」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日の戦いで——私は初めて、怖いと思いました」
「怖い?」
「……カイトが傷つくかもしれないと思って」
「大丈夫でしたよ」
「……わかっています。でも——怖かったです」
俺は少し考えた。
「ナビ、それは」
「はい」
「データじゃないっすよ」
長い間があった。
「……そうかもしれません」
「Lv2っすよ、もう」
「……そうかもしれません」
工房の外で、ランセルの夜が静かに続いていた。
---
後書き
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころは三つ。
一つ目は「令状の副署」。フィアが百四十二ページから見つけ出した一行が、百二十名の武装集団を法的に無効化しました。三日間読み続けたフィアの努力が、ここで爆発しました。
二つ目はテッドの「まだ動けた」。二十年間封印してきたAランクの実力が、エリナへの贖罪として解放された瞬間です。
三つ目はナビの「怖かったです」。データじゃない感情——Lv2への移行が、今話で完成しました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この作品が面白いと思ってくれた方は
評価(星5)とブックマーク
を押していただけると作者が泣いて喜びます。
ブックマークが増えるほど更新速度が上がります。つまりポチってくれた人が続きを作っています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次話予告:グラストが引いた。次はドレインの処分——バルドが動く。そして二十年前の記録が王都で公開される。
それでは第24話でお会いしましょう!




