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第22話「包囲」

六日目の朝、キュウが騒いだ。


夜明け前から俺の肩の上でしきりに鳴いている。普段の「お腹がすいた」とは違う、鋭い声だ。


(ナビ)


「はい」


「キュウが何か感知してますか」


「魔力反応を確認しています。ランセルの南の街道——複数の人間が移動しています。数は——」


少し間があった。


「……六十三名。全員武装しています」


俺は起き上がった。


「来ましたよ」


窓の外はまだ暗い。夜明けまであと一時間ほどだ。


(グラスト子爵は速かった。バルドが記録を送ってから六日——王都からランセルまでの距離を考えると、記録が届く前から動いていた可能性がある。つまり最初からランセルを押さえるつもりだった)


宿を飛び出した。


---


ガルドの部屋の扉を叩いた。


「来ましたよ」


「……わかった」


三十秒で出てきた。装備を全部つけている。


「何人だ」


「六十三名、南の街道っすよ」


「多いな」


「想定内っすよ」


工房に走った。テッドはすでに起きていた。鍛冶用の革のエプロンではなく、古びた鎧をつけていた。二十年前のものだろう。でも手入れは完璧だ。


「来たか」


「六十三名、南からっすよ」


「街道の封鎖は?」


「まだっすよ。夜明け前に動いているということは、夜明けと同時に街道を塞ぐつもりっすよ」


「時間は」


「一時間もないっすよ」


テッドが頷いた。


「……フィアとリリスに伝えろ。俺は先に動く」


「どこにっすか」


「南の街道の手前に、石積みの壁がある。昔の関所跡だ。あそこを陣地にできる」


「わかりましたよ」


テッドが工房を出た。


その背中が、二十年前のAランク冒険者に見えた。


---


フィアの宿を叩くと、すでに起きていた。


「……来ましたか」


「六十三名っすよ。フィアさんには後方をお願いしたいっすよ」


「わかっています。書類の準備はできています」


「書類?」


「武装集団がランセルに入る場合、正式な令状がなければ不法侵入です。ギルドの規則と王国法を根拠にした抗議書と、バルドさんへの協力要請書も用意しています」


「さすがっすよ」


「……ただし」


フィアが俺を見た。


「法的な対抗だけでは時間稼ぎにしかなりません。物理的に止める必要があります」


「そっちは俺たちがやりますよ」


「……気をつけてください」


「大丈夫っすよ」


「……カイトさんが『大丈夫』と言うとき、大丈夫じゃない場合もありますよね」


「今回は本当に大丈夫っすよ」


フィアが少し息を吐いた。


「……信じます」


(その目が——待て俺、今は戦闘前だ)


---


リリスはすでに外にいた。


工房の前で魔力を練っている。深紅の瞳が暗闇の中で光っている。


「遅い。もう気づいていたわ」


「キュウが教えてくれましたよ」


「この子、使えるわね」


キュウがリリスの肩に乗った。


「魔法の準備は?」


「いつでも撃てる。範囲攻撃と単点攻撃、どちらも対応できるわ」


「六十三名っすよ」


「多いわね。でも——」


リリスが少し笑った。


「私は上位魔族よ。六十三名程度なら、足止めくらいはできるわ」


「足止めで十分っすよ。殺す必要はないっすよ」


「わかっているわ」


アッシュが冒険者十名を連れて走ってきた。


「カイト、冒険者の配置はどうする」


「南の街道入口に三名、東の路地に三名、西の市場前に四名をお願いしたいっすよ。街道を塞がれた後の迂回ルートを押さえますよ」


アッシュが頷いた。


「……お前、戦術を考えてたのか」


「三日間考えてましたよ」


「そうか。任せろ」


アッシュが冒険者たちを連れて散っていった。


エルゴから伝令が来た。


「旦那から——街の東側の倉庫を物資拠点として使っていい。食料と医薬品は用意した。商人のネットワークで情報収集も始めている、とのことです」


「ありがとっすよ」


---


南の街道手前、テッドが指摘した関所跡に着いたのは夜明けの十五分前だった。


石積みの壁が街道を挟んで両側に残っている。高さは二メートルほど。大人が一人越えるには少し手間がかかる。


「ここを防衛ラインにしますよ」


ガルドが壁を確認した。


「……悪くない。正面突破には向いていない地形だ」


「そっすよ。六十三名が一度に突っ込んでこられない。必ず絞られますよ」


(ナビ)


「はい」


「敵の動きは」


「街道を南から北に移動中。先頭が関所跡まで——あと八分程度です」


「隊列は」


「縦列行進。先頭に重装備の六名、後続に軽装の集団。最後尾に指揮官らしき人物が一名」


(なるほど。縦列ということは街道の幅に合わせて動いている。この関所跡で絞れば、一度に相手できる人数は五、六名だ。後続が来る前に先頭を潰す。ゲームで言うと、狭いダンジョンでの敵の誘導と同じだ)


「テッドさん、壁の後ろで待機してもらえますか。先頭集団が関所を通り抜けた瞬間に出てきてほしいっすよ」


「わかった」


「ガルドは俺の右に。リリスは壁の上から魔法の準備を」


「了解よ」


「先頭六名を最初の三十秒で無力化します。後続が止まった隙にリリスさんが警告の魔法を撃つ。それで隊列が崩れますよ」


「……警告でいいのか」


「最初は警告っすよ。それでも来るなら対処しますよ。でも——グラスト子爵の手の者とはいえ、命令に従っているだけの人間がほとんどっすよ。殺す必要はないっすよ」


リリスが少し眉を上げた。


「……甘いわね」


「甘いっすよ。でも不必要に殺した後の処理が面倒っすよ」


「……外道ね」


「よく言われますよ」


---


夜明けの光が街道に差し込んだ瞬間、先頭集団が関所跡に差し掛かった。


六名。全員、鉄の鎧に剣と盾。隊列が整っている。訓練を受けた兵士だ。


(発生フレームを確認する。鎧が重い分、動きが遅い。剣の振り上げに時間がかかる。盾を構えたまま前進しているということは、正面からの攻撃を想定している。つまり側面は空いている)


先頭の兵士が関所の石壁の間を通り抜けた瞬間、俺は動いた。


正面ではなく、完全に左側から踏み込んだ。


盾の死角だ。


先頭の兵士が反応しようとする。でも鎧の重さが邪魔をする。振り向くモーションが遅い。


(硬直時間、推定〇・八秒。十分だ)


首の付け根に手刀を入れた。


一人目が崩れた。


二人目が叫んで剣を振り上げた。振り上げの発生が遅い。剣が最高点に達する前に懐に入った。脇腹に肘を入れる。倒れた。


三人目が盾を突き出してきた。


(盾の突き出しは腕の可動域が決まっている。右に半歩ずれるだけで外れる)


右に半歩。盾が空を切る。その腕を掴んで、体重をかけて地面に押さえ込んだ。


ここまで十秒。


ガルドが右から二人を同時に相手にしていた。


月牙を使わず、体術だけで動いている。一人の剣を受け流しながら、もう一人の脚を払う。倒れた瞬間に首元に拳を当てる。気絶させた。


もう一人が逃げようとした。


ガルドが足だけで追いついて、肩を掴んで地面に叩きつけた。


六人目——最後の一人が剣を構えて叫んだ。


「化け物め! 何者だ!」


「Fランクの冒険者っすよ」


その一瞬の隙にテッドが壁の後ろから出てきた。


六人目の男がテッドを見た瞬間、顔色が変わった。


テッドの纏う空気が、明らかに違う。二十年間封印してきたAランクの気配が、そのまま表に出ていた。


「……っ」


六人目の男が剣を下ろした。


テッドが低い声で言った。


「降参しろ。次はない」


剣が地面に落ちた。


---


後続の集団が止まった。


先頭六名が三十秒以内に全員無力化された光景を見て、隊列が乱れている。


リリスが壁の上から手を上げた。


深紅の魔力が掌に集まった。


「……警告よ」


魔力が空に向かって放たれた。


赤い閃光が夜明けの空を切り裂いた。音が爆発した。


後続の集団が一斉に後退した。


その中に、最後尾で馬に乗った男がいた。


上質な外套。王都の紋章。指揮官だ。


男が俺を見た。


「……何者だ、お前は」


「ランセルの冒険者っすよ」


「グラスト子爵の命令でこの街道を——」


「令状はありますか」


男が止まった。


「……何?」


「王国法第四十二条。武装集団が街道を封鎖する場合、王国または領主の正式な令状が必要っすよ。令状なしの封鎖は不法行為になりますよ」


後ろでフィアが走ってきた。


書類を持っている。


「ランセルギルドマスター・バルド・ドレイン名義の正式抗議書です。令状なしの武装集団によるランセル街道への侵入を、王国法に基づき不法行為と認定します」


男が書類を受け取った。


読んだ。


顔色が変わった。


「……これは」


「グラスト子爵に持って帰ってくださいっすよ。正式な令状があるなら、改めて話し合いましょうっすよ」


男が俺を見た。


憎悪と、それ以上の——困惑の目だった。


長い沈黙の後、男が馬を返した。


後続の集団が、少しずつ後退していった。


---


街道が静かになった。


ガルドが大きく息を吐いた。


「……今日のところは引いたな」


「今日のところはっすよ」


「また来るか」


「来ますよ。今度は令状を持って」


「令状があったらどうする」


「令状があっても、中身が正当かどうかは別っすよ。次の手を考えますよ」


ガルドが首を振った。


「……お前と話していると頭がおかしくなる」


「慣れっすよ」


テッドが気絶した兵士たちを見下ろした。


「……こいつらはどうする」


「縛って、令状を持って来た時に一緒に返しますよ。人質じゃなく、証人として使いますよ」


「証人?」


「令状なしで動いた事実の証人っすよ。グラスト子爵が不法行為を命じた証拠になりますよ」


リリスが壁の上から降りてきた。


「……あなた、本当に戦いながら次の手を考えているのね」


「止まると負けるっすよ」


「……外道だわ」


「よく言われますよ」


キュウが俺の肩に飛び乗って鳴いた。


「お腹すいたって言ってますよ」


全員が一瞬だけ力を抜いて笑った。


リリスが干し肉を取り出した。


「……あなたの食欲は戦場でも変わらないのね」


キュウが満足そうに食べた。


(ナビ)


「はい」


「第一波、記録しておいてくれ。撃退完了。証人六名を確保。敵は令状取得のために一時撤退」


「記録しました」


少し間があった。


「……カイト」


「なに」


「今日の戦い——一人も死ななかったです」


「そっすよ」


「……よかったです」


「そっすね」


街道に朝の光が広がっていた。


第一波は退いた。


でもこれは——始まりに過ぎない。


グラスト子爵が令状を持って来たとき、本当の戦いが始まる。


(さて。次の準備を始めますよ)


---





ここまで読んでくださってありがとうございます!


今回の見どころは「三十秒で先頭六名を無力化」でした。鎧の重さによる硬直、盾の死角、剣の振り上げの発生フレーム——全部ゲームの仕様として処理するカイトの戦い方がここで全開になりました。


そしてテッドの「降参しろ。次はない」——二十年ぶりにAランクの気配を出した瞬間です。


フィアの法的対抗も完璧に機能しました。物理と法律、両方で押し返す——これがカイト組織の戦い方です。


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を押していただけると作者が泣いて喜びます。


ブックマークが増えるほど更新速度が上がります。つまり**ポチってくれた人が続きを作っています。


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次話予告:令状を持った第二波が来る。今度の規模は——倍以上。そしてグラスト子爵が自ら姿を現す。


それでは第23話でお会いしましょう!


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