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第21話「開戦前夜」

ベルクハルト侯爵からの使者が来たのは、アリシアとの会話から三日後だった。

朝、宿の前に馬車が止まった。ベルクハルト家の紋章が入っている。御者台に使用人が一人、中に初老の男性が座っていた。

「カイト殿でいらっしゃいますか」

「そっすよ」

「ベルクハルト侯爵より、正式なご依頼のお手紙をお預かりしております」

封書を受け取った。

開けると、侯爵の直筆だった。

内容は簡潔だ。ベルクハルト家の領地管理権が王都の貴族会議にかけられる。このままでは三十日以内に別の家系に移される可能性がある。カイトに正式な依頼として調査と対処を求める。報酬は応相談。

「わかりましたよ。引き受けますよ」

使者が少し驚いた顔をした。

「……即決でよろしいのですか」

「条件を後で詰めますよ。今は引き受けるかどうかだけっすよ」

使者が頷いた。

「……アリシア様より、『ありがとう』とお伝えするよう申し付かっております」

「伝わりましたよ」

馬車が去っていくのを見送りながら、ガルドが隣で言った。

「……本当に引き受けるのか」

「引き受けますよ」

「義理はないだろう」

「ないっすよ。でも——やることがありますよ」

「何がある」

「バルドさんを動かす口実ができましたよ」

ガルドが少し目を細めた。

「……どういう意味だ」

「ベルクハルト家の領地管理権が王都にかけられる理由を調べたら、面白いものが出てくると思いますよ」

(ナビ)

「はい」

「王都の貴族会議でベルクハルト家の領地管理権の件を動かしている人間を照合できるか」

「データが限られますが——エルゴさんの商人ネットワーク経由で情報収集が可能かもしれません」

「頼みますよ」

「了解しました」

「また独り言か」とガルドが言った。

「癖っすよ」


エルゴの屋敷に向かうと、老人はすでに情報を持っていた。

「来ると思っていた」

「さすがっすよ」

「ベルクハルト家の件、王都で動かしているのはグラスト子爵という人物だ。王都の貴族会議で発言力を持つ中堅貴族だが——裏でいくつかの不正取引に関与しているという話がある」

「ドレインとの繋がりはありますか」

エルゴが少し目を細めた。

「……あると見ている。ドレインが王都に動きを求めた可能性が高い」

「つまりドレインが、ベルクハルト家の件を利用して俺への間接的な嫌がらせをしている」

「そういうことになる」

俺は少し考えた。

(なるほど。ドレインは調査費用の件で直接動けなくなった。だから王都のグラスト子爵を使って、俺の周辺を潰しにかかっている)

「エルゴさん、もう一つ聞いていいっすか」

「なんだ」

「バルドさんが二十年前の記録を王都に提出した場合——グラスト子爵への影響はありますか」

エルゴが少し間を置いた。

「……グラスト子爵はオルドの取引相手だったという話がある。記録が出れば、子爵も無傷ではいられない」

「繋がりましたよ」

「何がだ」

「全部っすよ」

エルゴが俺を長い目で見た。

「……カイト、お前は何を動かすつもりだ」

「バルドさんに記録を提出してもらいますよ。王都に直接」

「それは——ドレインとグラスト子爵が動く可能性がある」

「動いてもらった方が都合がいいっすよ」

エルゴが少し目を閉じた。

「……お前は、戦いを誘っているのか」

「向こうが先に動いてますよ。俺は受けるだけっすよ」

エルゴが静かに言った。

「……わかった。私も動く。商人として、ランセルを守る理由がある」

「ありがとっすよ」

「礼はまだ早い。これは商売だ。後で請求する」

「わかってますよ」


バルドのところに向かったのは夕方だった。

ギルドマスター室に入ると、バルドが書類を整理していた。

「カイトか。何の用だ」

「記録を王都に提出してほしいっすよ」

バルドが手を止めた。

「……二十年前の記録を、か」

「そっすよ」

「それをすれば——王都が動く可能性がある」

「動いてもらった方がいいっすよ」

バルドが俺を見た。

「……お前、何かを知っているのか」

「グラスト子爵がドレインと組んで、ベルクハルト家の領地管理権を動かしていますよ。グラスト子爵はオルドの取引相手だったっすよね」

バルドが少し目を閉じた。

「……知っていたのか」

「今日知りましたよ」

「……グラスト子爵は王都で力を持っている。記録を提出すれば、あいつが動く」

「それでいいっすよ」

「ランセルに何か仕掛けてくるかもしれない」

「仕掛けてきたら対処しますよ」

バルドが立ち上がった。窓の外を見た。

「……二十年間、ずっと迷っていた」

「そっすね」

「提出すれば、ギルドも揺れる。俺の立場も危うくなる」

「でも——提出しなければ、二十年前と同じ選択をすることになりますよ」

バルドが静かに笑った。

「……お前は容赦ないな」

「事実を言っただけっすよ」

「……わかった。提出する。三日以内に王都に送る」

「ありがとっすよ」

「礼はいらん。これは俺が二十年前にやるべきことだった」

バルドが俺を見た。

「……カイト、一つだけ聞く」

「はい」

「お前は、ランセルを守れるか」

俺は少し考えた。

「守りますよ」

「根拠は」

「守れるメンバーがいるっすよ」

バルドが少し間を置いた。

それから、頷いた。

「……頼む」


工房に全員が集まったのは夜だった。

テッド・ガルド・フィア・リリス・アッシュ。キュウがテーブルの上に座っている。

俺が状況を説明した。

「バルドさんが三日以内に記録を王都に送る。グラスト子爵が動く可能性がある。最悪の場合——ランセルに武装した人間が来るっすよ」

静寂だった。

ガルドが最初に口を開いた。

「……何人規模だ」

「わからないっすよ。でも子爵が動かせる兵力なら、五十から百はいると思いますよ」

「俺たちは?」

「今ここにいる全員と、エルゴさんの商人ネットワーク。アッシュさんの伝手で動ける冒険者が何人か」

アッシュが腕を組んだ。

「……呼べる冒険者は十名ほどだ。Cランク以上を集める」

「ありがとっすよ」

リリスが静かに言った。

「……私はヴェルナー家に連絡を取る。家として動ける戦力を呼べる」

「助かりますよ」

テッドが金床を叩く手を止めて、振り向いた。

「……俺は戦う」

「テッドさん」

「二十年前にできなかったことをする。それだけだ」

フィアが書類を広げた。

「……法的な対抗手段も準備します。武装集団がランセルに入る場合、正式な令状がなければ不法侵入になります。その点を突ける書類を用意します」

「さすがっすよ」

キュウが鳴いた。

「……お腹すいたって言ってますよ」

一瞬の沈黙の後、全員が少し笑った。

テッドが干し肉を取り出してキュウに渡した。

「……お前も戦力だ」

キュウが満足そうに食べた。


その夜、俺は窓の外を見ながら戦略を組み立てた。

(ナビ)

「はい」

「敵の想定規模が五十から百。こちらの戦力を整理してくれ」

「了解しました。現状の戦力——ガルド、リリス、テッド、アッシュ、冒険者十名、ヴェルナー家の援軍未定。エルゴの商人ネットワークは物資と情報面での支援」

「数で劣りますね」

「はい。正面からの打ち合いは不利です。ただし——」

「ただし?」

「ランセルはカイトたちのホームフィールドです。地の利は完全にこちらにあります」

「そっすよ」

「地形を利用した戦術を組み立てれば、数の不利は補えます」

「ゲームで言うと——」

「ディフェンスマップでの戦闘です。攻撃側は侵入ルートが限られる。防衛側は待ち伏せと各個撃破が有効です」

「なるほど」

少し間があった。

「……カイト」

「なに」

「怖いですか」

俺は少し考えた。

「怖いっすよ」

「……そうですか」

「でも——怖くても動く方を選ぶっすよ」

「……アリシアさんに言った言葉と同じですね」

「そっすよ」

また間があった。

「……私も、カイトの隣で動きます」

「ありがとっすよ、ナビ」

「……どういたしまして」

窓の外で、ランセルの夜が静かに続いていた。

三日後、バルドが記録を送る。

そこから先は——誰にも止められない流れが始まる。

(さて。準備を始めますよ)





ここまで読んでくださってありがとうございます!

今回の見どころは「全員が動く理由を持っている」という点でした。テッドは二十年前の贖罪のため。バルドは同じ選択を繰り返さないために。フィアは母の死の決着をつけるために。それぞれの動機が重なって、ランセル包囲戦への準備が整いました。

そしてナビの「私も、カイトの隣で動きます」——Lv2への移行が確実に進んでいます。

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次話予告:三日後——バルドが記録を王都に送った。そして六日目の朝、ランセルの街道に武装した集団が現れた。

それでは第22話でお会いしましょう!

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