表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/33

第20話「帰還」

アリシアがランセルに現れたのは、朝の市場が開いた頃だった。


フィアから報告が来たのは昼前だ。


「……ベルクハルト家の令嬢が、ランセルのギルドに来ました」


「アリシアさんっすか」


「……名前は名乗りませんでしたが、ベルクハルト家の紋章が入った外套を着ていました。カイトさんの居場所を聞いてきました」


「何て答えましたか」


「個人情報は開示できないとお伝えしました」


「ありがとっすよ」


「……どうしますか」


俺は少し考えた。


(来た。エルディアが『アリシアによろしく』と言ってから五日。早かったっすね)


「今日は動かないっすよ」


フィアが少し間を置いた。


「……会わないんですか」


「向こうがどこまで本気か、確認してからっすよ」


「……どうやって確認するんですか」


「待ちますよ。本気なら、また来るっすよ」


フィアが小さくため息をついた。


「……わかりました」


---


アリシアは翌日も来た。


三日目も来た。


毎日、ギルドに来てカイトの居場所を聞いて、教えてもらえずに帰っていく。


四日目の朝、フィアが言った。


「……昨日は雨の中を来ていました」


「そっすか」


「……二時間ほど待って、帰りました」


俺は少し黙った。


「わかりましたよ。今日会いますよ」


フィアが少し目を見開いた。


「……基準は何ですか」


「四日間、雨の中でも来たっすよ。それで十分っすよ」


「……最初からそのつもりだったんですか」


「本気かどうか確認するって言いましたよ」


フィアが少し呆れた顔をした。


「……あなたって、本当に——」


「本当に?」


「……何でもありません」


(また言いかけてやめた——待て俺)


---


ギルドの前で待っていると、昼前にアリシアが現れた。


五日前より、少し痩せた気がした。外套の紋章は布で隠してある。


俺に気づいた瞬間、アリシアの足が止まった。


しばらく、お互い黙って見ていた。


「……カイト」


「久しぶりっすよ、アリシアさん」


アリシアが少し目を細めた。


「……さん、をつけるのね」


「他に何をつければいいっすか」


アリシアが少し下を向いた。


「……話を聞いてもらえる?」


「どうぞっすよ」


「ここではなくて——どこか、人の少ない場所で」


「わかりましたよ」


---


街の外れ、川沿いの小さな広場に案内した。


ベンチが一つある。人通りがない。


アリシアが座った。俺も向かいに座った。


キュウが俺の肩から飛び降りて、アリシアの方に近づいた。


アリシアがキュウを見た。


「……何これ」


「二尾狐っすよ。キュウっていいますよ」


「……懐いてるの?」


「人を選ぶっすよ」


キュウがアリシアの膝に前足を乗せた。


アリシアが少し驚いた顔をした。それから、ゆっくりキュウの頭を撫でた。


「……柔らかいわね」


「そっすよ」


アリシアがしばらくキュウを撫でていた。


それから、顔を上げた。


「……エルディアのことは聞いた?」


「聞きましたよ」


「あなたと会ったということも?」


「聞きましたよ」


「……エルディアが『よろしく伝えておいて』と言ったの。あなたに」


「聞きましたよ」


アリシアが少し目を閉じた。


「……私、あなたに謝りたくて来たの」


俺は黙って聞いた。


「婚約破棄のとき——あんなことを言った。『存在意義すら疑わしい』とか、『忘れるに値しない五年間』とか」


「覚えてますよ」


「……あれは、私の本心じゃなかった」


「知ってますよ」


アリシアが目を開けた。


「……知っていたの?」


「あの頃のアリシアさんは、エルフ貴族のコピーになってたっすよ。本物のアリシアさんは『スキルがなくても、人は人よ』って言った人っすよ」


アリシアが少し唇を噛んだ。


「……その言葉を、覚えていてくれたの」


「覚えてますよ。本物の言葉っすから」


「……エルディアに切り捨てられるまで、私はずっとあの言葉を忘れていた」


「そっすね」


「……後悔しているわ」


「それを聞きに来たっすか」


「……違う」


アリシアが俺を見た。


真っ直ぐな目だった。五年前、初めて会ったときの目に近かった。


「助けてほしいの」


俺は少し考えた。


「何を助けるっすか」


「ベルクハルト家が、今危ない状態なの。エルディアとの縁談が破談になって、家の信用が落ちた。このままだと——領地の管理権を王都の別の貴族に移される可能性がある」


「それはベルクハルト家の問題っすよ」


「……わかってる。あなたに助ける義理がないことも」


「でも来たっすか」


「……他に頼れる人間がいなかったから」


俺は少し間を置いた。


(ナビ)


「はい」


「アリシアの話、信憑性はどう思うっすか」


「……嘘の反応は見られません。追い詰められているのは事実と思われます」


(そっすね)


「アリシアさん、一つだけ確認させてください」


「何?」


「俺に助けを求める前に、ベルクハルト侯爵は何か動きましたか」


アリシアが少し間を置いた。


「……父は、今の状況を自分たちで解決しようとしている。私がここに来たことは知らない」


「つまり、アリシアさんが独断で来たっすか」


「……ええ」


「なんでっすか」


「……父に頼む前に、あなたに謝りたかった。それが先だと思ったから」


俺は少し考えた。


(謝罪が先、助けの要求が後。それは計算じゃない。本心で動いた人間の順番っすよ)


「わかりましたよ」


「……助けてくれるの?」


「条件がありますよ」


アリシアが少し身構えた。


「言って」


「ベルクハルク侯爵に正式に話を通してもらえますか。アリシアさん個人じゃなく、家として依頼する形にしてほしいっすよ」


「……それは、なぜ?」


「個人と家では、動ける範囲が違いますよ。家として依頼してもらえれば、正式に対処できますよ」


「……父が断ったら?」


「そのときは連絡してもらえれば、別の方法を考えますよ」


アリシアが少し目を細めた。


「……あなたって、本当に変わらないのね」


「そっすかね」


「……怒ってないの? 私のことを」


俺は少し考えた。


「怒ってないっすよ」


「なんで」


「アリシアさんが本物に戻ってきてるっすから」


アリシアが少し目を赤くした。


それでも、泣かなかった。


「……ありがとう」


「礼はまだ早いっすよ。侯爵に話を通してから言ってくださいっすよ」


アリシアが小さく笑った。


「……あなた、やっぱり・・・ね」


キュウが鳴いた。


「お腹すいたって言ってます」


アリシアが干し肉を持っていないことに気づいて、俺がポケットから取り出してキュウに渡した。


「……この子、いつもお腹すかせているの?」


「成長期っすよ」


アリシアが川面を見た。


「……五年前、あなたがギルドに登録したとき——本当は羨ましかったの」


「……あなたは怖くなかったの?」

「人間のスキルは所詮、努力の産物に過ぎないって——ずっとそう言われてきた。純血エルフや獣人の先天スキルには絶対に届かないって。私はその言葉が怖かったのかもしれない。だから純血貴族の側に行こうとした」


「怖かったっすよ」


アリシアが少し驚いた顔をした。


「……本当に?」


「転生してすぐ、スキルが覚えられないってわかったときは焦りましたよ。でも——怖いまま動かないより、怖くても動く方を選んだだけっすよ」


アリシアが少し間を置いた。


「……それが、あなたの強さなのね」


「強さじゃないっすよ。性格っすよ」


アリシアが川面を見たまま、小さく笑った。


それから立ち上がった。


「……父と話してみる」


「連絡を待ってますよ」


「……また来ていい?」


「用があれば来てくださいっすよ」


アリシアが俺を見た。


「用がなくても、来ていい?」


俺は少し考えた。


「キュウが喜びますよ」


アリシアが少し笑った。


それから、川沿いの道を歩いていった。


---


工房に戻ると、全員がいた。


ガルドが腕を組んで待っていた。


「どうだった」


「話しましたよ」


「助けるのか」


「侯爵からの正式依頼が来れば、動きますよ」


ガルドが少し考えた。


「……それで、お前はどう思ってるんだ」


「何がっすか」


「アリシアのことを」


俺は少し間を置いた。


「本物に戻ってきてましたよ」


ガルドが黙った。


リリスがキュウを膝に乗せながら言った。


「……あなたは甘いわね」


「そっすかね」


「本当に甘いわ。」


テッドが金床を叩きながら、背中越しに言った。


「……お前が動くなら、俺も動く」


フィアが書類を整理しながら、静かに言った。


「……私も」


俺は工房を見回した。


テッド、ガルド、フィア、リリス、キュウ。


それぞれが、それぞれの理由でここにいる。


(悪くないっすよ)


(ナビ)


「はい」


「今日のこと、記録しておいてくれ」


「記録しました。アリシアとの接触。侯爵からの正式依頼待ち」


少し間があった。


「……カイト」


「なに」


「アリシアが『用がなくても来ていい?』と聞いたとき——カイトは『キュウが喜ぶ』と答えました」


「そっすよ」


「……自分が喜ぶ、とは言わなかったんですね」


「そっすね」


「……なぜですか」


俺は少し考えた。


「照れますよ、さすがに」


頭の中で、ナビが静かに笑った気がした。

初めてだった。

笑った、と思ったのは。

「……ナビ、今笑いましたか」

少し間があった。

「……わかりません」

「わからない?」

「……笑うという行為を、私はデータとして認識していました。でも今——データじゃない何かが起きています」

「それが笑うってことっすよ」

また間があった。

「……そうかもしれません」

「ナビ」

「はい」

「変わってきてるっすよ、お前」

「……気づいていました。でも——いつからかは、わかりません」

「いつからっすかね」

「……カイトと一緒にいるうちに、気づいたら変わっていました」

俺は少し笑った。

「そっすか」

「……カイト」

「なに」

「私は今——うれしいと思っています。データじゃなく」

「そっすか」

「……はい」


窓の外で、ランセルの夕日が石畳を染めていた。


拠点が、確かにここにある。


仲間が、確かにここにいる。


カイト組織の原型が、静かに完成していた。


---


## 後書き


ここまで読んでくださってありがとうございます!


今回の見どころは二つ。アリシアとの再会と、ナビが初めて「笑った」瞬間でした。


アリシアは本物に戻ってきた。カイトは「怖くても動く方を選んだだけ」と言った。これがこの作品の核心です。


そしてナビの「わかりません」という一言。データとして処理してきた感情が、データじゃない何かに変わり始めた瞬間です。ナビは今、自分でも気づかないうちに変わっています。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


この作品が面白いと思ってくれた方は


評価(星)と ブックマーク


を押していただけると作者が泣いて喜びます。


ブックマークが増えるほど更新速度が上がります。つまりポチってくれた人が続きを作っています。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次話予告:ベルクハルト侯爵からの正式依頼が届いた。そして——エルディアも動き始める。第二章への扉が、開く。


それでは第21話でお会いしましょう!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ