第19話「因縁」
リリスにエルディアの来訪を伝えたのはその夜、工房に全員が集まったときだった。
リリスの表情が、静かに固まった。
「……エルディア・フォン・アルシアがここに」
「昨日来ましたよ。今日、ヴェルナー家と直接交渉すると言って出ていきましたよ」
「権利書を渡したの?」
「渡してないっすよ。リリスさんに話を通してからと伝えましたよ」
リリスが少し間を置いた。
「……エルディアと話したの?」
「しましたよ」
「どんな人間だった」
俺は少し考えた。
「計算が上手い人っすよ。でも計算が外れたとき、素の顔が出る人っすよ」
「素の顔」
「悪い顔じゃなかったっすよ」
リリスがテーブルの上のキュウを見た。キュウが鳴いた。
「……お腹すいたって言ってますよ」
「さっき食べたわよ」
「成長期っすよ」
リリスが干し肉を取り出してキュウに渡した。それから、静かに言った。
「……エルディアとヴェルナー家は、過去に取引があったわ」
「どんな取引っすか」
「二十年前より前の話よ。ヴェルナー家がまだ力を持っていた頃、アルシア家と領地の共同開発をしていた。でもオルドが動いてヴェルナー家の領地を奪った。その影響でアルシア家との取引も消えた」
「エルディアはその話を知ってますか」
「知っているはずよ。アルシア家の当主から聞いているはずだから」
「つまり——」
「ヴェルナー家の権利書を取り戻すことで、二十年前の取引を復活させたいのが本音でしょうね。私たちを利用しようとしているのは間違いないわ」
俺は少し考えた。
「利用されることと、利害が一致することは別っすよ」
「どういう意味?」
「エルディアが権利書を使ってヴェルナー家と取引を復活させたい。ヴェルナー家は権利書を取り戻したい。利害は一致してますよ。問題は条件っすよ」
リリスが俺を見た。
「……あなたは、エルディアと組む気なの?」
「リリスさんが決めることっすよ」
「私に決めさせるの」
「権利書はリリスさんのものっすよ。どう使うかもリリスさんが決めることっすよ」
リリスがしばらく黙った。
キュウが鳴いた。
「もう一本欲しいって言ってますよ」
「食べすぎよ」
「成長っすよ」
リリスが渋々もう一本渡した。
「……エルディアに会う」
「そっすか」
「でも——一人では会わない」
「一緒に行きますよ」
「……最初からそのつもりだったでしょう」
「そっすよ」
リリスが小さく舌打ちした。
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翌朝、エルゴの屋敷にエルディアが滞在しているという情報が入った。
エルゴからの伝言だ。「話し合いの場を設けたい。中立の場として屋敷の倉庫を使っていい」という内容だった。
「エルゴさん、動くのが早いっすね」
「商人だからね」とガルドが言った。「利害が合えばすぐ動く」
「そっすよ」
倉庫に着くと、エルゴが椅子に座って待っていた。その隣にエルディアが立っていた。
エルディアがリリスを見た。
リリスがエルディアを見た。
「……ヴェルナー家の三女ね」
「……アルシア家の次期当主候補ね」
「候補よ。まだ確定していないわ」
「謙虚なのね。意外だわ」
「あなたこそ。もっと高飛車だと思っていた」
二人が少し黙った。
俺はエルゴの隣に座った。
「始めていいっすか」
エルゴが頷いた。
「権利書の件について、三者で話し合いをする。カイトが仲介役だ」
「仲介役っすか、俺」
「あなたが一番フラットだろう」
「まあそっすね」
エルディアがリリスを見た。
「単刀直入に言うわ。ヴェルナー家の権利書と引き換えに、アルシア家との共同開発を復活させたい。二十年前より条件は良くする」
「どれくらい良くするの」
「開発利益の六割をヴェルナー家に渡す」
リリスが少し目を細めた。
「……二十年前は四割だったはずよ」
「そうよ。だから六割と言っているの」
「なぜ六割も出せるの」
「王都での立場のためよ。ヴェルナー家との関係を復活させることで、アルシア家の評判が上がる。評判は金より価値がある場合があるから」
「正直ね」
「交渉で嘘をついても意味がないわ」
リリスが俺を見た。
俺は少し頷いた。
(話の流れは悪くないっすよ。エルディアは本気で取引をしたいと思っている)
「一つだけ確認させてください」
エルディアが俺を見た。
「二十年前、ヴェルナー家の領地を奪ったのはオルドっすよ。アルシア家は関与していましたか」
エルディアが少し間を置いた。
「……直接の関与はない。でも——知っていて黙っていた」
「それを今、認めるっすか」
「認めるわ。だから六割なの」
俺はリリスを見た。
リリスが少し考えていた。
キュウがリリスの膝の上で丸くなっていた。
「……一つだけ条件を追加するわ」
「言って」
「ヴェルナー家の名誉回復を、アルシア家が公式に支持すること。二十年前の経緯を、王都の貴族社会に対して正式に説明すること」
エルディアが少し目を閉じた。
「……それは、アルシア家の評判にも傷がつく可能性があるわ」
「知っているわ。それでも条件よ」
長い沈黙だった。
エルゴが静かにお茶を飲んでいた。
エルディアが目を開いた。
「……承諾するわ」
リリスが少し目を見開いた。
「……本当に?」
「嘘をついても意味がないと言ったわ」
「……アルシア家の当主も同意するの?」
「私が説得する。それが私の仕事よ」
リリスがエルディアを見た。長い目だった。
それから、静かに手を差し出した。
「……取引成立ね」
エルディアが握手した。
「取引成立よ」
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倉庫を出ると、リリスが俺の隣を歩きながら言った。
「……あなた、最初からこうなると思っていたの?」
「思ってなかったっすよ」
「嘘でしょう」
「本当っすよ。エルディアさんが名誉回復の条件を飲むとは思ってなかったっすよ」
リリスが少し間を置いた。
「……私も思わなかった」
「計算が外れたときの素の顔って言ったっすよね、昨日」
「ええ」
「あの人は——本当はちゃんとした人っすよ。計算で動いてるけど、核心のところは筋が通ってますよ」
リリスが少し黙った。
「……ベルクハルト家の件はどうなの。あの人はアリシアを利用して切り捨てた」
「それも計算っすよ。でも——最後に『アリシアによろしく』と言ったっすよ」
「……どういう意味だと思う?」
「後悔してるんじゃないっすかね」
リリスが空を見た。
「……魔族貴族の私が言うのも変だけど——人間って複雑ね」
「そっすよ」
「あなたはそういう複雑さを、嫌いじゃないのね」
「むしろ好きっすよ」
リリスが小さく鼻を鳴らした。
「……変な人間ね」
「よく言われますよ」
キュウがリリスの肩に飛び乗った。
「お腹すいたって言ってますよ」
「また?」
「成長期っすよ」
リリスが干し肉を取り出した。
ガルドが後ろで「あいつ、いつも持ってるな」と小声で言った。
「キュウのために用意してるんっすよ」
「なんで俺に言う」
「ガルドも知っておいた方がいいっすよ」
「なんでだ」
「そのうちガルドも用意するようになるっすよ」
「ならない」
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夜、宿に戻って窓の外を見た。
(ナビ)
「はい」
「エルディアとリリスの件、記録しておいてくれ」
「記録しました。ヴェルナー家とアルシア家の取引成立。名誉回復の条件も含む」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日のエルディアを見て——アリシアのことを思いましたか」
俺は少し考えた。
「思いましたよ」
「……どう思いましたか」
「エルディアが後悔してるなら——アリシアも、何かを感じてるかもしれないっすよ」
「……そうかもしれません」
「そっすね」
また間があった。
「……カイト」
「なに」
「私は——アリシアのことを、カイトが見届けてほしいと思っています」
「なんでっすか」
「……カイトが一番、それに値すると思うからです」
俺は少し笑った。
「ありがとっすよ、ナビ」
「……どういたしまして」
窓の外でランセルの夜が静かに続いていた。
アリシアへのざまあは——もうそこまで来ている気がした。
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後書き
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころはエルディアの「承諾するわ」でした。名誉回復という厳しい条件を、あっさり飲んだ。計算で動く人間が、核心のところでは筋を通した瞬間です。
そしてナビの「カイトが一番、それに値すると思う」——Lv2への移行が、もうすぐそこです。
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次話予告:ヴェルナー家とアルシア家の取引が動き始めた。そしてついに——アリシアがランセルに現れる。
それでは第20話でお会いしましょう!




