第18話 「エルディアの来訪」
エルディアがランセルに来たのは、三日後だった。
フィアが朝一番でカウンター越しに教えてくれた。
「……エルフ貴族が昨夜ランセルに入ったという報告があります。純血エルフ、エルディア・フォン・アルシア。ギルドに冒険者の情報を求めてきました」
「俺の情報っすか」
「……はい。Fランクでありながら高難度依頼を達成している冒険者の詳細を、と」
「断りましたか」
「個人情報は開示できないと伝えました」
「ありがとっすよ」
フィアが少し声を低くした。
「……エルディアという名前、聞いたことがありますか」
「ありますよ」
フィアが俺を見た。
「……ベルクハルト家の件の人物ですか」
「そっすよ」
「……ここに来るかもしれません」
「来るっすよ、絶対に」
フィアが少し黙った。
「……対策は」
「来てから考えますよ」
「それで大丈夫なんですか」
「来る前に動くと向こうに気づかれますよ。来てから動いた方が情報が多い分、有利っすよ」
フィアがため息をついた。
「……あなたと話していると、心配する方が損な気がしてきます」
「それが正解っすよ」
(その呆れた顔が——待て俺)
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エルディアがギルドに現れたのは昼過ぎだった。
純白の外套に、金糸の刺繍。長い銀髪が背中まで流れている。純血エルフ特有の長い耳。整った顔に、値踏みするような目。
品がある。でも——その品の奥に、計算が透けて見える。
俺はFランクの依頼票を確認しながら掲示板の前に立っていた。
エルディアが俺を見た。
「あなたがカイト?」
「そっすよ」
エルディアが少し眉を上げた。
「……思ったより小さいわね」
「よく言われますよ」
「Fランクのくせに有名なのね。何をしたの?」
「依頼をこなしてただけっすよ」
エルディアがゆっくり近づいてきた。
「一つお願いがあるのだけれど」
「なんっすか」
「ヴェルナー家の権利書を持っているという話を聞いたわ。それを私に渡してほしいの」
俺は少し考えた。
(なるほど。情報が漏れている。どこから——)
「権利書のことをどこで聞きましたか」
「それは教えられないわ」
「じゃあ俺も答えられないっすよ」
エルディアの目が細くなった。
「……交渉する気がないの?」
「条件次第っすよ」
「どんな条件?」
「権利書が欲しい理由を教えてもらえますか」
エルディアが少し間を置いた。
「……ヴェルナー家との取引に使うのよ。権利書と引き換えに、ヴェルナー家の協力を取り付けたい」
「ヴェルナー家の協力で何をするんっすか」
「それは——」
「教えられない、っすか」
「……そうよ」
「じゃあ渡せないっすよ」
エルディアが俺を見た。
その目に、少し違う色が混じった。
「……あなた、私が誰かわかっているの?」
「純血エルフの貴族っすよね。それ以外に何かありますか」
「……アルシア家よ。王都でも有数の家系だわ」
「王都の有数の家系が、なんでランセルのFランク冒険者に頭を下げてるんっすか」
エルディアが固まった。
俺は続けた。
「権利書はヴェルナー家のものっすよ。渡す権限は俺にないっすよ。ヴェルナー家に直接交渉してくださいっすよ」
「……ヴェルナー家はこの件を知らないはずよ」
「知ってますよ、今は」
エルディアの顔が、わずかに変わった。
計算が外れた顔だ。
「……いつから」
「三日前からっすよ」
「……誰が教えた」
「ヴェルナー家の方が自分で調べに来たっすよ」
エルディアが黙った。
長い沈黙だった。
その間、俺はエルディアの目を見ていた。
(この人間は——計算が外れたとき、次の手を探す目をする。ベルクハルト家を利用したのも、アリシアを切り捨てたのも、全部計算の上だ。でも今は計算が追いついていない)
「一つだけ聞いていいっすか」
「……何?」
「アルシア・フォン・ベルクハルトのことを覚えてますか」
エルディアの目が変わった。
「……なぜその名前を出すの」
「俺が元々ベルクハルト家にいたっすよ」
「……あなたが、カイト・フォン・ベルクハルトなの?」
「フォン・ベルクハルト、はついてないっすよ。ただのカイトっすよ」
エルディアが俺を見た。
今度は純粋に、驚いた目だった。
「……スキルなしで追放された、あの」
「そっすよ」
「……こんなところで会うとは思わなかった」
「俺もっすよ」
エルディアが少し間を置いた。
それから、静かに言った。
「……アリシアのことを、恨んでいるの?」
「恨んでないっすよ」
「……私のことは」
俺は少し考えた。
「エルディアさんがアリシアにしたことは、計算通りだったっすよね」
「……ええ」
「それはエルディアさんの生き方っすよ。俺がとやかく言うことじゃないっすよ」
エルディアが黙った。
「ただ——」
俺は続けた。
「アリシアが持っていた「スキルがなくても人は人よ」という言葉は、本物だったっすよ。それを環境で消したのは、もったいないっすよ」
「……何が言いたいの」
「何も。ただ思ったことを言っただけっすよ」
エルディアがしばらく俺を見ていた。
値踏みでも計算でもない目だった。
「……変な人間ね」
「よく言われますよ」
「権利書の件は——ヴェルナー家と直接話す」
「それが正解っすよ」
「……一つだけ教えて。あなたはこれからランセルで何をするつもり?」
「冒険者っすよ」
「それだけ?」
「今はそれだけっすよ」
エルディアが少し目を細めた。
それから、踵を返した。
出口に向かいながら、振り返らずに言った。
「……アリシアに、よろしく伝えておいて」
「会う予定はないっすよ」
「……そのうち会うわよ。あなたなら」
エルディアがギルドを出た。
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フィアが小声で言った。
「……終わったんですか」
「終わりましたよ」
「権利書は」
「渡してないっすよ」
「……よかった」
「エルディアさんはヴェルナー家と直接交渉するっすよ。リリスさんに伝えておいてもらえますか」
「わかりました。……一つ聞いていいですか」
「どうぞっすよ」
「エルディアという人、どんな印象でしたか」
俺は少し考えた。
「計算が上手い人っすよ。でも——計算が外れたとき、素の顔が出る人っすよ」
「素の顔、とは」
「まだわからないっすよ。でも——悪い顔じゃなかったっすよ」
フィアが少し不思議そうな顔をした。
「……あなたは本当に、人を悪く言わないですね」
「悪い人間は少ないっすよ。計算が下手な人間が多いだけっすよ」
フィアが少し笑った。
ギルドの窓から、エルディアの白い外套が遠ざかっていくのが見えた。
(ナビ)
「はい」
「エルディアの件、記録しておいてくれ」
「記録しました。エルディア・フォン・アルシア、接触完了。権利書の要求を退けた。ヴェルナー家への直接交渉に誘導」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「エルディアが最後に言った言葉——アリシアに、よろしく伝えておいて、という言葉」
「聞いてたっすよ」
「……あれは、どういう意味だったと思いますか」
俺は窓の外を見た。
「さあっすよ。でも——」
「でも?」
「悪い意味じゃなかった気がしますよ」
(ナビが少し間を置いた)
「……そうですか」
「そっすよ」
窓の外で、ランセルの昼の光が石畳に降り注いでいた。
アリシアへのざまあは、まだ先だ。
でも——エルディアという駒が、予想外の動きをし始めている。
(面白くなってきたっすよ)
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後書き
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころはエルディアとの直接対話でした。悪役として登場したエルディアが、計算が外れた瞬間に「素の顔」を見せた。「アリシアに、よろしく伝えておいて」という最後の一言——この人物は、単純な悪役ではないかもしれません。
カイトの「悪い人間は少ない。計算が下手な人間が多いだけ」という言葉、これがカイトの人間観です。
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次話予告:リリスとエルディアが直接向き合う。二十年前の因縁が、今動き始める。
それでは第19話でお会いしましょう!
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