第17話 「紅い魔族」
翌朝、ギルドに向かう途中でガルドが言った。
「昨日のこと、フィアさんは大丈夫だったか」
「宿まで送りましたよ。今朝はいつも通りに来てましたよ」
「……そうか」
「強い人っすよ」
ガルドが少し黙った。
「……テッドはどうだ」
「工房で朝から金床を叩いてましたよ。いつも通りっすよ」
「あの親父、感情を全部そこに叩き込むんだな」
「そっすね」
キュウが俺の肩の上で欠伸をした。
「お前は能天気だな」
「お腹がすいてるかどうかで決まるみたいっすよ」
「単純な生き物だな」
「羨ましいっすよ」
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ギルドの掲示板を確認していると、背後から声がかかった。
「ここがランセルのギルド? 思ったより小さいわね」
振り返った。
入口に、見慣れない人物が立っていた。
十七歳くらい。長い黒髪が背中まで流れている。瞳は深紅。肌が白い。耳が人間よりわずかに尖っている。
魔族だ。しかも上位の家系の——纏っている空気が、普通じゃない。
装備は軽装だが質が高い。腰に細剣を一本。目つきが鋭い。
品定めするようにギルド内を見回して、俺と目が合った。
「あなたがカイトという人?」
「そっすよ」
「へえ」
少し値踏みするように見てから、鼻を鳴らした。
「思ったより普通ね。FランクのくせにAランク魔獣を倒したって聞いたから、もっと大げさな見た目かと思った」
「ありがとっすよ」
「褒めていないわ」
「知ってますよ」
少し間があった。少女が眉を上げた。
「……言い返してくるのね」
「何か問題っすか」
「問題はないわ。ただ、魔族に対して臆さない人間は珍しいから」
「魔族だからって特別扱いする理由がないっすよ」
少女がまた俺を見た。今度は少し違う目だ。
「リリス・フォン・ヴェルナーよ。ヴェルナー家の三女」
「カイトっすよ。無所属のFランクっすよ」
「知ってる。あなたのことを調べてここに来たんだから」
「調べた?」
「ええ」
リリスが俺の前に来た。
「あなた、私と組みなさい」
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ギルドの中がざわめいた。
カウンターのフィアが手を止めた。ガルドが「は?」という顔をした。
「組む、というのはどういう意味っすか」
「パーティを組むということよ。言葉通りの意味だけど」
「なんで俺と組みたいんすか」
「私の目的に、あなたのスキルが必要だから」
「スキルないっすよ」
「プレイヤースキルの話よ」
俺は少し考えた。
(ナビ)
「はい。リリス・フォン・ヴェルナー。ヴェルナー家はランセル近郊の魔族貴族の中堅家系です。三女という立場は家督から外れている。単独で動いている理由が不明です」
「目的を教えてもらえますか」
「教えたくないわ」
「じゃあ断りますよ」
リリスが目を細めた。
「……交渉の余地はあるの?」
「目的次第っすよ」
「……探し物があるの」
「何っすか」
「二十年前にヴェルナー家から消えた記録よ。先代ギルドマスターに持ち去られたものが、この街のどこかにあると踏んでいる」
俺はリリスを見た。
(二十年前の記録——昨日、テッドが受け取ったものと同じ時期の話だ)
「その記録に何が書いてあるんっすか」
「ヴェルナー家が二十年前に不当に失った領地の権利書よ。先代ギルドマスターが魔物誘導の被害を利用して、ヴェルナー家から巻き上げたものだわ」
(なるほど。オルドはフィアの母親だけじゃなく、ヴェルナー家からも搾取していた。記録が繋がってきた)
「一つだけ確認させてください」
「何?」
「ヴェルナー家はランセルのギルドに対して、どう動くつもりっすか」
リリスが少し眉を上げた。
「……どういう意味?」
「権利書を取り戻した後、ギルドを攻撃するつもりがあるかどうかっすよ」
「ギルドが悪いんだから当然——」
「現ギルドマスターのバルドさんは、二十年前のことを知ってて黙ってた人っすよ。でも積極的に動いた人じゃないっすよ。そこを混同されると俺が困りますよ」
リリスが黙った。
「……あなた、ギルドマスターと繋がっているの?」
「昨日話しましたよ」
「……そう」
リリスが少し考えるように視線を動かした。
「……わかった。ギルドマスターへの攻撃はしない。権利書だけ取り戻せれば十分よ」
「それなら協力できますよ」
「話が早いのね」
「時間がもったいないっすよ」
リリスがまた俺を値踏みするように見た。
「……一つ聞いていい?」
「どうぞっすよ」
「なんで見ず知らずの魔族の話を信じるの? 騙されるかもしれないのに」
「騙されたら対処しますよ」
「……対処?」
「そっすよ。騙されてから怒るより、信じてみて判断する方が俺は好きっすよ」
リリスが少し黙った。
それから、小さく鼻を鳴らした。
「……変な人間ね」
「よく言われますよ」
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その日の夜、テッドの工房に全員が集まった。
カイト、ガルド、フィア、テッド、そしてリリス。
キュウがリリスの周りをくんくんと嗅いでいた。リリスが少し身を引いた。
「……何これ」
「二尾狐っすよ。キュウっていいますよ」
「なんでこんなところにいるの」
「懐いてるんで」
キュウがリリスの膝に前足を乗せた。リリスが困惑した顔をした。
「……触ってもいいの?」
「どうぞっすよ」
リリスが恐る恐るキュウの頭を撫でた。
キュウが目を細めた。
「……柔らかいわね」
「そっすよ」
「……嫌いじゃないわ」
ガルドが小声で俺に言った。
「あいつ、キュウには素直だな」
「そっすね」
テッドが机の上に封書を置いた。
「バルドから受け取った記録だ。中身を確認した」
「何が書いてありましたか」
「オルドが魔物を誘導して被害を出し、復興費用名目で金を集めた記録。関わった人間の名前。そして——」
テッドがリリスを見た。
「ヴェルナー家の領地権利書の移転記録も含まれていた」
リリスが目を見開いた。
「……本当に?」
「ここにある」
リリスが封書に手を伸ばした。
テッドが一度だけ押さえた。
「渡す前に一つだけ聞く。お前はヴェルナー家の三女だと言った。家の許可を得てここに来たのか」
リリスが少し黙った。
「……いいえ」
「単独か」
「ええ」
「なぜ」
「家は諦めていたから。二十年前から、取り戻すことは無理だと。でも私は諦めていなかっただけよ」
テッドが少し間を置いた。
それから、封書を渡した。
リリスが受け取った。
しばらく中を確認していた。
それから、顔を上げた。
目が少し赤くなっていた。
「……あった」
「そっすね」
「本当にあった」
「そっすよ」
リリスが深く息を吐いた。
「……あなたたちは、なんで私を助けたの? 利害関係があるわけじゃないでしょう」
俺は少し考えた。
「利害はありますよ」
「何が」
「リリスさんが今後、俺たちと敵対する理由がなくなりましたよ。それは十分なメリットっすよ」
リリスが俺を見た。
「……外道ね」
「よく言われますよ」
「……嫌いじゃないわ」
キュウがリリスの膝の上で鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
「さっき食べたでしょう」
「成長期っすよ」
リリスが干し肉を取り出してキュウに渡した。
ガルドが小声で俺に言った。
「あいつ、干し肉持ってたのか」
「キュウに渡すために用意してたんじゃないっすかね」
「さっき初めて会ったのに?」
「懐かれてましたよ、さっきから」
ガルドが天井を見た。
「……キュウは人を見る目があるな」
「そっすね」
(ナビ)
「はい」
「リリスの件、記録しておいてくれ」
「記録しました。リリス・フォン・ヴェルナー、接触開始。敵対可能性、低」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日、仲間が増えましたね」
「そっすね」
「……うれしいですか」
「うれしいっすよ」
「……私も、うれしいです」
工房の中で、火が静かに燃えていた。
テッド・ガルド・フィア・リリス・キュウ。
それぞれがそれぞれの事情を持って、でも今この場所に集まっている。
(悪くないっすね)
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後書き
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころはリリスの登場でした。高飛車な入り方をしたくせに、キュウには一瞬で懐かれる。干し肉を用意していた。「嫌いじゃないわ」を二回言った。これがリリスです。
そしてナビの「私も、うれしいです」。Lv2への移行が近づいています。
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次話予告:ヴェルナー家の権利書が見つかった。しかし——それを狙う別の勢力が動き始めた。
それでは第17話でお会いしましょう!




