第16話 「噂」
エルゴの屋敷を訪ねたのは、月に二度の定期報告のためだった。
倉庫の椅子に座ったエルゴが、いつものように目を細めて俺を見た。
「今月の護衛依頼、三件。全て完遂。損失ゼロ」
「ありがとっすよ」
「来月は王都との取引が増える。護衛の頻度も上がる。対応できるか」
「問題ないっすよ」
エルゴが茶を一口飲んだ。
「一つ、情報を渡しておこう」
「なんっすか」
「ベルクハルト家の話だ」
俺は少し手を止めた。
「……聞きますよ」
「王都の商人仲間から入った話だ。ベルクハルト侯爵家が、最近になって急速に力を失っている。原因はエルディア・フォン・アルシアという純血エルフの貴族との縁談が破談になったことらしい」
「破談」
「エルディア側から切ったそうだ。理由は——ベルクハルト家には利用価値がなくなったと判断したからだという話だ」
(なるほど。エルディアはアリシアを踏み台にして、ベルクハルト家の人脈と資産を使い切ったということか)
「アリシアさんは今どうしてますか」
「侯爵家に戻っているらしいが、婚約破棄の後遺症で家の信用が下がっている。エルフ貴族との縁談が破談になったことで、さらに立場が悪くなったと聞いている」
俺は少し考えた。
(第一話でアリシアが俺に言った言葉を思い出す。「あなたのような存在と婚約していたこと自体、私の人生最大の汚点でしたわ」「忘れるに値しない五年間でしたから」)
(エルディアに同じことを言われただろうか。あの冷たい目で、同じように切り捨てられただろうか)
「カイト、お前はベルクハルト家と関係があったのか」
「昔ちょっとっすよ」
「……そうか」
エルゴが俺を見た。
「何か動くつもりか」
「今は動かないっすよ」
「今は、というのは」
「向こうが動いたときに考えますよ」
エルゴが少し目を細めた。
「……商人として一つだけ言っておこう」
「はい」
「助けるにしても、助けないにしても——タイミングが全てだ。早すぎても遅すぎても、価値が半減する」
「肝に銘じますよ」
エルゴが頷いた。
「以上だ。来月もよろしく頼む」
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帰り道、ガルドが隣で歩きながら言った。
「ベルクハルト家って、お前の元の婚約者のところか」
「そっすよ」
「……どう思った、今の話」
俺は少し考えた。
「自業自得っすよ」
「それだけか」
「それだけっすよ」
ガルドが少し黙った。
「……本当にそれだけか」
「しつこいっすよ、ガルド」
「お前が珍しく間を置いたからな」
俺は空を見た。
(アリシアを責める気はない。でも——五年前に「スキルがなくても、人は人よ」と言ったあの言葉は、本物だったと今でも思っている。あの言葉を言えた人間が、環境一つでここまで変わった)
「一つだけ思ったことがありますよ」
「なんだ」
「もったいないっすよ、やっぱり」
ガルドが少し黙った。
「……お前、意外と情があるな」
「そっすかね」
「ある。絶対にある」
「ガルドの思い込みっすよ」
キュウが俺の肩の上で鳴いた。
「お腹すいたって言ってますよ」
「さっき食べただろ」
「成長期っすよ」
ガルドが干し肉を取り出してキュウに渡した。
「……お前が渡してやれよ」
「ガルドに渡したかったみたいっすよ」
「なんでわかる」
「ガルドの方を見て鳴いてたっすよ」
ガルドが複雑な顔でキュウを見た。キュウが満足そうに干し肉を食べている。
「……まあ、悪くはないな」
「そっすよ」
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工房に戻ると、リリスがテッドに話しかけていた。
珍しい組み合わせだ。
「……あの剣の鍔、素材は何を使っているの」
「ミスリル合金だ」
「加工が難しくないの」
「難しい」
「でも綺麗ね」
「……お世辞はいらん」
「お世辞じゃないわ。本当に綺麗だと思ったから言っただけよ」
テッドが少し手を止めた。
それから、また叩き始めた。
「……魔族にしては、素直なことを言う」
「魔族は嘘をつくと思っているの?」
「貴族はそういうものだろう」
「私は魔族貴族の三女よ。家督には関係ない。お世辞を言う相手もいない」
テッドが少し黙った。
「……そうか」
リリスがキュウを膝に乗せながら、工房の棚を眺めていた。
俺はフィアの隣に座った。
フィアが小声で言った。
「……リリスさん、毎日来ていますね」
「そっすね」
「居心地がいいんでしょうか」
「そうじゃないっすかね」
フィアが少し考えるような顔をした。
「……私も、最初はここに来るつもりじゃなかったです」
「どういう意味っすか」
「テッドさんから母のことを聞いて——それで、もう少しだけここにいようと思って。それが三年になりました」
「今は?」
フィアが少し間を置いた。
「……今は、最初と理由が変わっています」
「どんな理由っすか」
フィアが視線を逸らした。
「……秘密です」
(その耳が赤い——待て俺、聞いたのは俺だ)
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夜、宿に戻って窓の外を見た。
(ナビ)
「はい」
「ベルクハルト家の件、記録しておいてくれ」
「記録しました。エルディアによる利用・破棄。アリシアの現状、侯爵家での立場悪化」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「アリシアのことを、まだ気にしていますか」
俺は少し考えた。
「気にしてますよ」
「……助けるつもりがありますか」
「タイミング次第っすよ」
「……エルゴさんと同じことを言いますね」
「正しいことっすよ」
「……私は」
「ナビ」
「はい」
「続けてくれ」
少し間があった。
「……私は、カイトが助けると決めたなら、それが正しいと思います」
「根拠は」
「カイトの判断は今まで一度も間違っていないからです」
「買いかぶりっすよ」
「……観測事実です」
俺は少し笑った。
「ありがとっすよ、ナビ」
「……どういたしまして」
窓の外で、ランセルの夜が静かに続いていた。
アリシアへのざまあは、まだ先だ。
でも——その日は、少しずつ近づいている。
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後書き
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころは「もったいないっすよ、やっぱり」という一言でした。怒りでも憎しみでもなく、ただ「もったいない」と思う。これがカイトのアリシアへの感情です。
エルゴの「タイミングが全てだ」という言葉——これがアリシアざまあの伏線です。
そしてフィアの「最初と理由が変わっています」。秘密の中身、気になりますか?
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次話予告:エルディアがランセルに来る。目的は——ヴェルナー家の権利書。リリスと因縁のある男が、カイトの前に現れる。
それでは第17話でお会いしましょう!




