第12話「二十年前の話」
査問委員会の召喚状が届いたのは翌朝だった。
ギルドの紋章が押された封蝋。開けると中身は簡潔だった。
「三日後、ギルドマスター直轄の査問委員会に出席すること。拒否した場合、ランセルでの冒険者活動を一時停止とする」
ガルドが横から覗き込んだ。
「……一時停止か」
「そっすね」
「拒否したらどうなる」
「ランセルで仕事ができなくなるっすよ」
「出席するのか」
「出席しますよ。こっちから乗り込む口実ができたっすよ」
ガルドが天井を見た。
「……お前の辞書に『ピンチ』という言葉はないのか」
「ありますよ。今がそれっすよ」
「全然そう見えない」
「顔に出さないだけっすよ」
ガルドが初めて、少し心配そうな顔をした。
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テッドの工房に向かうと、扉が開いていた。
中に入ると、テッドが金床ではなく椅子に座っていた。作業をしていない。珍しい。
「召喚状が来たか」
「来ましたよ」
「……バルドが直接動くとは思わなかった」
「テッドさんは驚きましたか」
テッドが少し間を置いた。
「……いや。驚かなかった」
俺は椅子を引いて向かいに座った。
「二十年前の話、聞かせてもらえますか」
テッドが俺を見た。
長い目だった。
それから、静かに口を開いた。
「……俺がAランクだった頃、パーティを組んでいた。四人だ。俺と、剣士と、魔法使いと——もう一人」
「もう一人は」
「ハーフエルフだった。腕は良かった。スキルが半減していても、純粋な判断力で補っていた。俺はあいつのことを本物だと思っていた」
俺は黙って聞いた。
「二十年前、ギルドから大きな依頼が来た。王都近郊の魔物の大量発生を抑える討伐依頼だ。当時のギルドマスター——バルドの親父、オルドが仕切っていた」
「先代ギルドマスターっすね」
「そうだ。オルドは俺たちに依頼を出しながら、裏で別のことをしていた」
「別のこと」
テッドの目が細くなった。
「……魔物を意図的に誘導して、特定の地域に被害を集中させていた。被害を受けた貴族から復興費用という名目で金を集めるためだ。討伐依頼はその隠れ蓑だった」
「それを知ったのは」
「依頼の途中でわかった。俺たちが討伐を進めるほど、魔物が誘導されて別の村に被害が出た。パーティのハーフエルフが最初に気づいた。あいつは頭が良かったから」
「そのハーフエルフの人が」
テッドが一度黙った。
「……オルドに口封じをされた。依頼中の事故として処理された」
静寂が工房を満たした。
金属の冷たい匂いだけが漂っている。
「俺が冒険者を辞めたのはその後だ。オルドに抗議したが、証拠がないと言われた。ギルドは組織として動いていた。俺一人では何もできなかった」
「バルドは」
「当時はまだ若かった。でも親父のやっていることを知っていたはずだ。二十年経って、自分がギルドマスターになった今も——同じ体質が続いている」
俺は少し考えた。
(フィアがハーフエルフだ。フィアが元冒険者でギルドの受付をしている理由がまだ明かされていない。テッドが言った「ハーフエルフ」と——)
「テッドさん、そのハーフエルフの人に家族はいましたか」
テッドが俺を見た。
「……なぜそれを聞く」
「確認したいことがあるっすよ」
長い沈黙だった。
「……娘が一人いた。当時まだ幼かった。今はどこにいるか知らない」
俺は何も言わなかった。
言う必要がなかった。
テッドも何も言わなかった。
ただ、工房の空気が少しだけ変わった気がした。
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工房を出ようとしたとき、入口の脇に小さな気配があった。
茂みの陰から、何かがこちらを見ている。
丸い目。黄金色の毛並み。耳が三角に立っている。手のひらより少し大きいくらいの小さな体。
(狐か)
でも普通の狐じゃない。尻尾が二本ある。魔獣だ。
「ナビ」
「はい。二尾狐の幼体です。魔力反応あり。ただし非常に弱い。おそらく親とはぐれています」
「怪我は」
「右前足に軽い傷。空腹状態です」
俺はしゃがんだ。
二尾狐がこちらを見ている。逃げない。でも近づいてこない。
「ガルド、持ってる干し肉くれますか」
「なんでだ」
「腹減ってるみたいっすよ」
ガルドが干し肉を渡してきた。
俺は地面に置いた。
二尾狐がゆっくりと近づいてきた。干し肉を匂い嗅いで——一口かじった。
それから、俺の手に鼻を押し付けてきた。
温かかった。
「……懐いたな」
「そっすね」
「連れていくのか」
「どうしようっすかね」
ガルドが腕を組んだ。
「お前が『どうしようっすかね』と言うときは、もう決まってる時だ」
「そっすかね」
二尾狐が俺の膝に前足を乗せた。
黄金色の目が、まっすぐこちらを見ている。
(ナビ)
「はい」
「こいつ、何か言ってるっすか」
「……魔力で感情を読むと、強い信頼と、少しの甘えと——あと、お腹がまだ空いていると言っています」
「正直っすね」
「……はい。正直です」
俺はガルドを見た。
「ガルド、干し肉もう一本」
「俺の食料をそいつに食わせるのか」
「月給払ってますよ」
「そういう問題じゃない」
ガルドが渋々もう一本出した。
二尾狐がそれを受け取って、満足そうに目を細めた。
その日から、こいつも一緒に来ることになった。
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宿に戻ると、二尾狐が部屋の中を好き勝手に歩き回っていた。
ガルドの鞄を嗅いで、ベッドの上に乗って、俺の膝に収まった。
「名前はどうする」
「キュウっすかね」
「なんで」
「九尾狐ってやつが前世の神話にあったっすよ。こいつはまだ二尾だから、略してキュウっすよ」
ガルドが半目で見た。
「……それは略じゃなくて逆算だ」
「細かいっすよ」
キュウが鳴いた。小さい、高い声だった。
(ナビ)
「はい」
「キュウは今何て言ってますか」
「……『お腹すいた』と言っています」
「さっき食べたっすよ」
「……それでもお腹がすいているようです」
ガルドが「こいつ、ずっとこうなのか」という顔をした。
「明日、査問委員会の対策をしないといけないっすよ」
「……こんな状況でも仕事の話をするのか」
「しないといけないっすよ」
「わかった。で、対策は」
「テッドさんの話が使えますよ。二十年前のオルドのやっていたこと——証拠があれば、バルドを逆に詰められますよ」
ガルドが目を細めた。
「……証拠があれば、と言ったな」
「そっすよ」
「ない場合は」
「作りますよ。七日間で」
「また七日間か」
「今回は三日しかないっすよ」
ガルドが深いため息をついた。
キュウがガルドの方を見て、また鳴いた。
「……お前のこの狐も、腹を満たすことしか考えてないな」
「ナビに言わせると、それだけじゃないっすよ」
「何を言ってる」
「信頼と甘えもあるっすよ」
ガルドが少し黙った。それからキュウを見た。
キュウがガルドの手に鼻を押し付けた。
「……まあ、悪くはないな」
「そっすよ」
(ナビ)
「はい」
「三日後の査問委員会、どう思いますか」
少し間があった。
「……難易度は高いです。ただ——カイトが負ける盤面を、私は今のところ見つけられていません」
「それは慰めっすか」
「……観測です」
「そっすか」
窓の外で、星が出始めていた。
三日後、ギルドマスターと直接対峙する。
(さて。次の手を考えますよ)
キュウが俺の膝の上で丸くなった。温かかった。
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後書き
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころは二つ。
一つ目はテッドの過去。二十年前に何があったのか、その輪郭がようやく見えてきました。そして「ハーフエルフの娘」という一言——気づきましたか?
二つ目はキュウの登場。もふもふ枠、ついに来ました。「お腹すいた」しか言わないくせに、なぜか憎めない。これがキュウです。
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次話予告:三日後——査問委員会当日。ギルドマスター・バルドが待ち構える中、カイトが持ち込んだのは「証拠」だった。
それでは第13話でお会いしましょう!




