第11話「帰還と代償」
調査の翌日、ギルドに顔を出すとフィアが小声で教えてくれた。
「……昨日の調査費用の件、ドレイン補佐が異議申し立てをしました」
「どうなりましたか」
「規則上、棄却されました。費用は補佐の個人負担になります」
「いくらっすか」
「……調査員の往復旅費と五日分の日当。銀貨八十枚です」
「高いっすね」
「……カイトさんが言い出したんですよ」
「そっすね」
フィアが小さくため息をついた。呆れているのか、笑いをこらえているのか、判断がつかない顔だ。
「もう一つ。昨日の調査の後、ギルドマスターのバルド・ドレインが動き始めたという情報があります」
「補佐の叔父っすね」
「……ギルドマスター直轄の査問委員会を立ち上げる動きがあります。調査とは別のルートで、カイトさんの活動を制限しようとしている可能性があります」
俺は少し考えた。
(ドレイン補佐への個人負担が、上を本格的に動かした。想定より早い)
「わかりましたよ。ありがとっすよ」
「……対策は?」
「ありますよ」
「……また『ありますよ』ですか」
「今回は本当にあるっすよ」
フィアが視線を逸らした。
(その横顔が——待て俺、今は仕事の話だ)
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テッドの工房に向かう途中、ガルドが走って追いかけてきた。
「カイト、まずい話がある」
「なんっすか」
「ソウマたちが、街の外で動けなくなっているらしい」
俺は足を止めた。
ソウマ——かつて俺が二年間所属していたパーティのリーダーだ。書類一枚で俺を追い出した男。
「詳しく」
「昨日から南の廃林に消えたまま帰ってこない。ギルドに依頼が入っていた廃林の調査に行ったらしいが——あそこは最近、Bランク相当の魔物が出ると報告が上がってた依頼だ」
「ソウマたちのパーティ構成は」
「ソウマがCランク。他三人もC前後だ。ベルクハルト家の後ろ盾を失ってから依頼の質が落ちて、それでも見栄を張ってBランク相当の依頼を受けたらしい」
(なるほど。ベルクハルト家の後ろ盾があった頃は俺という「見えない補填役」がいた。俺がいなくなってから本来の実力が露わになってきている)
「何時間経ってますか」
「日が沈む前に出発して、今は昼過ぎだ。十八時間以上は経ってる」
「生きてますよ、まだ」
「なんでそう言い切れる」
「死んでたらもっと早く誰かが気づいてますよ。動けなくなってるだけっすよ」
ガルドが腕を組んだ。
「……どうする」
俺は少し空を見た。
(どうする、か)
ソウマたちを助ける義理はない。あいつらは俺を書類一枚で追い出した。「スキルなしがいると評判が下がる」と言った。
でも——
(見に行くだけなら、タダっすよ)
「行きますよ」
「助けるのか?」
「見に行くだけっすよ」
ガルドが俺の顔を見た。
「……その顔は、絶対に何か考えてる顔だ」
「そっすかね」
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廃林は街の南、歩いて一時間の場所だった。
入口から足跡を辿ると、二百メートルほど進んだ場所で痕跡が乱れていた。逃げた跡だ。さらに追うと、大きな岩の陰に四人の人影が固まっているのが見えた。
全員、消耗している。装備の一部が破損している。
一番手前にいた男が顔を上げた。
ソウマだった。
目が合った瞬間、ソウマの顔が複雑に歪んだ。驚き、安堵、羞恥、そして——屈辱。
「……カイト」
「お久しぶりっすよ」
「なんで」
「通りかかっただけっすよ」
嘘だ。でも今はそれでいい。
ソウマの後ろの三人が、ようやく俺に気づいた。全員、見覚えのある顔だ。あの二年間、一緒にいた人間たちだ。
「状況を教えてもらえますか」
ソウマが歯を食いしばりながら言った。
「……シャドウパンサーが三頭。俺たちを追い回している。昨夜から逃げ回ってて、もう動けない」
シャドウパンサー。影に溶け込む性質を持つ大型の魔獣で、Bランク相当だ。三頭となれば、Cランクパーティでは太刀打ちできない。
(ナビ)
「はい。シャドウパンサーの生態データを照合します。影に溶け込む際、地面への接地圧は変化しません。足音は消えますが、地面の沈み込みは残ります。弱点は——光源に対して瞳孔が収縮する。強い光を当てることで一時的に視覚を奪えます」
(なるほど。ゲームで言うとステルス系の敵と同じだ。索敵範囲の外から光で強制デバフをかけて、硬直している間に頭を取る)
「ガルド、松明を持ってますか」
「ある」
「三本全部出してくれ」
ガルドが松明を取り出した。
俺は周囲の気配を探った。
影が、三方向から近づいてきている。
(来る。三頭同時に——いや、待て。三頭が同時に動いているということは、群れのハンティングパターンだ。一頭が囮になって残り二頭が挟み込む。前世のゲームで言うとフランカー戦術だ。なら——真ん中の一頭を潰せば残り二頭のタイミングがずれる)
「ガルド、真正面に松明を投げてくれ。思い切り遠くに」
「何をする気だ」
「いいから」
ガルドが松明を前方に放り投げた。
明るい光が廃林の中に広がった瞬間——正面の影が揺れた。
シャドウパンサーが松明の光に反応して動きを止めた。瞳孔が収縮して、一瞬だけ硬直している。
(そこだ)
俺は地面を蹴った。
影の中に向かって真っ直ぐ踏み込む。硬直しているパンサーの位置はナビが示した地面の沈み込みでわかっている。
首の付け根、一点。
手刀を叩き込んだ。
巨体が地面に崩れた。
(残り二頭——タイミングがずれた。挟み込みの連携が崩れている。左から来る個体が迷っている)
「ガルド、左っすよ」
「わかった!」
ガルドが月牙を構えながら左に向かった。
残り一頭は——右から来るはずだ。
松明を一本手に取って、右に向かって投げた。
光が広がった瞬間、茂みが揺れた。
またしても硬直。
俺は迷わず踏み込んだ。
同じ場所、同じ角度、同じ力で。
二頭目が崩れた。
ガルドの方から、重い音がした。
振り返ると、ガルドが月牙でパンサーを仕留めていた。
「……三頭全部か」
「そっすよ」
「何分だ」
「数えてないっすよ」
ガルドが呆れた顔をした。
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ソウマが立ち上がった。
足が震えている。プライドと現実の間で、何かが折れかけている顔だ。
「……助かった」
「よかったっすよ」
「……なんで来た」
「通りかかっただけっすよ」
「嘘をつくな。廃林に通りかかる理由がない」
俺は少し考えた。
「ガルドが教えてくれたんすよ。心配したんじゃないっすかね」
ガルドが「俺のせいにするな」という顔をした。
ソウマが俺を見た。
二年間、一緒にいた目だ。俺のことを「荷物持ち」だと思っていた目が、今は別のものを見ている。
「……お前、あの頃から本当はこれだけ強かったのか」
「さあっすね」
「なんで隠してた」
「隠してたわけじゃないっすよ。ただ、必要なかっただけっすよ」
ソウマが黙った。
俺は続けた。
「ソウマ、一つだけ言ってもいいっすか」
「……なんだ」
「スキルに頼りすぎると、崩れた時に何もできなくなりますよ」
説教じゃない。事実だ。
ソウマが目を伏せた。
後ろの三人も黙っている。
「救助費用、もらっていいっすか」
「……は」
「ただで助けると俺の商売が成り立たないっすよ。エルゴさんと取引してるんで、価格設定は市場に合わせてますよ」
ソウマが固まった。
「……いくらだ」
「今持ってる銀貨の半分で十分っすよ」
「半分——」
「嫌なら構わないっすよ。次のパンサーが来る前に自力で帰れるなら」
ソウマが財布を取り出した。
震える手で、銀貨を数えた。
渡してきた額を俺は確認した。
「ありがとっすよ。またいつでも依頼してくださいっすよ」
ガルドが後ろで「外道だ」と小声で言った。
俺は笑顔のまま廃林を出た。
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帰り道、ガルドが隣で歩きながら言った。
「……お前、本当に商売として割り切ってるのか」
「当たり前っすよ」
「ソウマたちのこと、何とも思わないのか」
少し間があった。
「思いますよ」
「何を」
「……二年間、一緒にいた人間っすよ。死んでたら、嫌だったっすよ」
ガルドが黙った。
しばらく歩いた。
「……じゃあなんで救助費用を取った」
「情けをかけると相手が成長しないっすよ。金を払った痛みの方が、言葉より長く残りますよ」
「……外道だな」
「ありがとっすよ」
「褒めてない」
(ナビ)
「はい」
「記録しておいてくれ。ソウマたちの件、終了」
「記録しました」
少し間があった。
「……カイト」
「なに」
「今日、少しだけ——迷いましたか」
俺は空を見た。
「少しだけっすよ」
「……そうですか」
また間があった。
「……私は、迷わなかったと思います」
「なんで」
「カイトが行くと決めた時点で、答えは出ていたと思ったからです」
俺は少し笑った。
「ナビ、それは慰めっすか」
「……データに基づいた観測です」
「そっすか」
石畳に夕日が伸びていた。
(第一ざまあ、完了っすよ)
財布の重みが、少しだけ増した気がした。
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## 後書き
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回の見どころは「救助費用」でした。助けた後に銀貨の半分を笑顔で回収する。説教もしない。怒りもしない。ただ、市場価格で徴収する。これがカイト式ざまぁです。
「死んでたら嫌だった」という一言との温度差——このギャップがカイトです。
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次話予告:ギルドマスターが直接動いた。査問委員会の召喚状がカイトの元に届く。そして——テッドが初めて、二十年前の話をし始める。
それでは第12話でお会いしましょう!




