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第13話「査問委員会」

三日後の朝、ギルドマスター室の前に立った。


ガルドが隣にいる。キュウが俺の肩の上にいる。


「……なんでそいつも来てるんだ」


「置いてきたら鳴き続けたっすよ」


「査問委員会に狐を連れていくやつがいるか」


「前例がないなら作ればいいっすよ」


ガルドが深いため息をついた。


扉の前に立っていた係員が、キュウを見て困惑した顔をしたが何も言わなかった。


「カイト殿。中へどうぞ」


扉が開いた。


---


部屋の中央に長机が置かれていた。


奥にギルドマスター・バルド・ドレインが座っている。六十代、白髪交じりの大柄な人間だ。補佐のドレインより一回り大きい。権力の重みを体に纏ったような男だ。


左右に委員が三名ずつ座っている。全員、ギルドの上層部だろう。


バルドが俺を見た。


「カイト、だな」


「そっすよ」


「座れ」


向かいの椅子に座った。キュウが机の上に乗ろうとしたので膝の上に降ろした。


バルドが書類を広げた。


「先日の調査では、スキル未保有が正式に証明された。その点については問題ない」


「ありがとっすよ」


「しかし——」


バルドが俺を見た。


「Fランク登録から短期間で複数の高難度依頼を達成し、ギルド補佐への公開的な反論を行い、さらに調査費用の負担問題を引き起こした。ギルドの秩序という観点から、看過できない行動が多い」


「具体的にどの行動が問題っすか」


「全てだ」


「全ての定義を教えてもらえますか」


バルドの眉が動いた。


「……Fランクがギルドの上層部に対して公開の場で反論したことだ」


「規則に基づいて事実を述べただけっすよ。どの条文に違反してますか」


「条文の話ではない。秩序の話だ」


「秩序は明文化された規則があって初めて成立しますよ。規則に書いていないことを『秩序違反』と言うなら、それはギルドマスターの個人的な感情っすよね」


部屋の空気が変わった。


委員の何人かが顔を見合わせた。


バルドが静かに言った。


「……若いな」


「十七っすよ」


「若さを言い訳にできなくなる年齢というものがある」


「言い訳はしてないっすよ。事実を言ってますよ」


---


バルドが書類をめくった。


「活動制限について話す。今後、Eランク以上の依頼を受注する場合は事前にギルドの承認が必要とする。これはFランク冒険者の安全管理のための措置だ」


「第十五条を適用するっすか」


バルドが少し眉を上げた。


「……知っているのか」


「フィアさんに全部の条文を事前に教えてもらいましたよ」


(フィアが三日間、仕事の合間に全条文を書き出して渡してくれた。昨夜見た時、紙が少し皺になっていた。何度も書き直した跡だった)


「第十五条の適用条件は『安全基準を著しく逸脱した行動が認められた場合』っすよね。俺の依頼達成率は百パーセントで、依頼中の負傷者はゼロっすよ。安全基準の逸脱はどこで起きてますか」


「Aランク相当の魔獣を二名で討伐したことが——」


「依頼書に推奨人数の記載はありませんでしたよ。達成条件も満たしています。何が問題っすか」


委員の一人が小声でバルドに何かを言った。


バルドが手で制した。


「……話を変える」


「どうぞっすよ」


「お前はギルドの外で独自に依頼を受注している。ギルドを通さない依頼は、ギルドの管理外だ。これはギルド員としての規則に抵触する可能性がある」


俺は少し考えた。


(ここが本命だ。ギルド外の収入ルートを潰しにきた)


「第二十八条を適用するっすか」


「……また条文を言うのか」


「第二十八条はギルド員が『ギルドと競合する組織』を設立・参加することを禁じていますよ。エルゴさんへの護衛依頼は競合組織への参加ではなく、個人としての民間契約っすよ。条文の適用対象外っすよ」


バルドが黙った。


長い沈黙だった。


「……お前、誰かに入れ知恵されたか」


「フィアさんに条文を教えてもらいましたよ」


「フィアか」


バルドの目が少し細くなった。


その目が気になった。


(バルドはフィアの名前に何か反応した)


「バルドさん、一つ聞いていいっすか」


「……何だ」


「フィアさんのことを知ってますか」


沈黙だった。


「……ギルドの受付職員だろう」


「それだけっすか」


「それだけだ」


俺はバルドの目を見た。


嘘をついている目じゃない。でも——全部を話している目でもない。


(何かある)


「わかりましたよ」


---


「カイト」


バルドが、少し声のトーンを変えた。


「お前はランセルで何をするつもりだ」


「冒険者っすよ」


「それだけか」


「今はそれだけっすよ」


「今は、というのは」


「将来的には色々ありますよ。でも今は言うことないっすよ」


バルドが俺を見た。長い目だった。


それから、静かに言った。


「……今日の査問は以上とする。活動制限の件は、再検討する」


委員が驚いた顔をした。ドレイン補佐も、部屋の隅で固まっている。


「ありがとっすよ」


「ただし——」


バルドが続けた。


「お前のことは注視する。何か問題が起きれば、すぐに動く」


「どうぞっすよ。見ていてくれた方が都合がいいっすよ」


「……なぜだ」


「見てる人間がいると、こっちのやることが記録されますよ。後で使えるっすよ」


バルドが黙った。


それから、初めて口元が動いた。笑ったのか、呆れたのか、判断がつかない顔だった。


「……出ていけ」


「お世話になりましたよ」


立ち上がって扉に向かうとき、キュウが俺の肩に飛び乗った。


バルドがキュウを見た。


「……それは何だ」


「二尾狐っすよ。キュウっていいますよ」


「なぜ査問委員会に連れてくる」


「懐いてるんで仕方ないっすよ」


扉を出た。


---


廊下でガルドが待っていた。


「どうだった」


「活動制限なしっすよ」


「……本当か」


「バルドが引いたっすよ」


ガルドが少し目を見開いた。


「なんで引いた」


「わからないっすよ。でも——」


俺は廊下の奥を見た。


「フィアさんの名前を出したとき、バルドが何かを知ってる顔をしたっすよ」


「どういうことだ」


「まだわからないっすよ。でも調べる価値はありますよ」


ガルドが腕を組んだ。


「……テッドの話と繋がるのか」


「繋がるかもしれないっすよ」


キュウが鳴いた。


「お腹すいたって言ってますよ」


「この狐は本当にそれしか言わないな」


「ナビに言わせると、信頼と甘えもあるっすよ」


「今は腹の話をしてる」


俺は干し肉を取り出してキュウに渡した。


キュウが満足そうに目を細めた。


(ナビ)


「はい」


「バルドとフィアの関係、調べてくれ」


「了解しました。ただ——カイト」


「なに」


「今日のバルドの目、見ていましたか」


「見てたっすよ」


「……敵意だけじゃなかったと、私も感じました」


俺は少し考えた。


「そっすね」


(バルドは何かを知っている。そしてそれを、まだ言うつもりがない)


石畳に昼の光が差し込んでいた。


査問委員会、終了。


でもこれは——終わりじゃない


ここまで読んでくださってありがとうございます!


今回の見どころは「バルドが引いた理由」でした。条文で完全に詰めたにもかかわらず、バルドが自分から引いた。なぜか。そしてフィアの名前に見せた反応——テッドの話と繋がり始めています。


キュウは今日もお腹がすいていました。



次話予告:バルドとフィアの関係を調べ始めたカイト。そして——フィアが初めて、自分の過去を話し始める。


それでは第14話でお会いしましょう!



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