第11話 新しい日常のはじまりー3
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「佐良木さんは、母を機関の日本支部へ保護するよう手配してくれたわ。今頃、母は安全な場所にいるはずよ。ここからそう遠くないし、私も快諾したわけよ」
「……で、どうして緋宮がここに居座ることになるんだ?」
核心を問うと、硝子は淡々と、だが合理的な説明を始めた。
「佐良木さんの見立てでは、【預言者】が私の裏切りに気づいている可能性は五分五分。だとしたら、その状況を最大限に利用すべきだというのが彼の提案よ。つまり――私はこれからも、あなたの暗殺を『継続』することになるわ」
「はぁ……?」
思わず、心底うんざりとした声が出た。
だが、即座に拒絶できない自分がいる。彼女をこんな危うい橋を渡らせる羽目にした要因の一端は、間違いなく俺にあるのだから。
「安心して、本当に殺したりはしないわ。それに、あなたが言った通り、私には人殺しなんて向いていない。だから、私はこの家に潜入し、暗殺のチャンスを伺う『刺客』を演じ続ける。そうすれば【預言者】の目を欺けるし、いざという時はあなたの護衛に回ることもできる」
「……なるほど、理屈は通っているな」
この家なら俺もサップちゃんもいる。硝子の身の安全を確保しつつ、外敵への備えにもなるわけだ。……彼女の「暗殺ごっこ」に付き合わされる手間を除けば、だが。
どうやら真の平穏を掴み取るには、その【預言者】とやらを叩き潰すしかなさそうだ。俺は内心で深い溜息をついた。
しかし、解決すべき問題がもう一つ。
「サップちゃん」
俺と硝子のやり取りを、苦虫を噛み潰したような顔で凝視していた聖剣少女に声をかける。
「……何でしょうか、マスター」
サップちゃんはジト目のまま、不機嫌さを隠そうともせずにこちらを向いた。
「もちろん、俺にとって一番の相棒はお前だ。それは揺るがない。でも……今の彼女なら、俺たちの『家族』になれるんじゃないか。そんな気がするんだ」
その瞬間、サップちゃんの頬が沸騰したかのように赤く染まった。
「い、一番……。そんなこと、言われなくても知っていますよ……っ」
震える声で、彼女は消え入りそうな呟きを漏らす。そして、ぷいと顔を背けながらも、どこか嬉しさを隠しきれない様子で言葉を続けた。
「……仕方ありませんね。今回だけは、マスターに免じて我慢してあげます」
「……ありがとう、サップちゃん」
俺は、この意地っ張りで愛らしい銀髪の聖剣少女に、心からの笑みを向けた。
「分かった、緋宮。これからよろしく頼む」
「ええ、よろしくね。悠里」
差し出された彼女の手を、強く握り返す。
こうして、俺が夢見た平穏な隠居生活は、わずか数日で脆くも崩れ去った。
自分を狙う暗殺者と同居する――ある意味では異世界よりも過酷で、予測不能な新生活が、今ここに幕を開けたのだ。




