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完璧を強いられた令嬢と完璧公爵の甘やかな結婚  作者: いか人参


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51.翳る心


夜の冷え込んだ空気の中でひとりきり、ベンチに腰掛けたエリーナがため息を吐く。


背後にある大きな噴水からは絶え間なく水が流れており、その心地よい音が彼女の翳りそうな心に傘をさす。エリーナはかろうじて平静さを保っていた。


(フィニアス様はもう会場に戻られているかしら…まさかこんなことになるなんて…呆れられてしまうわ。)


足を伸ばして剥き出しのつま先を見る。こんな姿では人前に出ることなど出来ない。淑女として恥ずべき格好だ。


会場へと続く回廊がすぐ目の前に見えるのに、そこに行けないことがもどかしい。不甲斐なさと寒さで心も身体も震える。


(せめて月でも見えれば…)


救いを求めるかのように真っ暗な曇天に手を伸ばす。そして、何も掴めないまま手を下ろした。願う先すら見当たらず、急激に不安が増幅する。こんなにも何も出来ない自分が嫌で嫌で堪らなくなる。


(こんな姿でフィニアス様の隣に立てるわけがないわ。舞踏会が終わったら、人混みに紛れて帰りましょう。ご迷惑をお掛けしてはいけないもの。)


俯くエリーナが唇を噛み締めた。


本来なら、この後国王の御前で調印を頂戴して正式な夫婦となるはずであった。だが、今の自分にはそれが全く想像出来ない。最初から自分には分不相応だったのだという負の感情が込み上げる。


(私には余りあるものだったのよ。これまで通り、マリエッタさえ幸せならそれでいいの。)


エリーナはゆっくりと立ち上がり、冷えて感覚のない足で、建物側から最も遠い位置にあるベンチに移動した。死角になって見えにくい。


そこで誰にも見つからないよう膝を抱えて小さくなる。冷え込みが強くなる中、永遠とも思える時間をやり過ごしていた。



***



「嫌がらせって?」


フィニアスに問われたマリエッタが不思議そうな顔で首を傾げた。


彼から、この会場で何か嫌がらせを受けなかったかと尋ねられたのだ。

思い返しても、シュヴァルツと楽しいひとときだけで嫌な思いをした記憶はない。頭に浮かぶのはいつだって甘やかな顔した彼だけだ。



「別にそんなこと…」

「直接でなくとも、不躾な視線や陰口などなかったか?どんな些細なことでもいい。」

「視線…陰口…」


フィニアスが食い下がる。

彼の必死さに押され、マリエッタは真剣な表情で、馬車を降りてからこれまでのことをひとつずつ脳内再生した。



「あ」


何か思い出した様子で声を上げたマリエッタ。


心当たりとして頭に思い浮かんだのは、序盤での出来事であった。

馬車を降りてすぐ、令嬢達に陰口を叩かれたことを思い出した。すぐさまそれをフィニアスに伝える。



「何か特徴か服の色など覚えていないか?」


「そこまではちょっと……」


「…そうか。」


マリエッタは頭を捻ったが、彼女達の声だけで姿形までは思い浮かべられない。


手掛かりを得たフィニアスが怖い顔をして思案する。


(エリーナは勝手な真似をするような人間ではない。誰かに促されて行動したに違いない。彼女が言うことを聞く相手なら使用人ではなく、同等かそれ以上の貴族…だとすると、マリエッタの言う令嬢が怪しいが…)


愉快犯ならこちらの様子を見て楽しんでるかもしれないと思って周囲を見渡すが、そんな視線は感じられない。



「もしかしたら」


ふと何か思いついた顔で、マリエッタがフィニアスのことを見上げた。



「空いてる控え室とか、人目につかない会場の外とか…そういう所にいるかもって。ここで初めて会った令嬢の嫌がらせなら、敷地の外に連れて行くとかそんな手の込んだことはしないと思う。やるなら、あとから言い訳出来る程度のものとか…。それにお姉様はほら…お人よしだし…どんな些細な理由でも簡単についていきそう…」


マリエッタの苦しそうな最後の言葉に、フィニアスも渋い顔で頷いた。エリーナが唆されて付いていく様子を簡単に想像できてしまった。



「辺りをひと回りしてくる。もうすぐシュヴァルツが戻ってくるから、お前はここにいろ。」


フィニアスはそう言うと、周囲にいた使用人数名にマリエッタの見守りを頼んでからその場を後にした。



***



「こんな寒い中よくいられるわね。あんなに震えて…まぁ可哀想だわ。」

「白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるなんて、夢みたいなことを思ってるんじゃないかしら?」

「ふふふ。あの勘違い女、いつまで耐えられるのか見物ね。」


会場に繋がる回廊の端で、令嬢達が覗き見しながらヒソヒソと会話をしていた。その表情は楽しげで、まるで今流行りのドレスの話をしているかのような雰囲気だ。



「寒いし飽きたわ。もう戻るわよ。」


1分にも満たない僅かな時間であったが、寒さに耐えかねた令嬢達が会場に戻るため踵を返す。



「あ、これ忘れてたわ。」


一人の令嬢が手にしていた靴を掲げた。



「そんなの早く捨てちゃいなさいよ。見つかったら面倒だわ。」

「そうよね。」


他の仲間に促されて、肩越しに適当に放り投げた。カツンとヒールと石畳のぶつかる音がしたが、見向きもしない。


その後彼女達の話題は舞踏会で見かけた見目麗しい異性の話へと移り変わり、何事もなかったかのように華やかな世界へと戻って行った。



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