49.僕のもの
オーケストラの生演奏に合わせて、配置についたデビュタント達が一斉に踊り出す。
上から覗くと、同じタイミングで広がったドレスの裾が花のように見え、満開の美しい様子に目を奪われる。
今シーズンの流行りでもある薄ピンクや橙色など暖色系が全体の割合を占める中、一際目立つ色があった。
それは目を引く光沢のある新緑色のドレスで、流行りに埋もれず唯一の輝きを放っている。
優雅に、時折り自由にステップを踏む新緑の彼女を縛り付けることなく、適度な匙加減でリードしている相手男性。
たまに女性側の自由が過ぎて曲調からはみ出しそうになるが、その度に男性が涼しい顔をして上手くフォローし、その腕の中に収めた。決して離すことはない。
安心出来る腕の中で自由に動く彼女は妖精のように軽やかで、その純真な可憐さは周囲の目を惹きつける。いつの間にか他のカップルから距離を取られ、気付くと二人は最も目立つ舞台の中心で踊っていた。
一人、また一人と彼らのダンスに目が釘付けになる。
そんな楽しそうな表情で自由に羽ばたくマリエッタとは対照的に、シュヴァルツは穏やかな笑みの下で苛立っていた。
(……………面白くないな。)
彼女の美しさを世間に知らしめて嬉しい反面、尋常じゃない独占欲が疼く。非常にめんどくさい奴だなと己を客観視しつつも、一度気になり始めると止まらない。
僅かにシュヴァルツの表情が曇る。
そんな彼の空気の変化を敏感に察知し、マリエッタが自分の足元を確認した。
(あれ私また間違えちゃった?)
もう何度かステップを間違えている自覚はあったが、その都度シュヴァルツが上手く誤魔化してくれていたため大して気にしていなかった。まぁいいかと、また思い切りよく足を動かす。
そんな時、熱心にこちらを見ていた男達にシュヴァルツが気付く。
『あれ兄妹か?でも顔似てないよな…』
『じゃあ従兄弟じゃん?年離れてるから恋仲なわけないでしょ。』
『そうだよな。じゃあ終わったら声掛けてみようかな。可愛いし。』
(このヤロウっ………!!)
不幸にも、気になって追視し、読唇術で会話を盗み読んでしまったシュヴァルツ。怒りで全身の血液が沸騰する。
「マリエッタ、大人しくしててね。」
「え?」
マリエッタの困惑を無視して、内心怒り狂っているシュヴァルツが彼女のことを軽々と持ち上げた。片腕で抱えて目線を合わせる。
(え、うそでしょ……………)
いきなり視界が開けて白目を剥きそうになるマリエッタ。恐怖心でぎゅっとシュヴァルツの首に抱き付いた。
「愛してる。」
すぐ近くにあるマリエッタの横顔に向かって、シュヴァルツが低い声で囁いてきた。
「!!!」
(な、ななななな、こんな所で何てことをっ……………)
文字通り地に足がつかないハラハラ感と、愛を囁かれたドキドキで心臓が破裂しそうになる。会場の音が遠ざかり、馬鹿みたいに大きい自分の心音しか聞こえない。
りんごのように真っ赤になっているマリエッタを見たシュヴァルツが口角を上げた。
(これは…気分がいいな。)
会場のどよめきとマリエッタの様子を見たシュヴァルツがほくそ笑む。性格悪いよなと自嘲しつつも、最愛を独占するためになりふり構っていられなかった。
いい気分を満喫した後で、あまりに可愛くて可哀想だったのでマリエッタを地上に下ろした。むすっとした顔で唇を尖らせている彼女の機嫌を取りながら、彼女を引き立てるように丁寧にステップを踏む。
(これが終わったら、絶対絶対絶対文句言ってやるんだからっ!!)
(はぁ…マリエッタは怒っても可愛いな。)
互いに真逆のことを頭に浮かべながらも、二人の息の合ったダンスは最後まで観衆の注目を浴びていたのだった。
その観衆の一人であったエリーナが顔の前で両手を合わせて感嘆の息を吐く。
彼女はフィニアスと共に、関係者専用の3階バルコニー席からマリエッタ達の様子を見守っていた。
「とても美しく、素晴らしかったですわ。」
「そうだな。」
手すりから身を乗り出して夢中になっていたエリーナ。そして、手すりに肩肘を付き、彼女の横顔をずっと見ていたフィニアス。二人とも目にしていたものは違ったが、抱いた感想は同じだった。
「フェルローズ公爵閣下、ご歓談中に失礼致します。」
「断る。」
超がつくほどの低姿勢で二人きりの空間に割り込んできたのは、国王の側近であった。にべもなく断られ、頭を下げたまま苦笑を浮かべている。
「申し訳ございません。国王陛下がお呼びです。一緒に来て頂けますか?」
「面会時間はまだのはずだが?」
「ええその…別件で至急相談したいことがあるとのことでして…」
「はぁ…」
物凄く嫌そうな顔でため息を吐いたフィニアス。エリーナのことを思い、しばし思案する。
いつもはこの見慣れた側近に八つ当たりしながら、最後は国王の言うことを聞くのだが、今回はそうはいかない。エリーナを一人にしておくなど考えられなかった。
「フィニアス様、私のことは構わなくて大丈夫ですわ。」
「そういうわけには…」
「私は下に降りてマリエッタ達と合流しますから。二人のそばでお待ちしております。」
心配そうな顔をするフィニアスに向かって、エリーナは優雅に微笑み、軽く膝を曲げて頭を下げた。
その瞳は自信に満ちており、有無を言わせぬ堂々たる振る舞いであった。
フィニアスが諦めたように息を吐く。
「……分かった。少しだけ待っていてくれ。一階まで送ろう。」
「ありがとうございます。」
エリーナは差し出された腕を取った。
まだ不安そうな横顔を見上げて、内心クスッと笑みをこぼす。
(心配されて嬉しいだなんて、不謹慎かしら。)
そう思いつつも、緩む気持ちを抑えられない。エリーナは、浮き足立つ心で階段を降りて行ったのだった。




