48.愛しい貴方と
豪奢なシャンデリアに見上げるほどの大きな窓、アーチ状にくり抜かれた天井には、壮大な歴史画が描かれている。
贅沢の限りを尽くした会場を埋め尽くす着飾った人達…それは初めて目にする圧巻の光景であった。
会場に入ってすぐ、ぐるりと見渡したマリエッタが目を輝かせる。
「す、すごいっ…こんなの初めてっ!なんて綺麗なの!」
キラキラと純粋な輝きを放ちながら、両手を広げてくるくると無邪気に回るマリエッタ。自分が夢みたいな世界の一部になれたようで嬉しい。初めて見る煌びやかな世界に心を奪われている。
隣で見守るシュヴァルツが優しく微笑んだ。
「ああ本当に綺麗だ。この世界の何よりも。」
彼の視線はマリエッタに一点集中している。
それはまるで、この世に顕現した女神を見ているかのような尊ぶ眼差しであった。
二人がそれぞれ見惚れていると、会場に舞踏会開始の合図が鳴り響いた。
入り口に並ぶペア達が雑談をやめ、耳を澄ます。
名簿を手にした司会者が家格の高い順にデビュタント参加者の名前を読み上げていく。名前を呼ばれた者はパートナーと共にダンスフロアの手前で頭を下げ、指示に従って歩み出た。
(そろそろかな…)
シュヴァルツの腕を掴み、緊張しながら自分の番を待つマリエッタ。
(みんな堂々と振る舞っていてすごいな…あれで私よりも年下って…生まれた時から淑女教育を受けてたんだよねきっと。それに引き換え私は…)
離れでひとりきり、使用人同然の暮らしをしていた頃を思い出す。
(みんながレッスンに励んでいた頃自分は一体何をやっていたんだろう…第一こんな煌びやかな世界に私なんかが…)
漠然とした不安に襲われ、隣のシュヴァルツを見上げるが、彼は全然知らない大人に見えた。普段と違う正装姿は華やかで堂々と見え、その澄ました横顔からは不安など微塵も感じられない。
視線を感じたシュヴァルツが隣に目を向ける。
「マリエッタ、やっぱりやめる?」
「え?」
不安な心を見透かされたかと、マリエッタが内心ドキッとする。
(いや、こんな私と踊るのが嫌になったのかも。場違い…だったよね。シュヴァルツはれっきとした大人なんだから、彼の隣にはもっと綺麗な人の方が…)
周囲を見渡すと、皆釣り合いの取れたお似合いのカップルに見えてきた。それを見て勝手に落胆する。自尊心を失った彼女の心を黒いもやが覆う。
一度否定的なことを考えてしまうと、全てに自信がなくなる。自分がここにいてはいけない理由ばかり頭に思い浮かんできた。
そんな時、隣から大きなため息が聞こえてきた。
「このままマリエッタが踊ったら、ここにいる全員が君に夢中になるよね…でも踊りたい…どうにかしてマリエッタのことを隠して踊れないかな。」
(は………)
腕組みをしながら眉間に皺を寄せて悩み始めたシュヴァルツ。そこに先ほどまで彼に感じていた威厳はなく、マリエッタの目が点になる。
「今なんて??」
「ん?だから可愛いマリエッタのことを周囲から見えないようにして踊れないかなって。見られたくないじゃん?」
非常に身勝手な回答が返ってきた。
どうやら大真面目に悩んでいるらしい。マリエッタの瞳がみるみるうちに大きくなる。
「シュヴァルツって、シュヴァルツだよね。」
「うん。マリエッタもマリエッタだよ。」
シュヴァルツが真面目な顔をしたままウインクを飛ばしてきた。そのあまりに不釣り合いな仕草にマリエッタが吹き出す。
「もう!笑わせないでよ。」
「ひどいな。僕はいつでも真面目なんだけどな。」
和らいだ雰囲気を敏感に感じとり、シュヴァルツがおどけた顔で笑う。それを見たマリエッタの心がきゅっと締め付けられる。
唐突に愛おしさが込み上げてきた。
胸に手を当て瞑目する。
「ありがとう、シュヴァルツ。今日ここに貴方といられて本当に良かった。」
見上げたマリエッタにパッと花が咲く。
どこか吹っ切れたような笑顔は眩しく、シュヴァルツが目を細めた。同時に彼の表情に甘さが増す。
「僕もだよ。マリエッタ、愛しーー」
「マリエッタ・シェパード伯爵令嬢」
至近距離で見つめ合った二人が甘い雰囲気を纏った瞬間、狙ったかのように名前を呼ぶアナウンスが響いた。
「……っ」
現実に引き戻されたマリエッタの顔が朱色に染まる。周囲に見られていたことに気付いた。
「い、いくよ!」
「うん。」
(……チッ)
あと一拍あれば口付けを交わしていたであろう二人。
マリエッタは大照れしながらシュヴァルツの手を取り、彼は涼しい顔の下で漏れ出る殺気を必死に押さえ込んでいた。




