46.最後の夜
「お姉様、いい?」
寝支度を終え、枕を抱えたマリエッタがベッド脇に近寄ってきて、上目遣いでエリーナに尋ねる。
「もう甘えん坊なんだから。」
口ではそう言いつつも、笑顔で端に移動して自分の上掛けを引っ張り上げ、マリエッタの入り込むスペースを作ってあげた。
彼女はその中に嬉しそうに身体を滑り込ませ、ぴたりと幼な子のように寄り添う。
「だって、今日が最後でしょう?」
「いつでもすぐ会えるわよ。」
寂しそうに言うマリエッタの頭を撫でて、安心させるように微笑んだ。二人分の体温でじんわりと温かくなる。
「もう明日なんだよね。」
「ええ、そうね。」
それぞれの想いを抱え、しばらくの間沈黙する二人。
明日はマリエッタのデビュタントの日であり、エリーナが正式にフィニアスと婚姻を結ぶ日だ。舞踏会が終われば、二人は別々の部屋に帰ることになる。
公爵邸に来てからずっと、これまで離れ離れだった寂しさを埋めるように毎晩話をしていたエリーナとマリエッタ。いざ離れるとなると、寂しさを感じずにはいられない。
「ねぇ、今幸せ?」「マリエッタは幸せ?」
ぽつりと言った言葉が重なる。
驚いた二人が額をくっつけ合い、クスクスと笑みをこぼした。
「それは私の台詞だわ。マリエッタが幸せなら私も幸せなんだから。」
「それは私もそうだよ。お姉様が幸せなら幸せだって。」
「「ふふふふ」」
同じことを言ってまた笑い合った。
これまで身を削って相手の幸せを得ようとしていた二人にとって、こんな他愛もない時間は堪らなく愛おしく思える。
「でもあの時逃げようってマリエッタに背中を押されなければ、今も私は囚われたままだったわ。」
「それを言うなら私だって。お姉様がフィニアス様のことを信じてくれたから、私も頼ってみようって思えたんだよ。お姉様の優しさのおかげだよ。」
「ありがとう。マリエッタは本当に優しい子だわ。」
エリーナの声に嬉しさが滲む。
「でもさ」
急にマリエッタの声が暗くなり、腕の中で小さな体をこわばらせる。彼女の身に何かあったのかと、エリーナは不安を覚えながらも黙って耳を傾けた。
「本当のことを言うと、少しだけ怖いんだ。」
「怖い…?」
「うん。この邸の人達みんな優しくしてくれて、シュヴァルツもそばにいてくれて、こうしてお姉様とだっていつでも話すことが出来る。それが幸せ過ぎて、時々夢なんじゃないかって…朝起きたらまたあの離れにいるかもしれないって…怖くて堪らなくなるの…」
「マリエッタ…話してくれてありがとう。」
小さな身体でこれまで我慢していた不安を吐露した妹に、胸を痛めるエリーナ。
彼女の幸せを切に願いながらも、マリエッタの心に深く根付いた翳りは簡単に消えてはくれない。
慎重に言葉を選んで口を開く。
「不安なのは私も同じよ。いつか見放されるんじゃないかって、時折り漠然とした不安に襲われるの。きっと自分に自信がないせいね。」
「そんなことあり得ない!だってフィニアス様はあんなにお姉様のことを大事に想って…」
「私もシュヴァルツ様がマリエッタのことを大切にしてくれてるって信じてる。不安に思うことなんて何もないわ。」
「そんなことっ…」
「きっと、不安はずっと無くならないと思うの。相手を大切に思えば思うほど、失いたくない気持ちが強くなって、不安が大きくなるような気さえするから。」
達観したかのように自分の考えを話したエリーナ。
これまでマリエッタの意見に同調したり嗜めたりすることはあったが、こうして彼女の考えを聞くことは初めてのことだった。
(お姉様は本当に変わったんだ…)
強くて美しい眼差しに見惚れる。
「だからねマリエッタ、不安を感じたら一緒にお茶をして話をしましょう。そうすればまた明るい気持ちで過ごすことが出来るはずだわ。」
「私のくだらない話でも聞いてくれるの…?」
「もちろんよ。貴女は世界でたったひとりの妹で、私の大切なマリエッタなのだから。」
「ありがとうお姉様…大好き。」
「私もよ。マリエッタ。」
涙ぐむマリエッタの瞳を優しく拭う。大切な明日のお披露目で、腫れた目を見せるわけにはいかない。ポンポンと背中を叩く。
「さぁ、もう寝るわよ。明日は大切な日なんだから。」
「うん。お姉様には長い夜になるもんね。早く寝ないと体力が持たないよね。」
「マリエッタっ…………!!!」
「おやすみなさーーーい。」
妹の余計な一言で、しっかりと結婚初夜を思い浮かべてしまったエリーナ。
悪びれもせずへらりと笑ったマリエッタはすぐに寝息を立てたが、一度意識したエリーナが眠れるわけもなく…
結局、日付が変わる頃まで寝つくことが出来ず寝不足で朝を迎えた。その後、事情を知らないネルに大目玉を喰らってしまったのは言うまでもない。




