「……悪いけど、私はその手を取らないよ」
絶えず揺れ続ける施設の中を駆けながら、晶子達は中枢を目指す。
(ラニアの私室から中枢までそんなに距離は無いはずなのにっ、足元がずっと揺れてるせいで思ったように走れない……そもそも、揺れ自体もそこまで大きくないはずなのに、何でこんなにグラグラして……)
「……い、おい、晶子って!」
「っ!?」
名前を呼ぶアルベートの声に、ハッと顔を上げる。
「あ、れ……? なんであたし……」
「おいおい、顔色悪すぎるぞ! 一体どうしちまったんだよ!?」
「分かんない……なんか、体がすっごく怠い……?」
(い、いつから? さっきまでこんなに体重くなかったはず……息もしずらくて、足が動かない……)
気付かぬうちに体を蝕んでいた疲労感と倦怠感に呆然としていると、少し後ろを走っていたはずの鑪が晶子の傍に屈みこんだ。
「たたら、さ?」
「少々触れるぞ」
今にも崩れ落ちそうな足を震わせて必死に踏ん張る晶子の額に触れると、鑪はマナを注ぎ始める。
(あったかい)
膜状になって全身を包み込む鑪のマナの温かさが心地よく、思わず目を瞑って感じ入る晶子。感じていた怠さも徐々になくなっていき、そう時間をかけずに元の体調を取り戻す事が出来た。
「体の調子はどうだ?」
「怠さも、しんどさも無くなりました。晶子さん、復活です!」
拳を握ってガッツポーズをして見せれば、未だ心配そうな雰囲気を醸しながらも鑪は安堵したように息を吐く。
「アルベート、お主はどうだ?」
「俺様か? 俺様はこの通りピンピンしてるぜ!」
「そうか。ならば良い」
サムズアップして見せるアルベートに、鑪は安堵したように頷き返した。
(あれ、よく見たら鑪さんも自分自身にマナを纏わせてる……?)
苦しさに喘いでいたせいで気が付いていなかったが、鑪はいつの間にか晶子を包むものと同じマナの膜を纏っていた。
まるで鑪自身を覆うバリアのようになっているマナを見て、恐らく自分にも同じような事をしているのだろうなと漠然と感じ取る。
「へぇ~、お前もマナで体覆ってんのか。お前って魔法苦手だっつってた割に、こんな事も出来るんだな」
「そも、我が持つ土の力は守護と堅固を司るもの。武を極めんと修行に励む日々であったため本来の力の使い方をする事は少なかったが、悪しきものから守るという事に関して我の右に出る者はおらん」
(あぁ、確かに。各技が高威力だから忘れがちだけど、この人WtRsの全キャラ中一防御が硬いんだよね。唯一使える真土の守護も文字通り守備系の魔法だし)
彼の持つ攻撃系秘技が強力な事もあってそちらばかりが表に出がちだが、鑪のステータスで最も高いのは防御力なのだ。
(まだ見れた事は無いけど味方を庇う系の秘技も持ってるし、どっちかと言えば攻勢にも出れるタンクタイプなんだよね)
「……ん? ちょっと待てよ、お前今悪しきものから守るって言ったな?」
何かに気が付いた様子のアルベートの問いかけに、晶子もハッとする。
(悪しきものから守るって、それでこの体調悪化が収まったって事は……)
思わず鑪の顔を見れば、何を言いたいのか察したのだろう。彼は一つ頷くと己の見解を簡潔に述べた。
「晶子の体調が急に悪化したのは、悪意ある者から齎されたものである」
「ま、じか」
となれば、思い当たる人物は一人——否一体しかいない。
「例のラニアって魔道具か?」
「他に、いないと思う。中枢に向かってる最中のあたしに異常があるってあまりにピンポイントすぎるし、現状そんな事してメリットがあるのは彼女しかいないはず」
「淀みの精霊の介入とは考えぬのか?」
鑪の疑問も一理ある。普通、このような場面において晶子に限定して異変が起こるという事は、なにかしら淀みの精霊が妨害をしているも思うのが普通であろう。
(神樹での事もあるし、余計そう思っても可笑しくない。けど、今回は違う気がする)
「多分、淀みの精霊が直接介入してくるなら、もっとあたし個人に何かしてくると思うんです。それこそ、神樹での時みたいに」
「だが、今回は我にもその悪意が向いていると……ふむ」
晶子が言いたい事を正確に把握してくれたようで、鑪は顎元に手を当てて何かを考え始める。
「なんか可笑しいと思ったけど、やっぱり鑪にもなんかあったんか」
「うむ。我も晶子と同じように体の不調を感じてな。すぐに違和感に気が付いた故に対処したのだが、己の事に集中するあまり晶子にまで気が回らなんだ。申し訳ない」
「え!? い、いやいや! 別に鑪さんが悪い訳では無いので……!」
急に謝られてしまい、晶子は慌てて気にするなと手を振った。
「あたしこそ、アルベートに名前を呼ばれてることにすら気が付いて無くて。思ったより冷静じゃないのかも」
「そうなるのもしかたねぇさ。あのゼファーって子は、お前にとって俺様や鑪と同じくらい大事な存在なんだろ?」
そう言われ、晶子は静かに目を閉じる。出会ってすぐの頃は幼子のようだったゼファーも、晶子と交流を重ねていく事で見た目相応の振る舞いをするようになっていった。
ちょっとした冗談を本気にしてしまう程度には天然な所があるが、それも一種の愛嬌というもの。
(WtRsのゼファーちゃんは最初から最後まで小さな子供のままだった。けれど、今は違う。あたしと出会った事で、あたしが交流した事で変わった)
ゲームの世界にいた頃、晶子の知る『ゼファー』には成長するというイベント自体が無かった。
そもそもまともな交流というものが皆無だったため、彼女と会話をすると言えばストーリー中の決められた数言しかない。
しかしここはゲームの中ではない、よく似た現実、異世界なのだ。
「……うん、あたしにとって、ゼファーちゃんはとっても大事な女の子。人間じゃなくても、意図せず生み出された存在だったとしても、あの子はこの世界に無くてはならない、かけがえのない子だよ」
ラニアは製造当初、ゼファーの事を出来損ないだと破棄しようとした。けれども、自身の愛した人達を元にした彼女をどうしても捨てられず、結果として施設の核として生かす事に決めた。
(それってきっと、生みの親としての愛もあったからだと思うの)
苦悩を綴るラニアにも長い葛藤があったのだろう。そして今も、何かに苦しみ、藻掻き、その果てに至ってはならない暴挙へと堕ちていこうとしている。
「ラニアはあたしを女神の使者だからって慕ってる……と言うか執着してる部分があった。本人も言ってたけど、彼女は女神の再臨を望んでる。だからあたしに女神の封印を解かせようとしてた」
「んなら、なんで晶子を邪魔すんだよ? あいつ的にお前は味方って解釈なんだろ?」
アルベートの言葉に、晶子は緩く首を振った。
「アルベート、今ここにもう一人、重要な人がいるでしょ?」
「重要……? あ、鑪か!!」
名を呼ばれた本人も、その意味が分かっているのだろう。
「我が女神を封じた者の一人であるから、であるな」
「なるほどな。鑪と親し気にしてる晶子は、ラニアからすれば裏切者。だからこうして妨害工作を仕掛けて来てるって訳か」
「まあ、それも鑪さんのおかげで大した障害にもならなくなってるけどね」
晶子はそう返すと、再び中枢へ向けて走り出す。
「ここまで酷い影響を受けたのは、きっと中枢が目と鼻の先だからね」
「ちょっとでも足止めしようって魂胆か。ま、でも大した距離でもなかったしな! さっさと突撃して、ラニアの悪事を止めようぜ!!」
意気揚々と足を速めたアルベートに、晶子と鑪が顔を見合わせて苦笑した。
「戦闘能力は無いのに、なんで特攻隊長みたいな事言ってんだか」
「気持ちは我等と一つ、という事なのではないか?」
「あ~……あの人、なんだかんだ寂しがりだからありえそう」
「おいコラ!! 聞こえてるんだよ!!」
いつもの緩いやり取りに緊迫した空気がふっと緩み、晶子の心に少しだけ余裕が生まれる。
(緊張感を持つのは悪くないけど、全く余裕が無いのも駄目よね。とにかく、こっからの展開は全く予想できないんだから、この余裕を大切にしないと)
そんな事を考えている内に、晶子達は中枢へ続く壁の前へと辿り着いていた。
「お? ここにこんな壁あったか?」
「ん? あぁ、そうなの。この壁で中枢への道を隠してて……あ」
が、ここである事を思い出す。
「やっべ、今の今までこの壁あたし開けた事ねぇわ」
「はぁ!?」
そう、これまで晶子はこの壁を開いた事がない。では今までどうやってゼファーに会っていたかと言えば、単純に中にいる彼女に呼びかけて招き入れてもらっていたのだ。
(ゼファーちゃんは施設の皆にとって重要な存在なんだから、不用心に壁を開いて部屋に人を入れちゃいけないって懇々と教え込んだんだっけ。あたしが来たときは外から声をかけるから、ちゃんとあたし本人が来たかどうかを確認してから開けてって言ったんだわ)
施設のセキュリティはかなり高水準ではあるのだが、いかんせん当の本人であるゼファーに防犯意識が皆無すぎた。
長年自身や施設を脅かす存在もいなかったためある意味仕方が無いのかもしれないが、これは不味いと思った晶子が四苦八苦しながら意識改革を行ったのである。
(まぁ結局? 内部犯の犯行なのであまり意味はありませんでしたけどね!! ちくせう!!)
「どうすんだよ!?」
「そんなもん、こうするに決まってんでしょ!!」
言うより速いか、晶子は腰元に下げていた大太刀を抜いて刀身にマナを込めると、壁へ向かって強烈な一閃をした。
「斬魔!!」
横真一文字に斬り裂かれた壁はビリビリと火花を散らしながらショートしたかと思うと、壁は支えをなくしかたのようにして、文字通り跡形もなく崩れ落ちていった。
途端、ぽっかり空いた穴の奥から鼻がもげそうな異臭を放つ淀みが溢れ出し、晶子は咄嗟に鼻を塞いだ。
「おっええええええぇぇぇ!? にゃにこにょ、ほぁ!? こりぇまじぇじぇいちばんくしゃいんでしゅけど!?」
「ぐっ、あまりの悪臭に、頭痛が……っ」
全身がこの先に行くことを拒否しているのを感じてギョッとする晶子に対し、鑪は濃厚な淀みの圧に当てられたのか頭を抱えてしまう。
「お、おいおい大丈夫か!?」
「ありゅべーとはへいきなの??」
「俺様は咄嗟に嗅覚器官を切ったからよ……」
「しょのかりゃだがうりゃやましいわぁ」
「同じく」
(そんな便利な機能持ってんの!? かぁーっ!! ずるい!! てか、このままじゃ中枢に入れないじゃないの)
アルベートが持つ機能を羨ましく思いつつ、晶子は一度大きく息を吸うと、ぐっと息を止めて集中するために目を閉じる。
大太刀を握る左手を腕ごとグッと引き絞って突きの構えになると、右手を刀身に翳す。刀身へと再び流し込んだマナを薄い風の層のようにして纏わせる。
「突風弾!!」
(低威力バージョン!!)
心の中で狙いを定めていた晶子が勢いよく大太刀を突き出せば、刀身から弾き出されるようにして風の弾丸が放出される。
弾丸は淀みに満たされた狭い通路の中央を真っ直ぐに貫き、数秒後には最奥からドゴンッという音が響き渡った。
「ひゅ~! 風の弾で淀みを吹き飛ばすたぁ考えたな!」
「感心してる場合じゃないよ。早く行かないと、また淀みが溜まる」
晶子の言う通り、一時的に通路に充満していた淀みは綺麗さっぱり消え失せてはいた者の、奥からまた少量の淀みが流れだしてきていた。
この事からも、元凶たる存在が中枢の中に入り込んでいるのは明らかだろう。
一時武器を鞘に納めると、晶子は走り出す。どうか間に合ってほしい、間に合えと願いながら。
そうして弾丸によって開かれた中枢の入口を抜けた晶子が目にしたのは——。
「——あぁ、晶子サマでしタか」
部屋の中央、本来ならばゼファーが取り付けられているはずの玉座に接続したラニアが、全身をケーブル塗れにしながら不敵な笑みを浮かべている姿だった。
「ラニア……!」
「でモ、もはヤ手遅れナのです。私の願イは、間もなク達成さレルのでスかラ!! Ahhahhhahahahahahahahahahah!!」
正気を失って高笑いをするラニアの声は、何重にも無理矢理編集されたように歪み、体を動かす度に淀みが溢れ出す。
思わず顔を顰めた晶子は、彼女の傍に倒れ伏す人影に気が付いて声を荒げた。
「ハーミーズ! ゼファーちゃん!!」
距離がある為に正確な安否は分からないが、少なくともゼファーは機能を停止しているように見える。
駆けだそうとした晶子の前に、突然ケーブルが叩きつけられて咄嗟に後退る。
「サぁ、晶子サま。共に世界ヲ女神様の御手に戻シ、愚カな人々を服従させまショウ。女神さマと我々で世界を管理すレば、愚かな人々は今度コソ安寧に、平和ニ、そシテ害サレる事無く生きテイけるノです」
ラニアは晶子に向かって、手を差し伸べてくる。それは晶子がこの手を取ると確信しているようにも見え、余計に眉間に皺を寄せてしまった。
「本当に、そんな世界で人々が幸せに暮らせると思ってるの?」
晶子の問いかけに、ラニアは何を当たり前の事をと言いたげに首を傾げた。
「当然デス。人は自由があルカら、他者を貶メルのデス。嬲り、暴虐を尽クスのデす。辱め、無辜の命ヲ殺すノでス。ナラバ、そんナ愚かな生キ物は管理さレテ当然ではアりマセんか? ソうすレば、誰モガ傷つカず、幸福に暮らせルト思いマせンカ?」
「自由があるからそうなる訳じゃ無い」
「人は弱イ。どれだけ高潔な賢人た英雄であってもやがては摩耗し、周囲に不幸をまき散らす者になる。そウなラナいようニ初めカら管理・統制しテいレバ、命は無駄ニナらず、悪しキも生まれナい」
「弱い心を持つ者がいる一方で、強い意志を持つ人がいる。誰かを救い、助け、守ろうと奮闘する人達がいる。彼らは決して管理されたから他者を救う訳じゃ無い。統制されているから助ける訳じゃ無い。自由であるからこそ、守り誰かの為に立ち上がろうとするのよ」
「ならばナゼ、私ノ愛スる人達ハ死んだ!! なぜ誰モ助けテクれナかっタ!! 私の愛すル者を奪ウ世界なド、全テ跡形モナく壊しテシまえバ良い!!」
(ラニア……)
彼女の返答に、晶子は直感してしまった。どれだけ言葉を尽くそうとも、もう二度と、ラニアには届く事はないのだと。
管理をする事で世界を良くすると言ったかと思えば、己の愛する者を奪う世界は壊せばいい。矛盾し相反する言葉の羅列は、既にラニアがまともな思考を失い、淀みに堕ちて狂っている事をまざまざと証明していた。
「……悪いけど、私はその手を取らないよ」
「なぜ? ナゼ? なぜナゼ何故naze??」
差し出された手を払いのけた晶子に、ラニアが狼狽えたようになぜを繰り返す。
「あたしは確かに女神の使者よ。彼女から直々に役目を与えられて、この世界にやって来た。けれど、女神があたしに言ったのは世界を再び管理下になんて事じゃない」
真っ暗な聖域の中で告げる女神の言葉を思い出し、晶子はキッとラニアを睨みつける。
「女神は、この世界を救ってほしいと言っていた。壊れかけ、歪みによって失われかけている世界を救えって。彼女は世界を愛している。どんなに理不尽と不条理が溢れていようと、必ず希望を灯す火は存在する。彼女はあたしに、その火を託してくれたのよ」
異世界に来た当初、晶子はWtRs好きが高じて夢を見ているのだと思っていた。肌を撫ぜる風の感触も、自身を呼ぶ見知らぬ推しの声に対しても深く考えず、ただただそうなのだと決めつけていた。
その結果、もしかしたら救えたかも知れない命をむざむざと死なせてしまい、彼は人としての在り方を失った。
(現実的じゃない、これは夢だって思うのは仕方ない。だって、あたしが生きて来た世界には、魔法も魔物も存在しない。人間以外の知的種族もいない、そんな世界だったから)
だからこそ女神から役目を与えられた時、今度こそ救うのだと決意した。失われるかもしれない未来がある人々を救い、決して見捨てないと。
(……時々、『プレイヤー』時代のあたしが密かに顔を出す。どこをどう切り捨てれば最短で攻略できるのか、そんな事を考えてしまう時がある。でも、ここじゃそんな考えは無意味だ。だって、ここは現実で、ゲームじゃない)
唆され引き裂かれ、危うく崩壊してしまう家族があった。失われた片割れを取り戻すために、己を含めた一族全てを葬ろうとした弟がいた。
そして今、愛する人々を奪った者達へ復讐する為に、世界を改悪しようとする者が目の前にいる。
自身の真の目的は『推しを幸せにする事』。世界を救う事は、そのついででしかない。
「あたしは、あたしの望みの為に世界を救うの。あたしが愛した人達が幸せになる為に、悲しい結末を迎えない為に! ラニア、貴女のやり方をあたしは認めない!!」
その言葉と共に晶子は大太刀を鞘から抜き、未だ差し出されたままの腕を斬り払った。ラニアは一瞬何が起きたのか理解できない様子だったが、数度瞬きを繰り返した後、怒りに顔を歪めて言った。
「なラば、死ネェェェエエエエエ!!」
ラニアの叫びと共に、中枢の部屋のあちこちからケーブルが飛び出してくる。真っ直ぐにこちらへ向かって来るそれを晶子はひらりと躱すと、白刃を翻して斬り落としていった。
次回更新は、9/18(金)予定です。




