(無事でいて、ゼファーちゃんっ!)
「おいおい、勿体ぶってないで内容を教えてくれよ」
全てを察した表情を浮かべる晶子にそう催促したのはアルベートだった。
「これだけ追っかけさせられたんだから、俺様にも知る権利はあるだろ?」
「それを言うなら、上の取り巻き達を足止めしたり、吹っ飛ばされた晶子を助けた僕もそうだよね♪」
「ならば我も同じく、何が起きているのか詳細を知るべきであろう」
「そんなに言わなくても、ちゃんと説明するって……」
次々と言い募る男達に、晶子は思わず苦笑する。それだけ、彼らも今回の事件の全貌を知りたいと思っているのだろう。
「まずは……『はじめに——この本は決して誰の目にも留まってはいけない』」
晶子は三人に向き直ると、本の表紙を開いて最初に目にするページ。本来なら目次があるであろうそこには、刻みつけるような筆圧で言い聞かせるような文言が記されていた。
「『なぜならここに書かれる内容は、私から全てを奪っていった者達への復讐の為に行う事なのだから。私は決して奴等を許さない。両親にも愛されず、ごみ溜めに捨てられたまだ齢僅か五歳程の私を拾い上げ、心の空虚にありとあらゆるものを詰め込んでくれたあの人達……シヤカとロータスを殺して、彼女達が築き上げて来た全てを奪っていったあいつらを。誰一人逃がしはしない』」
「こりゃ、恨みがふけーな……」
文字だけでも書き手の憎しみが伝わってくるようなそれに、アルベートが冷や汗を拭くような動作をする。
「それだけ、この奴等ってのは書き手の大事な人達を貶めたって事でしょ。ほんっと、ここ読むだけでも胸糞悪い」
裏まで後が残ってしまうのではないかと思う程に強く深く書かれた文字をなぞりながら、晶子は嫌悪を露わにする。他の二人も思う所があるようで、鑪は触覚をゆっくりと揺らし、ハーミーズは眉間に皺を寄せて顔を顰めていた。
「『幼い私には、奴等をどうにかする力は無い。けれど、私には知恵がある。奴等が望むものを生み出せるだけの才能と賢さがある。そして私は思い出した。花のように笑う御方の事を。その記憶が私に天啓をもたらした』」
(やっぱり、この日記を書いたのは……)
「……『今日、私は私という子供を殺す。これからは奴等が望む、物わかりのよい、無垢で利用価値の高い子供として生きるのだ。どんな理不尽にあおうと、どれだけの苦痛に苛まれようと、奴等に復讐を遂げるその瞬間まで、愚者の仮面を被り続けよう。これはその決意の証。誰にも知られず死んだ少女の心。私へ送る、私の為の遺書』……」
そう締めくくられたページを捲れば、本の内容は一気に事務的なものへと様変わりする。
「『実験カルテ1。実験体OM35。名称:オーヴィス・ミジェラ。成人男性、年齢35歳。施設内装置の点検中に誤作動を起こした魔道具に巻き込まれ人体の一部を破損。その後しばらくの間はギプスなどで固定し生活していたが、不自由な体の動きに耐え切れず変換手術を希望。術後、激しい拒絶反応あり。容態が思わしくなく間もなく死亡。なお、誤作動を起こした魔道具は速やかに処分された』……ね」
「こいつぁ……最初に行われた実験結果か?」
淡々と読み上げた晶子に、アルベートが嫌悪感を露わにしながら尋ねてくる。
「多分ね。何々……『変換計画の前段階として、まずは大まかな人体構造と体の魔道具化に対する副反応を見る事にした。予想していた通り、一般的な術式を使っての有機物と無機物の融合では体が拒絶反応を起こしてしまい、一日どころか半日も持たなかった。この事を鑑みて、二人目以降の被験者には都度違った観点からアプローチを行い、完全なる適合を目指す』」
(なるほど、この人はあくまでも実験を行う為のテストだったって訳か)
最初の一人を皮切りに、老若男女問わずありとあらゆる年代の人々が実験体として利用されていたようだ。
その内容は基本的に丁寧に相手の患部を処置するものばかりであったが、時折挟まれるようにしてかなり杜撰な実験内容も含まれていた。
(実験カルテ12。実験体MV48。本名ムース・ヴィリス。成人男性、48歳。元研究員にして三代目亡き後、32歳の若さでアクラニャー研究所の四代目所長へ就任。しかし、度重なる部下への暴言や不遜な態度故に嫌われており、結果として就任僅か三日にして下剋上が発生。研究所の秩序を乱した存在であるという結論にいたり、当実験における新たな被検体として抜擢される。体の八割を魔道具へと置換。激痛を伴う拒絶反応有。今回は意識がある状態で変換を行った場合、脳にどのような反応があるのか気になったので、生きたまま身体各所を解剖・改造する事にした。が、自身の体を開かれているところが思いの外ショックだったらしく、数時間もしない内に気が狂ってしまい、まともなデータは取れず。しかたないので、最後は脳みそを引き抜いて腹の中に詰め込み廃棄する……いや想像以上にえっぐい!! どんなスプラッター映画よりもグロイわ!!)
かなり事細かに抱えれていた内容に、晶子はえずきそうになるのをぐっとこらえる。
(というか、心を殺して淡々と作業してるようだったのに、ここだけ急に感情的な行動するじゃん……やっぱ怨み辛みを抱いてる相手に我慢は出来なかった感じかな?)
「晶子、大丈夫か? 何やら顔色が優れぬようだが」
「うっ……んん、すいません。ちょっと、いや大分キツイ内容だったので……」
「うげぇ……よくこんな淡々と解剖記録なんか書き込めるな……しかもこのページ、ここにある沁みって……」
晶子の後ろから本を覗き込んでいたハーミーズが、ページに薄っすら残っている赤黒い後を指さした。
みなまで言わずとも、この場にいる全員がその正体に気が付いている。ページの内容からしても、どう考えてもそうとしか言えないだろう。
「言わなくても分かるから言わないで」
(しんどいわ……んん? ちょっと待てよ、『三代目亡き後』、『四代目所長に就任』……?)
ふいに、書かれた文言に引っ掛かりを覚えた晶子。今し方読んでいたカルテに再度目を通していると、その違和感に合点がいった。
晶子はこの本の書き手が十三代目所長であると思っている。
実験内容からしてあまりにも非人道的なそれは、噂に違わぬ狂人っぷりを嫌という程に表している。
なにより、前にゼファーの所へ忍び込んだ際に見つけた実験記録と内容が似通っているのが最も大きな要素であった。
(え、十三代目がこれを書いたとして、このカルテが四代目で、こっちが五代目でしょ? それ以外にの歴代所長達が実験体として登場してるものもある。んでもって、十代目を被検体にした時点で『最初の実験から早十三年』、冒頭の時点で『齢僅か五歳程の』……え、十三代目若くない?)
冒頭の前書きにあった『幼い私』という部分。字面だけで見るなら実力不足で未熟な己の事を言っているようにも聞こえるが、これがそもそも本人の年齢的な幼さを示唆していたのだとしたら。
(単純計算して本を書き始めたのが十代くらいだと仮定して……二十代後半くらいってところか? あたしてっきり、十三代目は髭面のおっさんだとばかり……)
「にしてもすげーな……それあれか? 実験してる真横で書いてた感じか?」
聞こえて来たアルベートの問いかけに、晶子の意識が現実に引き戻される。
「ん? あぁ、うん、そう考えるのが妥当じゃない? この辺とか、手についたインクに気付かずに引き延ばしちゃった時みたくなってるし」
「その後にも何人かの実権記録が書かれておるが、どの人物もまともに生き長らえておらんな。最長で……一週間程度、か?」
「ねぇ、拒絶反応ってどういう意味? 何を拒絶したの?」
首を傾げて尋ねてくるハーミーズに一瞬戸惑うも、ここが異世界だと思い出し、知らなくても可笑しくは無いかと一人で納得する。
「まず前提として、ここで書かれてる変換手術っていうのは恐らく、使い物にならなくなった四肢を切断して、機械で出来た義手や義足を付けるって事だと思ってね。で、そうして代わりの手足を装着するまでは良いんだけど、人によったら体質的に金属を触れないとか、諸々の症状が出たりするのよ。それって体が装着された義手義足を異物だと思って反応しちゃうからなんだけど、場合によっては命を落とすくらい危うい時もあるの」
(こ、こんな感じで伝わる? 伝わった?? アレルギーの説明とかした事ないから合ってるのかも分かんないけど、こんな感じであってたよね!?)
内心きちんとした説明が出来ているのか不安になりつつ晶子が返事を待っていれば、ハーミーズは何とか理解しようとしているようで、黙り込んでしまった。
「あーっと、体の免疫組織……で分かるかな?」
「免疫……えっと、風邪とかの病気の元になってるやつをやっつける機能だよね?」
「そうそう! それが過剰反応して、自分の体を痛めつけてるって思ってもらえれば良いかも」
「自分で、自分を……」
完全に理解したとは言えないまでも、自分なりの落としどころは見つけたらしい。
「ちゃんと回答になってると良いんだけど」
「うーん、完璧に分かった! とは言えないけど、何となくは、かな」
「まあ、そこは今それほど重要じゃないから、変換手術をした後にこういう副反応があったんだ~って思っててくれればいいよ」
そう、このカルテにおいて重要なのはそこではない。
「んなら、どこがどう重要だってんだ?」
「順番にいこうか」
肩を竦めて意味が分からないと言いたげなアルベートにも分かるよう、晶子は部屋の奥にある机の上に本を広げながら、カルテの一番初めの部分を指さした。
「まず一つ目、実験体の名称と被験者の名前。アルベート達にはまだ言ってなかったんだけど、実はここの魔道具達にはそれぞれ製造番号みたいなのが振られてるの」
晶子は手近にあった紙を手元に持ってくると、そこに研究所の魔道具達に刻まれている二種類の文字列を書き込んだ。
「この『A-Orphanage No.○○』って方、あっ、丸の所は数字ね? これは初代から十二代目までの所長が作り出した魔道具達に刻まれてるやつ。こっちの刻印がある魔道具達は、どちらかと言えば人外よりの見た目をしてて、用途も日常のちょっとした雑務をこなすとか、ちょっと生活が便利になるな~程度の能力を持ってる魔道具ばかり」
初代が子供だけでなく孤独な人々を受け入れた事で規模を増して行ったが、アクラニャー研究所は元々孤児院である。
そして、大小様々な理由を持ってここに集められた者達の更なる助けになるように、という初代の想いから作られたのが魔道具達の始まりだ。
(そういう理由もあって、『A-Orphanage No.○○』とある者達は一様に日常生活を豊かにするような機能・性能を保持してる個体が殆どなのよね)
「で、問題はこっち。『AF-◇◇○○』。四角の部分にはアルファベットが二文字入って、後ろの丸が数字ね」
「晶子の口ぶり的に、こいつらの方は姿形も人型形態に近くて、体中に日常とは関係ない……ぱっと思い浮かんだもんでいうなら、武装とかが仕込まれてるってところか?」
「御名答!」
答えを当てたアルベートに向かって、晶子は一人拍手をして称えた。
「この本を読めば分かると思うけど、武装が仕組まれてる——長いから武装型って呼ぶわ——武装型の魔道具達に刻まれている製造番号と、実験に利用された被験者達のカルテにあるナンバーは同じ形の物が使われている。恐らく、この実験ナンバーがそのまま製造番号に転用されてるんだと思う」
晶子がひっそりとハーミーズに視線をやれば、彼は口元を引き結んだまま硬い表情をしていた。
(研究所を五百年前に壊滅させたのはハーミーズだし、実験内容も覚えてるみたいね。もしかしたら、当時実験を行っている最中の現場を目の当たりにしたのかも)
まるで一片の文字も見落さんと言わんばかりに、ハーミーズは非道な実験の詳細が書かれた本の中身から目を離さない。
なんなら机に置かれた本を手に取ると、一人でページを次々に捲りだした。時折「違う」「あの子じゃない」「彼でもない」と呟く当たり、かつて施設で共に暮らしていたと言う仲間の事を探しているのだろう。
(そっか、ハーミーズは仲間達と共に自由を求め、結果として一人だけ生き延びたって言ってた。それって裏を返せば、仲間の誰かしらは実験の犠牲になってる可能性もあるわけで……)
恐らくではあるが、ハーミーズは未だに同胞達が辿ったであろう最期を受け入れられないのだろう。どれだけの年月が過ぎようと、彼にとってその出来事はつい昨日の事のように感じられるに違いない。
だからこそ、人体実験を主導していた人物の手記を読み漁り、仲間達が生きて施設を抜け出したのだと思いたいのだ、と。
(あたしは、その彼らの事を全く知らない。元の世界でも、彼らの情報は何もなかったから……だからきっと)
晶子がそんな事を考えていた時、とあるページでハーミーズの手が止まった。大きく目を見開いて唇を戦慄かせる様子から、嫌な予測が的中してしまったのだろう。
ハーミーズは腫物を触るようにしてページに書き込まれた名前をなぞると、徐に晶子に問いかけて来た。
「ねぇ、晶子。この手記、書いたのは————十三代目だよね?」
「……そうだね、そうだと思うよ」
絞り出すような声に是と返せば、ハーミーズは本から顔を上げる事無く、一言「そっか」と零した。
それきり何も言わなくなってしまったハーミーズに、なんと声をかければ良いか晶子は迷う。
ありきたりな慰めは今の彼には逆効果になる事も分かっているため、不用意に言葉をかけるわけにもいかない。
(ど、どうしよう……お悔みを申し上げる? いやこの世界に現代文化でお悔みをいった所でだろう……)
「ふぅむ……つまりこの手記を書いた者と、かつてこの施設で悪逆非道の限りを尽くしていた者は同一人物である、という事で合っておるか?」
(救世主!!)
困り果てていた晶子の気配を察したのか、差し伸べられた鑪の救いの手に、晶子はここ最近の中で一番ときめいた。
(本当に鑪さんそう言うところやで!! さらっとスマートに助け舟を出してくれるとか、マジでそこだけは感謝しかないわ。まだ色々許してないけど)
「鑪さんも正解!」
鑪の言葉に頷いた晶子がハーミーズから本を返してもらって開いたのは、最後方に近いページだった。
「『実験カルテ27。実験体・RA27歳。本名ラニア・アクラニャー。成人女性、27歳。アクラニャー魔道具研究所十三代目所長にして、旧時代から生き残っている人間、その最後の一人。数々の実験を繰り返し、試行錯誤を重ね……ついに私は、私自身を魔道具へと変換する。同時に、ラニア・アクラニャーという人間の存在が、この施設にいる全ての魔道具の中から削除される予定だ。十三代目として研究所を取り纏めてきたことで様々な事を知るに至ったが、同時にこの立場は私を縛る枷になってしまった。今後の計画の為にも、私の存在は跡形もなく消し去らなければならない。変換手術を行うのは、私を異様に慕うヴィンセントという男だ。彼は私の【人類は女神の手で管理されるべきである】と言う思想に感銘を受けたと言い、以来ずっと右腕として傍にいた。しかし、こいつも結局は他の奴等と同じだった。金に目が眩み、何体かの魔道具を秘密裏に売買していたのだ。よって変換手術完了後、速やかに処分する予定である』」
(このヴィンセントって男、もしかしてヴィクティムになる予定だった人か?)
突如出て来た見知らぬ男の存在に、晶子はハッとした。仮にそうなのであれば、何時まで経ってもヴィクティムが登場しないのも当然というもの。
(魔道具になってすぐのラニアに殺されてるんだから、そら出てこんわ。というかラニア、まぁ~じで容赦ないな……)
自身の右腕たる人物を躊躇なく殺したらしいラニアの過激な行動に、無意識に眉間に皺が寄る。
「『魔道具への変換は無事に完了した。今の私は、もう何も出来なかった頃の無力な子供ではない。自在に言葉を操って人々を惑わせ、己の支配下の元に新たな世界を創り出す。かの御方が人々を管理したように、私も自己中心的で他人を思いやる事も無く、ただただ己の欲望のままに全てを貪ろうとする人類を支配するのだ。そうすればきっと、シヤカとロータスのような——母と姉のような優しい人達が、優しいままであれる世界を作れるはずだから』」
「……このラニアって嬢ちゃんは、殺された母ちゃんと姉ちゃんの為にこんな暴走染みた事をしてんのか」
最後に書き記された文言に、一人息子を持つアルベートが複雑な表情を浮かべていた。
「彼女にとって、絶望の淵にいる自分を救ってくれた二人は何よりも大切な宝物だった。そんな人達を奪い、私腹を肥やしている奴等がのうのうと生きているのが耐えられ無かったのよ」
「なるほど……手記の中で幾人かえらく惨い扱いを受けておるなと思うたが——」
「多分、二人を殺した関係者だと思う」
憎い相手を嬲れるのだから、なおさら力が入ったのだろう。
「それと、もいっこ重要なやつがある。『MY DEAR MEMORY』……研究所のコアを担ってるゼファーちゃんの項に刻まれた言葉よ」
「『MY DEAR MEMORY』……? 私の愛しき記憶、か?」
自身と同じ解釈をしたアルベートに頷き返すと、晶子はラニアの実験カルテよりも後ろ、一番最後のページを開く。
「『死者回帰計画最終段階。対象名シヤカ・アクラニャー。成人女性、享年34歳。対象名ロータス。メイド型魔道具、享年22年。いよいよこの時が来た。媚びに媚びを売って保存させていた二人の遺体を使って、特別な魔道具を作り上げる。本当は二人をそれぞれ生き返らせたかったけど、いくら天才の私であっても、死者を蘇生させる事は叶わないようだ。だからせめて、二人の記憶や感情を持った魔道具を生み出して、共に世界の管理を使用と思った。これでまた、家族三人で……』」
回帰計画と銘打たれた最後の計画書。ラニアが綴ったであろう短い日記のような文章は不自然に途切れ、数行の空白を置いて殴り書きがされていた。
「『何もかも順調だった。けれど、どうして? 出来上がったのは、到底二人には及ばぬ出来損ない。見た目も、性格も、嗜好も、何もかもがあの人達と違う。こんな物を創り出したなんて信じたくなくて、魔道具から創造者の記憶を削除した。……なんで? どうしてなの? 何を間違えたの? 計算式にも間違いは無かったはずなのに……!!』」
後ろにいくほどキツくなっていく筆圧から、彼女の苛立ちは相当なものだったのだろうと推測できる。
「……こんなに苛立つくらい、ラニアは母と姉と慕う二人との再会を夢に見ていたんだね」
「しかし、いくら遺体を使って作り上げたとて、それは元の二人にあらず」
「うん。だからラニアは魔道具を……ゼファーちゃんを破棄しようとした」
けれども、出来なかった。愛しい家族の亡骸を使って生み出したという理由もあるだろうが、何よりも大きかったのはゼファーの言動だろう。
「『——すぐに廃棄する予定だった。けれど、私には出来なかった。あの子……ゼファーと名付けた彼女は、全くと言って良いくらい二人とは似ていない。けれど、時折見せる仕草が、表情が……私を愛おし気に呼ぶその声が、どうしてだかあの人達と同じに聞こえる。結局、私はあの子を捨てられなかった。けれど、どこかに行ってしまう事にも耐えられず、あの子を施設の中核として縛り付けた。……これでは、母達を都合よく使っていたあの男達と何一つ変わらないのでは無いか。そう問いかけても誰も答えてはくれない。——ねぇ、ママ、おねぇちゃん……私は、どうすれば良かったの?』……ずっと、傍にいたんだね」
創造主に会いたいと言っていたゼファーの願い。それは本人も意図しない内に叶っていた。当の本人がずっとそばにいたのだから
(……ラニアに会わなきゃ。会って、話をしないと)
晶子がそう考えていた時だった。
——ゴゴゴゴゴッ
突然、地鳴りと共に足元が大きく揺れ始め、部屋中の壁や床がミシミシと軋み始める。
「うわぁ!? ななな、なんだ!? 何が起きてんだ!?」
咄嗟に近くにいた晶子の足にしがみ付いたアルベートが、忙しなく周囲を見回して叫ぶ。それに答えを返したのは、ふらついた晶子を支えながら触角を動かしていた鑪だった。
「下層の方から、何やら膨大なエネルギーが流出しておるようだ。大本は……中枢、か?」
「!! ゼファー!!」
鑪の言葉を聞き、ハーミーズは我先にと下層を目指して部屋を飛び出して行った。
「あちょ、ハーミーズ!! 一人は危険だって!! ……っもう! 人の話を聞かないんだから!!」
あっという間に姿が見えなくなってしまったハーミーズに呆れながら、晶子はいつの間にか机の下で怯え縮こまっている天使型の魔道具に優しく声をかける。
「動けそう? 怖い? ……そっか」
(完全に怯えてる。この状態で無理矢理連れていくのは危険すぎるな……)
「無理に動かなくていいよ。ここはきっと安全なはずだから。でももし動けそうなら、他の人達が集まってるところまで行きなさい。いいね?」
心苦しい気持ちはあったが、今は事態の把握と解決が最優先だ。なんとか頷いた魔道具に笑いかけて頭部をそっと撫でると、晶子は鑪とアルベートに向き直った。
「走ります!」
「承知」
「あいよ!」
短い応答ののち、晶子達は走り出す。目指すは研究所最下層の中枢。研究所のあらゆる動力を担うゼファーのいる所だ。
(無事でいて、ゼファーちゃんっ!)
そう強く祈りながら、晶子は頭の中で中枢への最短ルートをはじき出すのだった。
次回更新は、9/4(金)予定です。




