「……禍々しくね?」
※ 公開設定をミスしておりました。申し訳ございません。
※ 誤字修正と一部台詞を書き直しました。
「斬魔!」
迫りくる鈍色のケーブル達を切り捨てながら、晶子は果敢にもラニアの膝元にまで潜り込んでいく。
「ハーミーズ! 起きろ、ハーミーズ!!」
(……駄目だっ、声が届いてない!)
倒れたまま気を失っている様子のハーミーズを起こそうと声をかけ続けるも、彼はピクリとも動かない。
(くそっ、なんとか二人を回収しないと……)
その傍らに倒れ伏しているゼファー共々回収したいところだが、ラニアの猛攻が邪魔をする。大太刀の刃が閃く毎に各ケーブルは短くなっていくものの、次から次へと新たなものが現れてきりがない。
どうするかと考えていた時、背後から迫っていた数本のケーブルが、一太刀で斬り落とされた。
「すまぬ、遅くなった」
「鑪さん! 何かありました?」
晶子と背中合わせになった鑪に問いかければ、彼は今しがた入って来たばかりの通路を睨みつけながら言った。
「晶子が部屋に向かってすぐ、我とアルベートも通路を通って後を追おうとしたのであるが、壁の中から鈍色の触手が伸びてきおってな。こちらを攻撃して来た故、対処に手間がかかってしもうた」
ラニアだ、と晶子は察した。ラニアが己を通し、鑪達を始末しようとしたのだろうと。ゼファーの役割を奪い成り代わったラニアなら朝飯前だろう。
「アルベートは?」
「あやつならそこだ」
そう言って鑪が顎で示したのは、ハーミーズ達のすぐそば。確かにいつの間にかアルベートがハーミーズの傍らにいて、何か話しかけているようだった。
「おぉ、流石」
「それより、一体何事だ?」
「簡単に言うと、ラニアがゼファーちゃんの役割を乗っ取って、今この施設は彼女の思うままって事で、す、ね!」
迫って来たケーブルを斬り落とし、もう一本の攻撃を避ける為に右手に転がった。鑪もその場を飛び退くと、追って来たケーブルを剣技だけで処理していく。
「ふむ……つまり、最悪な事態が起きている、と」
「そう言う事!!」
斬っては躱し、また斬って……しかし、一向に相手の手数が減る様子がない。
(こんなにどこからケーブル持ってきてるわけ!? ……まさか)
「鑪さん! このケーブル……鈍色の触手、斬らない方が良いかもしれません!」
「む、何ゆえ」
「多分これ、この施設を動かす為の血管です! それをどっかから持ってきて、武器代わりにして使ってる! 下手に斬り落とすと、この施設の動力やらが一気に失われて墜落するかも!!」
現に、晶子と鑪がケーブルを斬る度、どこかでビーッビーッというアラート音が聞こえて来ていた。
恐らく、情報伝達が急に遮断された事でエラーを起こしているのだろう。
「ではどうする?」
「そ、れは……っ」
正直なところ、今の晶子達の状態はいわゆる“詰み”というやつであった。
ケーブルを斬ってラニアを倒せば、この施設は心臓部位を失い瞬く間に墜落する。しかし、かと言ってこのまま戦い続けても勝機はない。
ゼファーを元に戻すにも、肝心のゼファー自身が生きているのかそれとも機能の完全停止をしてしまっているかも分からない。
(とりあえず、アルベート! 聞こえる!? ゼファーちゃんの容態はどう!?)
(おう、聞こえてんぜ! ゼファーは……ハッキリ言って、これはもう駄目だ)
背筋に冷たいものが流れた。
(だ、めって、どう言う事……)
(腰から下、飛び出してるケーブルが酷い事になってやがる。多分、そこの台座から引きずり下ろす為に、ラニアの野郎無理矢理引き千切ったんだ)
つまり、ラニアは施設全体を制御する権限を奪う為に、ゼファーを殺したと。
(……ゼファーちゃん、は……)
(まだ辛うじて、目の奥が明滅してる。ワンチャン意識を取り戻すかもしれねぇが……保護プロトコルやらがどう作用してるかによったら、記憶の初期化が起きてる可能性も……)
思考が真っ白になる。追撃してくるケーブルの猛攻を防がなくてはいけないのに、手が震えて、息が荒くなる。
「っうあ!?」
「晶子!!」
ドンッという衝撃と共に、晶子の体が吹き飛んだ。そのまま床を転がり、背中から壁に激突して止まる。
「っかは、なに、いま……」
「ゼファーのコと、気ニナるの? あノ子はモう不要なのヨ!」
甲高く、音割れした女の笑い声が室内に響き渡った。
「今ハわたシガ、この施設ノ統治者!! 誰も私ヲ止めラレない!!」
「ラニア……」
部屋の片隅に放り捨てられ、壁にぶち当たった体の痛みに耐えながら晶子は立ち上がる。
「どうして、ラニア。どうしてゼファーちゃんを壊したの? あの子は貴女にとって、大切な存在だったんじゃないの?」
「大切? あれハタだの失敗作、捨テるのガ惜しカッたかラ利用シテいたダけだ」
ぎりっと、拳を握った掌に爪が食い込む。
「貴女の日記、見させてもらった。これまでの貴女の……“ラニア・アクラニャー”が歩んで来た軌跡を」
「……ふフふっ。人の日記を覗き見るだなんて、晶子サマも悪い御方」
「茶化すな。あたしは真剣に——」
「そレヲ聞いたトころデ何にナる?」
ケーブルが再び襲い来る。晶子は何とかそれを大太刀で弾くと部屋の中を走りだした。
「貴女こそ! 大切な人から生み出したあの子を愛していたんじゃないの!? だから壊せなかったんじゃないの!?」
日記に記されていたゼファーに関する記録部分には、ラニアの冷酷さと共に、葛藤とも言えるものが混ざっていた。
それはゼファーが、ラニアの最愛の家族をベースとして作られたからに他ならないだろう。
「それが今になって、なんでこんな——ラニア!!」
「オマエに何ガ分かル!!!!」
晶子の進路を一本の太いケーブルが塞ぐ。それに二の足を踏んだ次の瞬間には、晶子の体は、四方から伸ばされたケーブルによって締め上げられていた。
「ぐっ……!」
(やば……辛うじて首には巻き付いてないけど、ワンチャン全身の骨折られるかもしれない……どうにか抜け出さないと)
「オマエのように、何不自由なク生きて来た者ガ、知ったヨウな口ヲ利くナ!!」
ぎちぎちと締め付け始めたケーブルに、晶子は何とか抜け出そうと藻掻く。しかし、当然金属製のそれを人の力で引き千切るなど出来る訳も無く、締め付けだけが強くなる一方。
「晶子! くっ、邪魔立てするな!」
「アナタの相手は後でしテアげル」
(こ、れは……あたしと鑪さん分断して、一人ずつ処理するつもりか……厄介だな)
晶子には、ラニアの戦闘力を察するだけの材料がない。WtRsであれば、この位置に収まっているのは、本来ゼファーの筈だ。
しかし、ラニアはそのゼファーから座を奪い取り、己の物として何かをしようとしている。その矛先が晶子達に向いている内はまだいい。
もし万が一住民達に被害が及ぶような事があれば、目も当てられない惨劇が始まるだろう。
(それだけは避けたい、最悪、あたしと鑪さんは何とでもなる。でも、戦う力のない一般人のいる施設を弄られたらどうにもできない。……ここはあたし達に意識を向けさせたままにしないと……)
晶子の脳が瞬時に現状を計算する。どうすればこの危機的状況を打破できるか——鍵はやはり、ゼファーだ。
だが、肝心のゼファーは起動する様子が全くない。それどころか、無理に座から引き離された影響もあって、記録プログラムなどにエラーが出ている可能性もある。
最悪なのは、ゼファー自身が二度と起動しない事だ。この施設の事を隅々まで分かっているのは、ゼファーを置いて他にいない。
もしかすると、ラニア以上かもしれないのだ。
(それだけ長い間、ここを守っていたとも、縛り付けられていたともとれるけどね)
それをどう思っていたかは、ゼファーにしか分からない。
(……アルベート、ゼファーちゃんと回線繋いで状態復帰までいかせれる? ラニアを倒すにしたって、そうなった時にメインコアの制御を担える存在がいないと厳しい)
(おう、やれるだけの事はやってみてやるよ!)
(お願い! ……よしっ)
「っ、ぐ……ラニア、貴女、この施設を、どうするつもりなの」
少しでも拘束を緩ませようと身を捩りながら、晶子はラニアに問いかけた。
今最も気になっている疑問。それは、ラニアがゼファーの代わりに座を乗っ取って、施設の主導権を奪った理由であった。
ラニアの目的は自身の最愛の家族を殺した者達へ復讐する事。そして、そんな心根の醜い人間達をかつての女神のように管理し、平等で誰も苦しまない世界すると言ったものだったはず。
それがなぜ、今になってゼファーから施設コアの役割を奪ったのか。
(そもそもゼファーちゃんに信頼されているラニアなら、わざわざその座を奪わなくても頼み込むだけで良かったはず。ゼファーちゃんなら喜んで手を貸しただろうし)
書斎で見つけた日記と研究日誌。そこにかかれていたゼファーの誕生秘話を見れば、ラニアがゼファーに対して並々ならぬ感情を抱いているのは想像に難くない。
実は晶子の次にゼファーへの訪問が多かったのもラニアである。小話やネタ話、ありとあらゆる事をゼファーに教えたのもラニアだったと言う。
つまり彼女は、最愛の身内を使って生み出した魔道具を愛していたはずなのだ。
ところが、現在のラニアはほぼ錯乱状態で座を奪い、ゼファーを床に打ち捨てている。
「アハハ! 女神様を呼ビ起コス為の装置ニスるノです! 女神様を封じテイる封印、ソの門を開ク為の鍵ニ!!」
「鍵? どうやって……」
その瞬間、建物の至る所から軋んだ音が鳴り響き、壁が、床が、天井が、ありとあらゆる部分が変化していく。
それはまるでおもちゃのロボットが変形するようで、でっぱりがひっこみ、くぼみにどこかが嵌る。
「なになになに!?」
「サア、女神サマ!! 御身をココに!!」
ラニアの言葉通り、巨大な鍵の形となった研究所が、天空で、何も見えない空に向かって数メートル動く。
次の瞬間、鍵先に何かが触れ、空に大きく亀裂が走った。施設が組み変わった事で外が丸見えになった中枢の部屋で、晶子はその光景を目に唖然としていた。
(こ、ここここ、こんな演出は無かったなぁあああああ!?!? てかホントに封印解ける? 解けるの?? あれ、でもなんか……)
「……禍々しくね?」
空に現れた大きな亀裂。それは、女神が封印されているにしてはえらく赤黒く、時折光の中で何かが脈打っているようだった。
晶子は瞬時に悟った。これは女神ではない、もっと別の——。
(……まじ?)
一つの推測が脳裏を過ぎったのとほぼ同時。亀裂の中から大小様々な目が、晶子を見ていた。
「っ————————!!」
目が合った。直感でそれを悟った晶子がこれまでにない馬鹿力で拘束していたケーブルを引き千切り、転がるようにしてその場から離脱した。
すると、何処からかともなく影で出来た槍のような物質が飛び出して、危うく顔を持っていかれかけた。
「こっわ!? こいつ何のためらいもなくあたしの顔持っていこうとしたみたいなんですけど!? 美少女顔になにして————」
晶子の鼻に、嗅ぎ慣れたくない異臭がひっかかる。それは——明らかに亀裂の方から垂れ流されていた。
「っ!! ラニア! 今すぐ封印を閉じろ!!」
「アァ、女神サマ!!」
もはや自分の世界に入り込んでいるせいで、晶子の言葉も届いていないようだった。それどころか、ラニア自身からも大量の淀みがまき散らされており、鼻がもげそうなほど。
「おい晶子! 淀みがえらい事になってねぇか!?」
「えらいどころじゃないわよ! あいつが——淀みの精霊がこっちを見てる!!」
そう晶子がアルベートに叫んだ瞬間、亀裂の奥にある目達が、にぃっと歪む。そして、亀裂を更に広げようと、穴の淵に沢山の黒い手が群がっているのが見えた。
「穴から、出て来ようとしてる……!」
「どうにか出来ぬか晶子」
「どうにかって言ったって、そもそもここからどうやって亀裂を修復すればいいのよ!」
亀裂のある位置まで、少なく見積もって凡そ数十キロ。風の浮遊魔法を使えばとべなくはないが、その状態で再編の力を使うなど、晶子には無理だった。
(考えろ考えろかんがえろ!! なにか、何か突破口があるはず!!)
流れ落ちる冷や汗を拭う事も忘れ、必死に頭を回転させている時だった。
「っ、晶子!! ゼファーの嬢ちゃんと回線つなげるぞ!!」
「……え!? あたし!?」
驚き狼狽えている間にアルベート経由でゼファーと精神回路が繋がる。そうして至高の中に、愛らしい声が響いてきた。
(晶子様!)
(ゼファーちゃん! 良かった……もう駄目かと……)
(ごめんなさい。晶子様、時間がありません。単刀直入に言います)
ゼファーが一つ深呼吸をして、晶子にこんな提案をした。
(ラニアを、倒してください)
「……は?」
晶子の思考が止まった。
(ちょ、っと待って……なに? ゼファーちゃん、どう言う事?)
(……今のラニアは、何者かによって精神侵食、いわば汚染されている状態です。ああなってしまうと、もう元には……)
精神侵食。それは、特定の魔物が持っている特殊な状態異常だ。
これにかかると常にバーサーカーモード+制御不能状態が付き、回復用アイテムか専用NPCによる除染を行わない限り取り除けない。
今のラニアは、正にその状態だと言う。
(あ、な、ならあたしが再編で……!!)
(……再編では、あれの根を完全に取り除けないんです。あの汚染の本質は、情報の書き換え。基盤となるものの性質を根本から変えてしまうものなのです)
つまり、ラニアから汚染を取り除きたいならば、除染用の回復アイテムか専用NPCを連れてこなければならない。
だが、どちらも今の晶子には無理があった。除染用のアイテムは今手元にない上、作るのに必要な材料も、設備もここにはない。
NPCの方も、残念ながらこんな雲の上にある施設に呼び寄せられる訳も無く……現状、詰み状態であった。
(ラニアを、倒して欲しいんです。壊すのではなく、ラニアと施設の繋がりを経ってください)
(……繋がりをって、それって中央の台座からラニアを遠ざけろって言ってる? でもそんな事したら、この施設が墜落しちゃう!!)
(そう、だから私がいる。ラニアを倒したら、もう一度私を、台座に繋いでください。……必ず、皆を守って着地して見せます)
強い意志の宿る声だった。
次回更新は、10/2(金)予定です。




