(……いや、流石にちょっと言い過ぎじゃない?)
寸分の狂いなく振り下ろされたケーブルを、晶子達はひらりと躱して四方に散る。
「それで! ここからのプランは?」
一人空中へと飛び上がったハーミーズが大声を張り上げ、晶子へ指示を仰いだ。更には上手く敵のヘイトを引きつけてくれているようで、全てのケーブルがハーミーズの方へ引きつけられていく。
(おぉ……三回宙返りしながら舌出して挑発、しかもお尻ぺんぺんって……いやぁ、ハーミーズったら滅茶苦茶に煽るじゃん)
どこか古いアニメを彷彿とさせる挑発に晶子は思わず苦笑した。
「さっき言った通り! アルベートが戻るまで時間稼いで! あ、でも施設が耐えられ無いかも知れないから、あんまり派手に魔法ぶっ放したりしないでね。程々に戦力削る感じでよろしく!」
「無茶苦茶な注文するじゃん……」
晶子から課された難題にそうぼやいたハーミーズだったが、その言葉とは裏腹に表情はどこか楽しげだ。
「ま、僕に出来ない事なんてないけどね♪」
ポロン、ポロンとハーミーズが竪琴を奏で始めればそよ風吹き始め、ハーミーズの事を包み込むように集まり始める。風はだんだんと勢いを増していき、遂には可視化出来るほどの暴風の塊へと変化した。
(うおぉおお!! あれはハーミーズと完全に敵対した時にしか見れない風のバリア!! 実物見れるとかマジ感激ぃ!!)
WtRsで使われていた魔法の一つを見る事が出来て、晶子は内心涙を流しそうなほどハイテンションになっていた。
(この魔法、ちょっと特殊な仕様になってたせいで、ゲーム中もそんなに見れなかったんだよね。でも見た目がまん丸でちょっと可愛いし、なによりエフェクトが良いから定期的に使ってるとこ見たくなのよ~!)
目をキラキラさせている晶子をよそに、取り巻き達が再びケーブルを持ち上げハーミーズに叩きつけようと振り被る。
しかし、晶子の胴回りよりも遥かに太いケーブルが風のバリアに触れた瞬間、バンッと音を立てて木っ端微塵に吹き飛んだ。
「まずは、邪魔な物を処理しちゃおうかな♪」
(まあこのバリア、バリバリに殺意高めな奴だから……敵対してなくて良かったってのが一番かなぁ……)
今ハーミーズを囲っている風のバリアは、カウンター型の魔法障壁である。WtRsではハーミーズを仲間にしてしまうと二度と見る事が出来ず、使用する事も出来ないのでかなり貴重な魔法として知られていた。
なおそのカウンター力といえば、受けた攻撃を約五倍にして返すというトンデモ威力を誇っており、不用意に大技を発動すると一瞬で壊滅させられると専らの有名だった。
(ほんっと、この世界ではハーミーズが味方に付いてくれて良かったわ……)
WtRsをやり始めでまだ右も左も分からなかった初心者時代、風のバリアによる初見殺しをバッチリと体験していた晶子は、思わず遠い目で思い返す。
風のバリアは発動時間がかなり短時間に設定されている。この魔法の対処法はハーミーズがバリアを発動させている間は攻撃をせずにやり過ごし、効果が切れたタイミングを見計らって攻撃をする事となっている。
当時、WtRsの二周目を始めて間もなかった晶子は、一週目で壊滅ルートを歩んでいたがために風のバリア魔法のこの仕様を知らなかった。
レベルを上げれば大体のバトルは何とかなる、壊滅ルートと違ってボスバトルが無いとの情報を鵜呑みにして意気揚々と和平ルートに進み——パーティーの全滅という敗北を味わう事に。
(あの時はなんでゲームオーバーになったのはまーじで分からんくって、終始頭にハテナ浮かべたまま寝たんだっけ。しかも次の日発覚したのが、バトル直前のセーブを忘れてたっていうね……おかげで各必須イベントやら先に回収を済ませてたアイテム・重要品をもう一回集め直すハメになって大変だったなぁ……)
壊滅ルートはシナリオが進むにつれて施設内が封鎖されていくという仕様上、後半になればなるほど行動範囲が限定されていく。その為、ある程度序盤で回収しておかなければ収拾できなくなるアイテムがいくつもあったのだ。
晶子は先に各マップを網羅し、隅々まで探索し終えてからシナリオを進めるタイプだったので一、二周目共に回収自体は済ませていた。
だがまさか完全敵対状態のハーミーズとの戦闘があると思わず、会敵した際には本気で叫び声を上げたほどだ。
(こまめにセーブはしましょうねってほんとこう言う事かって思ったわ……っと、そんな懐かしい出来事は置いといて。ケーブルはハーミーズが対処してくれてるから数減らせてるけど、消し飛ばす時の衝撃は免れないよなぁ)
風のバリアのおかげでケーブルは着実にその数を減らしているが、そのたびに鈍い破裂音と重い衝撃が居住区に響き渡る。
今はまだ形を保った状態ではあるものの、これほどの衝撃を受け続けていればいつ上層が崩れ落ちても可笑しくはない。
(よく見たら、所々亀裂が酷くなってきてる……これは、再編して足元固め直すか? いや、この状態じゃ意識を集中させられない。きっとすぐに気が散って再編どころじゃ無くなっちゃう。仮に出来たとしても、ここには沢山の人達の思い出や記憶が眠ってる。それを許可も無く再編するのは……)
最も現実的なのはハーミーズに魔法の使用をやめさせる事だが、後にも先にも戦いを続ける中であのケーブルは必ず邪魔になる。それを踏まえると、今の内に処理してしまうのが賢明だ。
悪化の一途を辿る上層の状態に思考をフル回転させていた晶子だったが、視界の端で何かが動いたのに気が付いた。
(……鑪さん?)
視線を向ければ、そこには上層の床に四本の刀を突き立てている鑪の姿があった。何をしているのかと眉根に皺を寄せた晶子が訝し気に見つめていれば、彼は無言のままマナを全身に巡らせ始める。
(!! 凄い……特に力を使ってる訳でも無いのに、可視化できるくらいにマナが濃い。鑪さん、一体何をするつもりなの?)
運動後のアスリートの体から湯気が立ち昇るが如く、ゆらゆらと揺らめくマナの濃度に驚く晶子。しかし、急になぜそこまでのマナを巡らせているのか理解が出来ず、首を傾げて様子を見守ることに。
「ぬぅ……はぁ!!」
鑪は一度大きく深呼吸すると、発破をかけるように全身から刀へ、そして刀から上層の床へとマナを放流する。
鑪のマナは物凄い速さで上層全体へ染み込んでいくと、薄い膜のように変化して上層全体を包み込んだ。
「これって……」
しゃがみ込んで思わず膜に触れた晶子は、それが対象物を保護する強固な守りの魔法であるとすぐに気が付いた。
(限りなく薄く延ばされてるけど、ちゃんと鑪さんのマナだって分かる。それに、凄く頑丈だって事も)
「この層一帯の床とそれを支える各柱、そして階下の層まで我の守護をかけた。これで崩落の心配はないであろう」
いつの間にか近くに戻ってきていた鑪が、驚きで言葉を無くす晶子にそう語りかける。
同時に、この膜は彼が唯一扱える魔法であり、ハーミーズと敵対関係でないと使用しないものである事も思い出した。
(真土の守護~!! え、マジで!? てかこの魔法人とかの生物だけじゃなくて無機物にも適応できるの!?)
ゲーム内では敵対したハーミーズとのラストバトルでのみ使用を確認出来る為、保護対象は人間などの生物に限定されているものだとばかり考えていた。
しかし、今こうして施設内の上二層を丸ごと包み込んだ事を鑑みれば、どうやら鑪が指定した範囲・物体なら無機物であっても守護できるのだろう。
「マジか……鑪さんって魔法苦手なんだと思ってました」
「……得意、では、ない」
晶子の呟きに、鑪はひどくバツの悪そうな様子で顔を逸らした。
(あ、得意じゃないって自覚はあるんだ)
「んっんん、我の事は良いのだ。こうでもしておらんと、あの馬鹿は後先考えず大技を繰り出そうとするであろう。そうなってはこの古く、ガタが来ている箇所も多い施設はひとたまりもないであろう」
たしかに鑪の言っている事は正しいのだが、如何せんハーミーズに対する態度が酷い為、素直に頷いて良いものかと晶子は苦笑する。
「ちょっと!! しっかり聞こえてるんだけど!? 絶対わざとだろ!? 分かってて言ってるだろ!?」
が、それを耳聡く聞きつけたハーミーズがそう叫んだことで、鑪はあからさまに呆れたと言いたげな溜息を吐き出した。
「ふん、無駄に良い耳をしよってからに。その耳の良さをもう少し頭にも分けてやれれば良かったがな。まあ、お子様には何を言っても無駄であろう」
「~~~~っ!! ほんっとお前、僕の事すぐ子供扱いしやがって!! 僕だってちゃんと考えてるよ!!」
「どうだかな。晶子からあまり暴れるなと言われておるにも関わらず、随分と派手にやらかしておるからな」
「不可抗力だよ!! これはこういうやつなんだから仕方ないじゃん!! それに暴れまわってないし!!」
(あたしは何を見せられてるんだ……??)
突然始まった二人の言い争い。そのあまりにも稚拙で幼稚な言動に、晶子は緊迫した空気も忘れて呆けてしまう。
「ていうかお前、魔法はそれしか使えないじゃん!! な~にが得意では無いだよ!! 魔法自体苦手だし、そもそも他の魔法はまともに発動も出来ない脳筋のくせに!!」
「ぐっ……! 別に苦手なわけでは無い! ただ少し……魔法というものと相性が悪いだけである!!」
「はい言い訳~!! 大人ならもっとまじめに取り組んだらどうですか~?? 相性がどうとか言う前に、もっと努力して簡単な攻撃魔法くらい使えるようになったらぁ~??」
「人にはそれぞれ得意不得意がある。役割分担という言葉があるように、それぞれが得意な分野で何かしらに貢献していれば問題ないだろう」
「じゃあ別に、僕が好き勝手しても鑪がカバーしてくれたらいいじゃん!」
「必要ならばな。しかし、お主は必要以上にやり過ぎなのだ。もう少し配慮というものを覚えよ」
「はぁ~!?」
売り言葉に買い言葉。止まる事の無い言葉の応酬だったが、その間も二人はきっちりとケーブルを対処していく。
ハーミーズはゆらゆらと誘うような動きでケーブルを誘導しては、バリアに当てる事で消し飛ばすのを繰り返す。
鑪も地面にほど近いところで蠢いているそれらを、機敏な動きと鮮やかな手様機で幾つも切り捨てていた。
(うわ、気が付いたらケーブルほとんど残ってない、ってかどんだけケーブル隠し持ってんだこいつら……ところで、なんでこの人達喧嘩しながら戦えんの?? あたしが入る隙も無いんだけど、可笑しくない??)
変な所で器用な二人の英雄に、感心するやら呆れるやらで溜息が漏れる。そんな晶子の事など知りもせず、鑪とハーミーズは尚も口論を続けながらケーブルを殲滅していた。
「ていうか、僕だってこの施設が脆いって事くらいちゃんと把握してますけど?? そうやって僕の事知ったかするのやめてくれる?? ほんっとうに不快なんだけど!!」
「ふん、お主が分かり易すぎるだけの事。それを我の知ったかぶりなどと、些か自意識過剰なのではないか?」
「ほんっと嫌味な奴!! どうしてそう僕に突っかかって来るわけ!? いちいち関わって来て欲しくないんだけど!?」
「ならばそれ相応の態度を示せばよかろう。いつまでもチャラチャラと落ち着きも無く、どこぞをふらふらと飛び回って。良くそれで英雄だなんだと名乗りを上げられるものだ」
「あんたこそ! 堅物すぎるせいで周りから一歩引かれてるって気付いてないだろ!! 表情も変わらないし、言葉も古い言い回しでかっこつけちゃってさ!」
「格好つけている訳では無い。我は元よりこう言った語り口であると言うだけだ」
それぞれ戦いの手を止める事は無いが、段々と口論の論点がズレていっているのには気付いていないようだ。
「全身ダイアモンドって言うだけあって、脳みそまで固まってんの? もう少し柔軟に物事考えなよ。今時そんな古風なの流行らないって」
「お主こそ、もう少し真面目になるべきであろう。軽薄で浅ましい言動は慎み、厳格な行動を試みよ。……全く、お主と話していると頭が痛くなる」
「ホントそう言うとこ、心底吐き気がするくらい嫌いだよ!!」
「それはこちらの台詞である。視界に入れる事すら虫唾が走るわ」
(……いや、流石にちょっと言い過ぎじゃない?)
吐き捨てるような二人の言葉に、晶子は眉間に皺を寄せる。
いくら気心の知れた仲間であっても、言って良い事と悪い事の区別は当然ある。
今回の口論もいつものじゃれあいかと思い成り行きを見守っていた晶子だったが、あまりにも酷過ぎる言葉の数々に段々と苛立ちが募っていった。
(そら、お互い真反対の性質してる相手に対して思う所があるんだろうけどさ、そこまで言う事? そもそもこんな場所で、こんな状況でする口論の内容がコレ?? はぁ??)
「……あのぉ~……二人共、そろそろそのくらいにして——」
しかし、ここで頭ごなしに怒声を上げても意味が無いと何とか堪え、鑪達を諫めようと晶子は口を開いた。
——が。
「晶子は黙ってて!!」
「口出しするでない!!」
鑪とハーミーズの一言によって、晶子の堪忍袋の緒は切れてしまうのだった。
「————へぇ?」
自分で意図したよりも低く出た声に、二人の英雄達がさっと青褪めたように見えた。
「ぁっ……」
「……しょ、しょうこ……」
怒りに任せて自分達が何を口走ったのかを理解したらしく、我先にと晶子の傍に戻って来た鑪達。
「ご、ごめんなさ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「すまぬ、すまなかった晶子……我が悪かった」
ハーミーズは風のバリアを解いて泣きそうになりながら謝罪を繰り返し、鑪も己が悪かったと繰り返す。
そんな大の大人の様子に少しだけ思考がクリアになった晶子は、二人の言葉に返事をするでもなく、ただただにっこりと微笑んだ。
そして、鑪達の脇を無言で通り抜けると、真っ直ぐ取り巻き達の方へと歩いていく。
「え、あ、え!? 晶子、危ないよ!?」
「どうしたのだ? 晶子、なにを」
「うるさい」
後ろについて来る男達の小言を一蹴した晶子に、一本のケーブルが振り落とされた。
「!! 下がれ晶子!」
それを真っ先に察知した鑪が斬り捨てようと半歩前に出る。だが、晶子は鑪の忠告をむしして無言で見上げると、手にしていた錫杖を掲げた。
「——バンッ」
晶子が呟くと錫杖の先から濃密なマナがレーザーとなって射出され、眼前に迫っていたケーブルに突き刺さる。
然程、大きくも太くも無かったレーザーはしかしかなりの威力を持っており、直撃したケーブルは風船のように膨張したかと思うと、次の瞬間には爆音と共に弾け飛んだ。
残骸は居住区のあちこちに離散し、大破したケーブルの先は黒く焦げて燻ってすらいる。よく見れば、まだ長さの残っているケーブルの各所にマナの塊が飛び散っており、合金の表面に吸い付くようにして付着していた。
「もいっかい——バンッ」
それを無関心に眺めていた晶子が再度同じ言葉を呟けば、青い塊達はたちまち眩い輝きをはなって連鎖的な爆発を起こしていった。
そして本体にほど近い場所が爆発したと思ったかと思えば、晶子は錫杖を本体に向ける。
「もいっちょ——バンッ」
短い詠唱がなされたのと同時に錫杖の先から再びマナのレーザーが射出され、取り巻き達の体にそこそこ大きな穴を開けた。
すると穴から取り巻き達の体に向かった青い結晶が生え始め、徐々に全身を覆っていく。
「「「「「「「ギギギギギギギギッギギギギギギギイィ……!!」」」」」」」
「うるさい」
不快な金属音をたてる取り巻き達に晶子は冷たく言い放つと、ぱちんと一つ指を鳴らす。途端、積み上がった歪な体の内側を食い破るようにして、幾つもの青い結晶の塊が飛び出した。
「「「「「お、kmjんhybtdrせ7yht3!?」」」」」
(これでも二体、か……意外としぶとい)
「チィッ」
かなりの大きさの結晶に貫かれているにも関わらず、今の攻撃で沈黙させられたのはたったの二体。他の数体は未だ意識を持ってこちらに攻撃を仕掛けようとしていた。
思ったよりも効果が無かったことにむしゃくしゃして舌打ちをしながら、晶子は数歩前に出る。
「さて」
「ひぇ」
「っ……」
くるりと予告なく振り返れば、驚き小さく悲鳴を上げたハーミーズと、声こそ上げなかったが大きく肩をはねさせた鑪を目が合った。
「喧嘩する暇があるなら——」
わざとらしくそこで言葉を切った晶子は、それはそれはニッコリと良い笑顔を浮かべると、右手の親指を立てながら背後の取り巻き達に突き立てる。
「黙って戦えドアホ共」
「ハイ……」
「ハイ……」
その笑顔の圧に恐れ戦いた二人の返答に、晶子はすっと表情を消すと重々しく溜息をつくのだった。
次回更新は、6/26(金)予定です。




