「忘れちゃったんですか。ここが、アクラニャー元魔道具研究所だって」
「とりあえず、ハーミーズ」
「ハイッ! ナンッデショウカ!?」
よほど怒った晶子が恐ろしかったらしく、名前を呼ばれたハーミーズは体を大きくビクつかせながら裏返った声で返事をした。
「あんたはさっきみたいに取り巻き達の気を引いて。魔法はどんどん使って良い。ただし、鑪さんの真土の守護があるからって、派手過ぎんのは控えるように。えぇな?」
「イエスマム!!」
ハーミーズは敬礼しながら返事をすると瞬く間に浮かび上がり、まるで晶子の元から逃げるようにして取り巻き達の元へと飛んで行く。
取り巻き達の前で停止した彼は右手の人差し指にマナを集め、宙に魔法陣を描きはじめた。
「フラフスクリーン!!」
ミントグリーンに輝く魔法陣に向かって掌を向けたハーミーズが呪文を唱えると、視界を覆い隠さんばかりの蒲公英の綿毛が召喚され、取り巻き達を包み込む。
(蒲公英の綿毛を召喚して相手の視界を遮るフラフスクリーン! ゲームでもかなりお世話になったやつ!)
このフラフスクリーン、ゲームでは相手の命中率を下げ、味方の行動速度を上げる追加効果持ちという中々ハイスペックな能力を持っている。
ハーミーズの扱う風魔法の中でも数少ない支援系魔法になっており、雑魚的だろうがボスだろうが関係なく効果を発揮できる優れもの。
晶子自身、ハーミーズを仲間に引き入れた以降は必ずと言って良い程使っており、かなりお世話になった魔法の一つであった。
そんな綿毛にほぼ全体を埋め尽くされた事で取り巻き達の視界はままならないらしく、不快そうにケーブルを振り回して綿毛を吹き飛ばそうとする。
が、綿毛の幕は僅かの間だけ散りはするものの魔法陣から次から次へと沸き続け、空いた隙間をすぐに埋め尽くす事から一向に消える気配は無かった。
(この魔法、結構長時間効果が続くしデバフ解除系の魔法とか秘技とかでも解かれないから、猶の事重宝してたんだよね~)
「もひとつおまけに、アトリボム!!」
晶子が懐かしい思い出に浸っているのも知らず、取り巻き達へ追撃だと魔法を放つハーミーズ。
呪文と共に放たれたのはこれまたミントグリーン色に輝いている小鳥の群れ。それらは真っ直ぐに取り巻き達へ向かって行くと、既にボロボロになっている巨体目掛け我先にと突撃していく。
WtRsでは低レベル帯で覚える事が出来る風属性の攻撃魔法アトリボム。複数体ランダムに風属性ダメージを与えるという典型的な魔法ではあるが、その真の価値は追加効果にあった。
このアトリボムはメインターゲットとなった対象が倒されるとその周囲にいる敵に攻撃が拡散し、凡そ七割程度のダメージを与えるのである。更に拡散攻撃で敵が倒れると再び周囲に拡散し……と、連鎖的に攻撃が続いて行くのだ。
おまけに比較的に早い段階で習得できる魔法なだけあって消費マナもかなり少なく、破格のコストと唯一無二の性能で序盤から終盤まで幅広く活躍してくれるのである。
なんならラスボス戦でも十分実用できる事もあって、プレイヤー間ではある意味最強の魔法であると親しまれていた。
(あと、エフェクトが綺麗。ついつい使いたくなる魔法の一つでもある)
誰に言うでもなく晶子がそう心の中で呟いたのと同時に、小鳥達が接触した箇所から小規模の爆発が起きる。一つ一つのダメージは小さいながらも、爆風によって吹き飛ばされる綿毛の隙間から見える損傷具合からして、期待通りの効果は発揮してくれているらしい。
(うんうん。あっちはとりあえず任せても大丈夫そう)
「さてと」
ひとまず取り巻き達の事はハーミーズに一任し、晶子は黙りこくったままの鑪の方を見る。
視線が向けられた事に気付いて鑪の触覚がビクッと一瞬震えたが、あえて触れる事はしなかった。
「鑪さん、この魔法は意識を集中しておかないといけない類のものですか?」
「……うむ。我の意識がしっかりしている内は、然程気にしておく必要もない」
「意図して鑪さんが解除しなければ、このままって事ですね?」
「そうなる。が、一つだけ誓約がある」
言うなり、鑪はいつの間にか突き立ててられていた二本の刀に目線をやった。刀身から柄に至るまで全体から鑪のマナを燻らせており、床に向かって一定量を放出し続けている。
「この魔法は、我自身か代用の物を楔として置かねばならぬ。我自身を楔とする場合その場に留まり続けねばならぬが、代用品を用いてならば行動に制限はかけられん」
「なるほど? 今は代用品を使ってるってわけですね」
「要は守護する対象に接触しておかねばならぬという事だ。こと今回の難点は、武器が一振り使えなくなると言う点だが……守護する範囲が広い故、楔の数を増やさねば隅々まで効力を発揮せぬのだ」
(……そう言えば、ゲームでも真土の守護使ってた時の鑪さんって一切行動出来なかったような?)
思い返せば、彼の言う行動制限に心当たりがあった。効果時間が五ターンと長めだったこともあって、この魔法を使うイベントが発生すると鑪がほぼ戦闘に参加しなくなるのだ。
このシステムの厄介な所は、基本的にパーティーから外す事の出来ない主人公を除いたメイン火力を鑪に依存していた場合、イベントバトルを勝ち抜く事が出来ずに最悪詰んでしまう可能性があるという事だ。
また更に面倒臭い事に、魔道具研究所編のシナリオは一度始まると全ての物語を見なければ地上に戻れないという制限までつくのだ。
(鑪さん、育てれば育てた分だけぐんぐん強くなっていくから、育成している内は楽しいのよ。うん。でもね、この人、マ・ジ・で強いから……下手すると他の子育てるの忘れるのよね……)
一時期プレイヤー間で流行った言葉が「未來いないなら鑪入れとけばいい」であった。
(そもそも、攻撃手段が豊富すぎんのよね。白刃技と居合刀技の二形態技持ちで、攻撃力と防御力が全仲間NPC一。あ、攻撃だけは未來さんがダントツだけど、あの人元々は隠しキャラ扱いだから……。そんな強つよステータス持ちのおかげで最強アタッカーの名をほしいままにしていたけど……まさかこんな弊害があるとは、初見殺しも良いとこなんよ……)
かく言う晶子も、その弊害を受けたプレイヤーの一人であったりする。
「それでは、少なくとも刀四振り使った技は使えないって事ですね?」
「……そう、なるな」
なぜか突然歯切れが悪くなる鑪に、晶子は首をかしげる。
「どうしました?」
「…………いや、何でもない」
(マジでどうした??)
触角も垂れ下がり急に元気をなくしたような鑪を疑問に思いつつも、何も問題ないなら良いと晶子は気を取り直してアルベートへと念話を試みる。
(もしもし、アルベート? 聞こえてる?)
(おう、聞こえてるぜ。けど残念ながら、こっちは未だリスト捜索中だ)
返って来たアルベートの返事にやっぱりかと思い、晶子は小さく溜息を吐いた。
(数で手こずってる感じ?)
(それもあるんだけどよ……)
何に苦戦しているのか尋ねた途端、アルベートは言いにくそうに口籠る。
(どした? あの本の山に苦戦してるんじゃないの?)
やけに煮え切らない様子にどうしたのかと問いかけると、彼は困惑した声を隠しもせず続けた。
(それがなぁ……何かしらねぇが、一緒について来たチビがちょいちょい邪魔をしてくるんだよ)
「へぁ?」
予想外な答えが返って来たことで、思わず間抜けな声を出してしまう。一瞬誰の事を言っているのかも分からなかったが、アルベートと共に例の部屋に向かったチビとなれば一体しかいない。
(チビって、天使型の魔道具の子だよね? 邪魔してくるってどう言う事?)
(言葉の通りだっての。俺様が本を手に取ろうとすると横から掻っ攫ってきやがって、こっちは自分が見るからって持っていきやがるんだよ)
「どう言う事……? なんでそんな事」
天使型魔道具が起こした不可解な行動に、晶子は戸惑いを隠せない。
(……アルベート、その取られる本とか資料とかって何か共通点ない?)
(共通点~? ……あぁ! そういや持ってかれる本は、全部書斎机? つうのか? とりあえず部屋にある机の上とか引き出しの中に仕舞われてるもんばっかだったな)
つまり、件の魔道具はアルベートにその机に仕舞われている書籍を見られたくなかったという事になる。
(でもどうして? なんの目的があって……)
不意に、晶子の脳裏に感情の読めない曖昧な笑みを浮かべたラニアの姿が浮かび上がった。
(まさか……関係があるような素振りは一つも無かったのに?)
少なくとも、晶子がこの施設に来てから二体の間に接触があった記憶はない。それどころか、それぞれに全く異なるグループに所属して活動している事もあって、すれ違いすら無かったように思う。
(……その子、何を言っても本を渡してくれない感じなのね?)
(そうだな。頑なに手放さないな。なんならどっか余所に持っていこうとしてるぜ)
(!! それはダメ!)
内容を見られないようにするだけならまだ良かったが、それをその場から持ち去ろうとしている事に嫌な予感を覚えた晶子。
(もしかしたら、重大な真実が書かれているかもしれない物を消されてしまうかもしれない。出来るだけこっちを手早く固唾けるから、アルベートはその子が本を持ち出してどこかに行かないよう見張ってて!)
(そーいう事なら、このアルベート様に任せとけってんだ!!)
言うなり念話の回線を切ってしまったアルベートに不安になりがらも、晶子は改めて鑪を見上げた。
「何かあったようであるな?」
「アルベートについて行かせてた魔道具が、探し物の邪魔をしてるみたいで……」
「ふむ……探し物、とは?」
「簡単に言うと、この施設がまだ正式稼働していた頃に所属していた研究員達のリストです。あたしの予想が正しいのなら——」
言葉を切った晶子は視線だけを取り巻き達に向ける。依然として綿毛の幕に覆われている取り巻き達は、ハーミーズの追撃によって更に動きが鈍くなってはいたものの、依然として停止する気配は無かった。
「あの取り巻き達、元はその研究員達なんじゃないかって」
「なに? しかし、あやつらは皆……」
「鑪さん」
触角を忙しなく動かして動揺したような様子を見せる鑪に、晶子は冷静に言葉を続ける。
「忘れちゃったんですか。ここが、アクラニャー元魔道具研究所だって」
「………………なるほど、そう言う事であるか」
晶子の言わんとしている事を理解して、鑪は目元を伏せた。
(人体実験に関わってた人間が、いつの間にか被験体にされてる……ほんと、皮肉が効いてて嫌になるね)
視線を鑪から綿毛の幕に隠されて姿の殆ど見えていない取り巻き達に移し、晶子は軽蔑の意を込めてフンッと鼻を鳴らす。
元の世界では神樹編と並んで嫌いだったこの元魔道具研究所編。研究員達のやっていた事を考えれば、当然の報いである事は確かであろう。
(だからと言って、こんな自我があるのかも定かではない状態じゃ、ね。後味悪いったらありゃしない。神樹編ぐらいもっと徹頭徹尾みんな悪役って感じだったら良かったのに、なんで中途半端に研究者側に犠牲者入れたんだ製作陣……)
実はゲーム内で収拾出来る物の中に、一部の研究員達が残したものと思われるメモがいくつかある。
異常な実験に参加し続けて精神を病み、狂気に陥った男の支離滅裂な走り書き。十三代目に逆らった結果、被験体にされてしまった若い女研究員が最後の時まで神に祈った言葉。
そして、盲目的なまでの崇拝を捧げたにも関わらず、一切の関心も恩寵も得られなかった憐れな忠臣ヴィクティムの苦悩が書かれたものまで。
(神樹編と違って、元魔道具研究所編は人間の負の面というか、醜い部分というか……そういった悪い部分とかがこれでもかってくらいにぎゅっと絞り出しましたってシナリオだったよね。あぁ……今思えばあのシナリオ、和解or壊滅どっち行っても胃もたれしたようなというか、こう胸の中で重たいもんが居座ってる感が拭えなかったと言うか。とにかく形容し難い感情が渦巻いてて大変だったな……)
初めて元魔道具研究所編のシナリオを体験した翌日、後味の悪さと虚無感に苛まれていた晶子は仕事にも身が入らず、人生で一番の大やらかしを起こしてしまうほどだった。
ゲームをしても心身共に影響が出る程のめり込んだりはしなかった晶子であったのに、その時だけは異例中の異例で、完全復活を果たすのに二週間もかかってしまったのあった。
(ってあたしの事は良いのよ)
「アルベートには魔道具が逃げないようにしてもらってます。なので」
「奴等を早々に打ち倒し、こちらから合流しに行くのであるな?」
「流石鑪さん、話しが早い」
百を言わずともすぐにこちらの意図を理解してくれる鑪にニッと笑いかけると、晶子は錫杖を一度地に打ち付ける。
すると、リーンと風鈴のような音色が鳴り響き、錫杖に埋め込まれた宝石達が煌めきはじめた。
「錫杖という事は、此度の戦い晶子は後方から参加するのか?」
「それでも良いんですけど……正直、またくだらない事で口喧嘩初められても迷惑ですし」
「……ぐぅ」
遠回しではあったが鑪にはしっかりと意味が伝わったらしい。触角をわずかに震わせたかと思うと、力なく垂らして唸り声を上げる。
その様子がまるで自分は悪くないと言い張る子供のように見え、晶子はやれやれと肩を竦めた。
「そう言う所ですよ。とにかく、今回も私は前に出ます。逆に、鑪さんは後方から支援攻撃をお願いしますね」
「後方から……? 我が魔法はからっきしだと」
「魔法なんて必要無いでしょ?」
そう言いながら、晶子は錫杖にマナを込めながら、刀を振るうようにして横薙ぎにする。すると、マナがたちまち錫杖を包み込み、次の瞬間には一本の大太刀となって姿を現した。
真鍮で形作られた柄には晶子の青いマナを帯状にしたものが巻かれ、翡翠で出来た鍔には小ぶりなエメラルドがはめ込まれている。
更に白銀の刀身からは時折赤や青などの彩り鮮やかな輝きが瞬き、恐らく錫杖の装飾に使われていたルビーやサファイアが混ぜ込まれているのであろう。
(おぉ、こうなるのか。てか刀身にルビーとサファイアねじ込んじゃったの?? まあ、硬度で言ったら上から三番目くらいだったはずだし、悪くはないのか)
予想外に再編された形に瞠目しつつ、最後の仕上げだとマナを直接流し込む。葉脈の中を通るが如く柄から刃先まで染み込んでいったマナのおかげで、今しがた出来上がったばかりの大太刀は、数十年を共にしたような感覚を覚えるほどに良く手に馴染むようになった。
「良い感じ。んー……霊刀、いや魔刀・煌一閃とかどうです?」
「ほう、良き銘であるな」
その場の思い付きではあったが、口にした名前を鑪はお気に召したらしい。
「ではでは、試し切りを——」
「晶子危ない!!」
ハーミーズの声に顔を上げれば、いつの間にか伸びて来ていたケーブルの一本が間近まで迫っていた。
「——ふっ、ナイスタイミング♪」
余裕の笑みを浮かべた晶子は、すっと下段から切り上げる構えを取ると、刃にマナを集中させる。
そして、あと数センチでケーブルが接触するというその瞬間。
「斬魔!!」
振り上げられた大太刀から巨大な光の斬撃が飛び、ケーブルと後方にいる取り巻き達の体を纏めて斬り裂いた。
「「「kmyjんへbwげヴぁwcfvsgbhrjmきm6るえんb!?」」」
「無属性技だけど切れ味抜群! さっすがあたしってね!」
「……なるほど。確かに、魔法は不要であるな」
大満足の切れ味に喜び勇む晶子を見て、鑪は何かに気付いたように独り言を呟いた。
かと思えば、まだ手元に残していた刀を一本引き抜き、すでに楔として使用されているものと同じように足元へ突き立てる。
楔が三本になった事で守護の幕は濃い黄土色に変化し、その強度を更に高めたようだった。
(おぉ、楔を増やした事で強度が更に上がった! ……って事は、鑪さん自身を楔にした場合、マナのコントロールが精密になるから刀四振り使った時よりも硬くなるって事かな? うわぁ~、気になる!! めっちゃ検証したい!!)
WtRsをプレイ時、ネットの検証班を習って色々な事に挑戦していた晶子。
武器の製造だけでなく、どう魔法を重ねれば高威力が出るのか、よりダメージを防げるかと積極的に試し、より快適なプレイライフを模索していた時期があった。
今でこそ他のプレイヤーからの情報も充実し、自身でも周回プレイを重ねた事で誰よりも強い『最強の主人公』を作り上げたと自負するまでになってはいたが、それでもこの類の検証だけは、WtRsをプレイ出来なくなるまでずっと続けていた。
「これで、晶子が派手に力を行使しようと十分に耐えられるだろう」
仕方ないと言いたげな雰囲気を醸しながら、鑪が一歩後ろに下がった。不満気な様子はそのままなので、おそらくは先の嫌味をまだ根に持っているのだろう。
しかし晶子の意見はしっかりと刺さったようで、今回は大人しく引き下がってくれたようだら。
「それなら、遠慮なくやらせてもらいますか」
晶子はあえて鑪の様子には触れず、くるりと背を向ける。
刃毀れの一つもなく眩い輝きを放つ大太刀を肩に担ぎ、晶子は取り巻き達に向かって、力いっぱい地面を蹴った。
次回更新は、7/10(金)予定です。




