「上の方で何かあったみたい」
※ 本文の一部文章・誤字・脱字の改訂、修正をしました。
本編内容の大きな変更はありません。
「落ち着いた?」
「うん……ごめんなさい」
どれくらいそうしていたのか、ようやく呼吸の落ち着いたハーミーズの顔を覗きこみながら、晶子はそう尋ねた。
まだ血の気の引いたような顔色をしてはいたが、おずおずと頷いた彼の様子に少し胸を撫でおろす。
(ありもしない存在の記憶……それを無理矢理に思い出そうとしたんだから、相当な負担がかかったはず。出来ればしばらくの間、どこにも行かずに近くにいて欲しいけど……)
ハーミーズは自由と賑わいを愛する気質の持ち主である。そんな彼に長期間同じところへ留まれと言うのは、少々酷な事だろう。ハーミーズが最も嫌う管理や束縛の一端だと思われても可笑しくはない。
「……無理、だよなぁ」
出来るだけ抑えた声量で呟いたつもりだったが、どうやら聞こえてしまったらしい。肩が触れ合うほどの距離にいたので、当然と言ってしまえば当然なのだが。
「なにが、無理なの?」
「あー……」
なんと答えるべきか迷った晶子だったが、出来るだけ彼に誤解を抱かせないよう細心の注意を心がけながら、言葉を選んでいく。
(変に誤魔化していうよりも、ここは素直に言った方が安牌かな……?)
「ねぇ、ハーミーズ。しばらく……そうね、あたしがこの施設を出て行くまでの間で良いからさ、出来る限りあたしの視界に入る所にいてほしい」
「エッ」
晶子がそう言えば、ハーミーズは突然の提案に目を丸くした。
「ど、うして?」
「心配だから」
「心配?」
「そう。ただでさえ鑪さんに対して言った事を気に病んでるみたいだったのに、今なんか急に青褪めてフラフラで……とてもじゃないけどほっとけないよ」
前者についてももちろん気になっている所ではあるが、晶子としては後者に心当たりがあるせいもあって余計に不安になってしまう。
黒羽と白雲は女神という介入があった事で精霊達の記憶を負荷なく取り戻す事が出来たのだと仮定しているが、それもあくまで晶子の憶測でしかない。
仮にその仮定が正しかったとして、ハーミーズには女神のような記憶を仲介してくれる存在はおらず、彼の体にかかる負担は予測できない。
何より、その記憶を思い出したとして、果たして今のハーミーズが抱えきれるのか。
(……いや、きっと彼なら抱えてしまえるんだろうな。だからこそ心配で、不安)
七人いる英雄の中でハーミーズは誰よりも世界の厳しさと理不尽さを知っている。だからこそ、誰よりも命に対してシビアであり、敵対者に対する態度は七英雄の中で最も厳しい。
しかし、こうして彼と面と向かって話をしたことで、ハーミーズの為人をより詳しく知る事が出来た。
(ハーミーズはただの、世界の理不尽によって大人にならざるを得なかった、どこにでもいるような子供なんだ)
誰よりも背伸びをして、誰よりも虚勢を張って、誰よりも世界を諦めている子供。それが、ハーミーズに対する晶子の答えだ。
(ゲームの世界観は理解してるつもりだった。けれど、あたしは争いのない所から来た一般人。本当の意味でみんなの葛藤や苦悩なんかを理解できてやしなかった。スーフェちゃんの時も、弦ちゃんの時も……)
WtRsの一プレイヤーとして、晶子は彼ら彼女らの物語を何度も目にしてきた。彼らの葛藤、彼女達の悩み、誰よりもキャラクター達の苦しみや心の闇を知っている自負がある。
だが元の世界での彼らは所詮データ上の存在でしかなく、晶子が知っているのも製作陣によって公開されている表面的なものでしかない。
他者の苦痛も辛酸も、晶子は全てを理解してやれるわけではない。それでも、だからこそ、知りたいと思った。
(たとえ余計なお世話だったとしても、偽善だと罵られたとしても、あたしはあたしの大好きな人達を幸せにしたい。笑って、心からの笑顔で残りの人生を過ごして欲しい)
共感する事は出来ずとも、背負う事くらいなら。少しでも彼らの負担が少なくなるのであれば、晶子は自身の心身が多少消耗しようとも耐えられる自信があった。
「前も言ったでしょ? あたしは君に幸せになってもらいたい。君に、君のための幸福な結末をあげたい。そのためなら、あたしはどんな困難にも立ち向かうし、どんな相手であっても負けない」
この世界に来て鑪と出会った当初からずっと抱えている、晶子の目的。ゲームでは成し得なかった推しを幸せにするという事。
晶子にとってそれは世界を救うよりも大切な指標であり、成し遂げる為の過程で偶発的に救世してしまっているだけの事。
(まあ世界救わないと、幸せにしたい人達みんな不幸になる未来しか見えないからそうしてるだけなんだけど)
晶子は決して博愛主義者ではない。むしろ偏愛的で利己主義者で、自身の手の届く範囲にいる人にしか興味を向けない方だという自覚がある。
WtRsによく似たこの世界で推し達に瓜二つな人々を救うのも、己の欲望や願望を満たす為だけにやっているに過ぎないのだ。
(こんな本音、アルベートにも絶対に言えないなぁ)
大冒険者、名探検家を自称する男との念話回線を開かないよう注意しながらそんな事を考えていたからか、晶子の口元に自嘲的な笑みが浮かぶ。
「しょうこ……?」
黙り込んだ晶子のその表情を見たハーミーズは何を思ったのだろうか、不安そうに揺れる瞳でじっとこちらを見つめた。
すぐに自分がどんな顔をしているのかを察してしまった晶子は苦笑し、大丈夫だと言うように彼のまろい頬を両手で包み込む。
「でもね、そう決めていても、肝心のハーミーズがいなくちゃ意味が無いの。あたしのこの決意も、信念も、力も、全部ぜんぶ君達の為の物だから。だからお願い、あたしの手の届く場所、視界に映る範囲にいて欲しい」
(急にこんな事言ったって、困るよなぁ……分かってる。でも、少しでも彼が遠ざかる要因を無くしたい。記憶の事で、彼がここから何処かへ行ってしまうのを防ぎたい)
確証は無いが、このまま放置すればハーミーズはこの施設の事を晶子達に託して何処かへ去ってしまうだろうと感じていた。
先程見た在りもしない記憶の存在を探しに、なぜ自身の中から消えたのかの理由を探しに。しかし、それはきっと無意味で答えの出ない旅になる。
ここで彼を見送ってしまえば、もう二度と出会う事は無いと晶子の第六感が告げていた。
(それじゃダメなの。だって、あたしにとっての彼は推しの一人で、幸せにしたい人でもあるんだから)
鑪に対するものと熱量に違いはあるが、それでもハーミーズが推しである事に違いはない。
(それに大人として、子供を守るのは当然じゃん。色んなものを失い続けて、本音も何もかもを押し込めて心を殺し続けてる子供なら、なおさら救わないと)
晶子は子供が好きだ。子供が元気に駆けまわっているのを見るだけで笑顔になるし、親子で一緒に笑っている様子に心がほっこりする。
それ故に、この何度も心に傷を負いながらも懸命に歯を食いしばって生き続ける子供を放っておけるわけもない。
この世界で本物のハーミーズの中にある押し込められた幼さを垣間見た晶子が、『この幼い子供を守らなければ』と思うようになるのも必然であった。
推しへの愛故か、それとも身の内に眠る母性がそうさせるのか。厳密な所は分からないままであったが、少なからず晶子はハーミーズを一人の子供だと認識し、庇護すべき対象であると認知しているのだ。
「お願い。あたしに、君を守らせて欲しい」
これまで生きてきた人生の中で一等優しい声を出しながら、晶子はハーミーズの瞳を覗き込む。
(あっ、綺麗な翡翠)
壁の隙間から差し込んで来る外の光によって、大きく見開かれたハーミーズの瞳はキラキラと輝き、まるで大きな宝玉のよう。
(こんなに綺麗な宝石が瞼の中に隠されたままだなんて……)
「もったいないなぁ」
「っ~~~~~~~~~~~!!」
ぼっと何かが爆発するような音が聞こえた気がして、晶子ははっと我に返る。その瞬間、目と鼻の先に真っ赤に染まったハーミーズの顔面がある事に気が付いて、晶子は一瞬固まった。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………っ」
「……………………………………………」
「な、んだよ、何か言えよ……」
じぃっと瞬きもせずに凝視してくる晶子に、居た堪れなくなったハーミーズがぶっきらぼうに問いかける。
ふいっと顔を背けて隠そうとする姿に、晶子は思わず眉間に思いっきり皺を寄せると、力いっぱい肺から空気を吐き出した。
「ふぅ~~~~~~~~~~~~…………君ねぇ、あたしを殺す気か??」
「……はい?」
至極真剣な声色でそう告げた晶子に、次はハーミーズの方が固まる番だった。
「あのねぇ、そんな不貞腐れた顔されても可愛いだけなんよ、んん?? ハーミーズってば顔は整ってるんだからもうちょいその辺自覚した方が良いよ? 君背伸びして精一杯大人の振りしてるけど、実際は言動の至る所に子供特有の可愛さと言うかこうね、もう愛らしくていじらしくて仕方なくなるのよ。そんなんだからあたしってば君の事ぐっずぐずになるまで甘やかしたいと思うし、てかここでのゴタゴタとかあれこれが終わったら絶対に逃がさねぇからな覚悟しろよ? もういいって言ってもやめねぇし何が何でもそれこそ赤ちゃん返りするくらいまで徹底的に可愛がるからな? それこそ可愛いって単語が聞こえた瞬間に振り向くくらい、良い子て言われた途端顔がにやけるくらい体にしみつけてやるからマジでぜってぇ覚悟しとけよおぉん??」
「ひぇ」
マシンガンのように放たれる言葉の羅列に驚き腰を引こうとしたハーミーズに気付いた晶子は、絶対に逃がさぬと言外に頬を掴む手に力を入れた。
(はぁ~? クッソ柔らかいんですがなんやこれもっちもちやんけ喧嘩売ってんのかくそうらやまんだが?? いやそれよりも全部終わってからじゃ遅いか、良し今から母になろう。あたしがお母さんだ、誰が何と言おうとあたしが君を産んだ。いや産んだは本当のお母様に失礼か、だったらお母様から預けられて大事に大事に育てたって事にしよう。うんそれが良いそうしよう)
「よし、あたしの事はマミーとお呼び!!」
「ちょっと待ってどうしてそうなった!?」
自身の中で一人決めた事をそのまま口にすれば、突然の発言にツッコミを入れるハーミーズ。
「あたしは君を全力で甘やかしたい。甘やかす=親しい間柄。つまり母親って事」
「いやいやいやあの、え? 君ってそんなにバカだったっけ??」
「だ~れがバカでアホで人の話を聞かないアホンダラだってぇ~??」
「そこまで言ってない!! しかも自分で二回もアホって言った!!」
持論でぐいぐい迫っていく晶子にタジタジになりながら、ハーミーズは晶子の手を振り払うと「どうなってんの!?」と頭を抱えてしまった。
「え~? ハーミーズだって悪い気はしないでしょ? いつでも好きな時に甘やかしてくれて、よしよし良い子って褒めてもらえるんだよ? 悪い事とかイタズラしたら怒るかもだけど、それ以外だと何かする度に凄いすごいって全力で称賛してくれる人。欲しくない??」
「そっれは……………………………………べっ、べつに、そんなの無くても良いから!!」
(今ちょっといや大分言葉に詰まったなこやつ)
眉を顰めながら反論するハーミーズだったが、その頬は依然赤いままであり、時折チラチラとこちらに向けられる視線には何かを期待する色が含まれている。
「くっ!!」
(反応が可愛すぎるのよこれはもうちょい押したらワンチャンいけるのでは? チョロい、チョロすぎるぞハーミーズ! そんなんだから悪い奴に騙されるんだよ!? でも大丈夫、これからはマミーが全力で守ってあげるからね!!)
意地を張ってしまって素直になれないハーミーズの為、晶子は彼を問答無用で抱きしめた。
「ちょ、っと!? 急に抱き着いてこないでよ……!!」
晶子の腕の中から抜け出そうと、しばらくの間ハーミーズは身を捩って試行錯誤していた。だが晶子が梃子でも動かないのを察した後は、仕方が無いとばかりにわざと溜息を吐いて見せると、そのまま体を預けてきた。
「……しょうがないから、もうちょっとこのままでいてあげる」
「ふふっ、ありがとうハーミーズ」
抵抗を止めたハーミーズに許可が下りたと勝手に解釈した晶子は、断りもなく彼の体を抱き上げると膝の上に座らせる。
「っ!? っ!?」
「よしよし、君は本当にすごい子だよ。これまでも、一杯いっぱい努力して、信頼を寄せてくれる友達や仲間の為になる事をしようと走り続けてきたんだもんね」
幼子にするように頭を撫でれば、驚きと羞恥で硬直していたハーミーズの体から少しづく力が抜けていく。
やがてコテンと頭を晶子の肩に寄せると、全身を脱力させて全力で寄りかかって来た。まるで警戒心の強い猫が初めて懐いてくれたような達成感と喜びを感じ、尚もしつこいくらいに頭を撫で続ける。
「努力って誰にでも出来る事かも知れないけれど、誰でも続けていられるものじゃない。あたしの持論っていうかそう思ってるだけだけど、継続って一番大変な行動なんだよ。好きな気持ちを持ってても、同じ事の繰り返しは飽きを生んで、だんだんと面倒とか苦痛を感じるようになってくる。大抵の人はそこで辞めちゃうんだ」
晶子も元の世界で多くの事を諦めて来た方だ。人から勧められて始めた趣味もいつの間にかしなくなったり、好きだと思っていた事が気付けば苦痛になっていたり。
ゲームだって趣味だと言ってはいるが、実際は一度クリアしたものを二度、三度とやる程のめり込んだりはしていなかった。
そんな中で出会ったWtRsは、ある意味で晶子の人生を大きく変えたと言っても過言では無いだろう。
「継続は難しい。けれど、ハーミーズはどんなに苦しい事や悲しい事があっても、進むのを止めなかった。歩く足を止めなかった。それってとっても凄くて、とっても勇気のいる事だとあたしは思うのよ。ハーミーズは、この世界で一番の頑張り屋さんだね」
そう言って、晶子はハーミーズの額に優しくキスをした。
「ミ゜」
「あ」
晶子的には母親的な軽めのスキンシップをしたつもりだったのだが、ハーミーズには刺激が強すぎたらしい。言語化出来ない呻き声を上げたかと思うと、流れるような動きで気絶してしまった。
「あらら……この程度のスキンシップで気絶してたら、これから先の甘やかしもたないよ? って、気絶してるから聞こえて無いか」
先が思いやられると肩を竦めた晶子は、目を回して体を預けてくるハーミーズの頬に優しく触れる。
(……あ!)
しばらく寝顔を眺めていた晶子だったが、不意にゼファー達の所へ戻ろうかと話をしていたのを思い出し、しまったと顔を歪めた。
アルベートから念話が来ていないので急ぎで戻る必要は無さそうではあるが、それはそれとして一度顔を見せに戻った方がゼファーも安心するだろう。そう考えての事であったのだが、取り乱したハーミーズを落ち着かせるのに必死ですっかり頭からすっぽ抜けていた。
(しくったなぁ……抱っこして戻っちゃ駄目かな? ……いやぁ、そんな事した日にゃあ、ハーミーズ絶対拗ねるだろうなぁ……)
真っ赤な顔で頬を膨らまし、「どうして起こしてくれなかったの!?」と言いながら拗ねる姿が目に浮かんでしまい、ふっと笑みが零れてしまう。
(仕方ないなぁ)
彼が目を覚ますまで動けないなと諦めた晶子が小さく溜息を吐いた、その時だった。
——ドンッ
頭上から抑えつけられるような衝撃を一瞬感じた後、次いで大きな音が追いかけて来た。晶子は咄嗟に体を捻るとハーミーズに覆い被さり、降り注ぐ瓦礫から守る。
「っ!? い、一体何が……!」
「上の方で何かあったみたい」
音と振動に驚いて覚醒したハーミーズに端的に告げると、晶子はすぐさまアルベートの念話回線を開く。
(アルベート! 何があったか分かる!?)
(おう、晶子! ナイスタイミングだ! ゼファーの嬢ちゃん曰く、上の住人居住区で魔道具の暴走が起きてるらしい!)
(魔道具の暴走!?)
まさかの言葉に、晶子は耳を疑った。壊滅ルートのシナリオであれば、裏切りと仲違いの関係で暴走する魔道具はいた。しかし、晶子の努力の甲斐もあってそのルートへ入るフラグは早々に折られいるはず。
それなのにどうして暴走を起こす魔道具が現れてしまったのか。
(どうして……? ここの魔道具達は、もうすでに人間達との関係を修復してるのに)
(あーゼファーの嬢ちゃんの話だとよ、今暴走してる魔道具はラニア? って奴に付き従ってるうちの一体だとか言ってるぞ?)
追加で知らされた情報に、晶子は息を呑む。鑪襲来の混乱ですっかり忘れていたが、そう言えば今日一日ラニアを一度も見かけていない。
いつもなら何かと隙を見つけて会いに来るのにも関わらず、施設内が上に下にの大騒ぎの中、一切姿を現していないと言うのは異常事態である。
(でも何でこんな時に? それに暴走してるのはラニアじゃなくて、その取り巻きって事?)
(俺様はそのラニアと取り巻き達の事を知らねぇから何とも言えんが、そう言う事なんじゃないか?)
(そりゃそうだ)
困ったように返すアルベートに、晶子は眉間に寄った皺を伸ばすように指で押さえた。
(そのラニアってのはナニモンなんだ?)
(良く分からないの……ただ、元の世界のゲームにも登場していない存在で、女神の使者であるあたしには偉く好意的でさ)
女神の再臨を望んでいるとは言っていたが、それにしてもなぜあそこまで女神に固執するのかは不明のままだ。
(めっちゃ執着してるっていうか、再編の力を狙ってるような気がしてはいるんだけど……確証がないと言うかなんというか)
(煮え切らねぇなぁ、どうしたんだよ晶子らしくねぇ)
(いやだってね? 初めて会った時は淀みの気配を纏ってたから、かなり警戒したんよ?? それなのに顔を合わせる回数が増えて話をしていく内に、なんかこう……彼女の態度の裏にもっと複雑な何かがあるんじゃないかって思って)
ラニアと関わるうちに、晶子は彼女が他の魔道具達と比べて『より人間らしい』と感じるようになっていた。
それはそう作られているという次元の話では無く、言葉通り『人間の意思や感情そのままに体だけを作り変えた』のでは無いかと錯覚する程だ。
(あんな騒動があったんだから、真っ先にあたしの所に顔見せに来ても可笑しくないんだけどなぁ……)
(……考える事は多いが今はそれどころじゃ無ぇな。その話は一旦置いといて、晶子も急いで居住区に向かってくれ。ちょいとまずい事になってるかもしれん)
さっきまでのお茶らけた態度が混じったものとは一変、真面目な声色で告げたアルベートに晶子は嫌な予感を隠せない。
(どうしたの?)
(住人の安全が優先だって鑪が先行して部屋を飛び出して行っちまったんだがよ。やっこさん、鑪を視認した途端に何事か叫んで排除しようとどえらく暴れはじめたらしい)
「はい!?」
「うわっ!?」
突然大声を上げた晶子にハーミーズが驚き小さく叫んだが、そんな事はお構いなしにどう言う事かとアルベートを問い詰める。
「どう言う事よ、なんで鑪さんを排除しようとしてるの!?」
(んなのわっかんねーよ!! とにかく相手は手数が多い上に、鑪は住人達っつう守護対象を抱えてる。そんな状態じゃいくらお強い英雄様でも満足に力を発揮できねぇだろ?)
アルベートの言うように、鑪が場数を踏んでいる武人であっても護衛対象を守りながらの戦闘はきついものがあるだろう。
その証拠に、遥か上層から伝わって来る振動が激しさを増しており、態が刻々と悪化しているのを体現しているかのようだった。
(この感じ、多分自分にヘイトを引きつけて逃げてるんだわ。ぐぅ、まだ色々と話し足りないけど、今はあっちに合流する方が大事!)
「鑪を、排除?」
「え?」
頭を掻き毟りたい衝動を抑えながらすぐさま向かう事を伝えようとした晶子は、呆然としたハーミーズの呟きにほんの僅かに動きを止めてしまった。
「っ!!」
「え、は、ハーミーズ!? どこいくの!? ハーミーズったら!!」
それをどう受け取ったのかは分からないが、ハーミーズはさぁっと顔色を青くすると、晶子の制止も空しく外郭の外に飛び出して行く。
慌てて身を乗り出した晶子が目で後を追うと、彼は一人で居住区に向かったようだった。
(どうした晶子!?)
(鑪さんが排除対象になってるって聞いて、ハーミーズが一人で向かっちゃった! 追いかけるから何かあったら連絡よろしく!)
(おう! 俺様も情報を纏めとくから、お前はそっちに集中しろ!)
(了解!)
その言葉を最後にアルベートとの念話を終えた晶子は、ハーミーズを追って駆けだした。
(エレベーターを使えば居住区まですぐだし、あれは緊急時でも問題なく稼働していたはず!!)
初めて居住区を訪れた際に利用した転送装置を使用すれば、時短が出来ると踏んでいた晶子。
(よしつい……ってうそ、なんで起動しないの!?)
ところが、どういう訳か晶子が手を翳してもマナを流し込んでも全く反応を示さない。肝心な時に使えないのでは意味が無いと途方に暮れていた晶子は、廊下の奥へと視線を向けた。
(階段は……さっきの振動のせいか殆ど崩れてる。それに、この状態じゃあのトラップの山が稼働してる可能性は高いし、そこを搔い潜ったとしても時間がかかり過ぎる。でもって唯一の頼みの綱だったエレベーターも使えない、と……ってなったら)
晶子はすぐに気持ちを切り替えると、勇み足で外へ飛び出す。そのまままだ原形の残っている壁の出っ張りを掴むと、帝都の時のようによじ登り始めた。
(ちょっと不安定だけど……いける!)
見た目ほど劣化していなかった施設の壁に安堵しつつ、晶子は激化する戦闘音を聞きながら少しずつ、しかし確実に登る手を速めるのだった。
次回更新は、5/29(金)予定です。




