(いっが~い、ハーミーズが鑪さんの事気にしてるなんて……)
※ 一部誤字や文章の修正・調整を行いました。
タイトルの誤りを修正しました。
それからしばらく、晶子はハーミーズを抱えたまま最下層の廊下を歩き続けた。時折、思い出したように一言二言交わすくらいだったが、それを居心地悪いとは感じず、むしろ沈黙が流れる時間すらも愛おしく思えるほどだった。
「とりあえず、落ち着いたみたいで何よりよ」
「うっ……それについては、その……ごめん」
居心地が悪いのを隠す事無く全身で露わにするハーミーズに、晶子は小さく微笑んで頭を撫でる。
「どーしよっかなぁ~? 結構酷い事も言われたしぃ、あたしこう見えても繊細な心の持ち主だからさぁ~」
その割に、晶子の口から出るのは分かり易すぎる程にわざとらしい言葉。散々暴れて罵声を浴びせられたのだから、これくらいの嫌味は許されるだろうとニヤニヤしながら言った、のだが——。
「え、うっそだぁ」
「おぉん?? なんか言ったかクソガキ??」
思わずといった風に零されたハーミーズの言葉に、晶子は素早く彼の顔を容赦なく掴んだ。
「錯乱して暴れ散らかしよってぎゃあぎゃあ喚きよったのをだぁ~れが落ち着かせてやったんや~?? んん~??」
「しょ、しょうこしゃん、でしゅ……」
ギリギリと音がしそうなほどに力を込めて、無理矢理にこちらを向かせた晶子。にっこりと笑みを深めて動揺する翡翠色の瞳を見つめれば、ハーミーズはだらだらと冷や汗を流す。
「そ~うやんなぁ~?? あたしがこうやって、駄々捏ねるガキンチョを抱っこしてあやしてあげたおかげで、あんたは落ち着いてお話も出来るようになったんよね~?? ……で? 何か言った?」
「にゃんでもにゃいでしゅ」
「そっかそっかぁ」
この場にアルベートがいたのなら、まず間違いなく「圧で黙らせるなよ」と呆れられただろうが、今この場にいるのはハーミーズと晶子だけ。念話を繋いでいる訳でも無いので向こうが今の会話を聞いている事も無いだろう。
「な~んてね。冗談よ、じょ・う・だ・ん。ま、散々殴られたりなんだりしたんだし、これくらいは許してよ」
「あ、あはは……はい」
ぱちんとウィンクして悪戯っぽく笑った晶子に、ハーミーズは口元を引き攣らせていた。
「なによその反応」
「……いやぁ……いやこれ、何を言い返しても僕が負けるやつだよね??」
「ノーコメントで」
言い訳をしようと考える素振りを見せていたハーミーズだったが、ふと思い至った答えに晶子をジッと見る。
その何とも言えない視線に、晶子は微笑みを浮かべたまますっと顔を逸らした。
(……完全に戻ったとも言い難いけど、今の状態なら話をしに戻っても大丈夫そうかな?)
「ところで、そろそろ戻れそう?」
先程までの荒れ様が嘘のように落ち着いた姿を見せるハーミーズを見て、話の続きをする為にそろそろ中枢へ戻ろうかと打診する。
「んぇ? ……あ、そっか……」
(およ?)
しかし、ハーミーズから返ってきたのは素っ頓狂な声と、なんとも煮え切らない返答だった。
この様子に驚いた晶子がハーミーズを見ると、彼は急にソワソワと所在無さげに体を揺らし、視線をあちこちに彷徨わせていた。
(なしてこんなに落ち着きがない? え、まだ情緒不安定な感じか?)
「どしたの? もしかして、散々喚き散らしたのが恥ずかしいとか?」
「そっ、れは、まあ……ありますけど……」
(あるんか~。いやまあ、正直あんまりいい態度では無かったと思うし、仕方ない部分ではあるかな)
意図せず地雷を踏まれたからとは言え、ハーミーズは晒したくない自分を露わにしてしまった。そしてそれを、恐らく一番秘密にしていたかったゼファーに見られてしまっている。
(きっと顔合わせるのも気まずいんだろうなぁ。でもこの言い方的に、それが一番じゃない? だったら何が引っ掛かってんだろ?)
「はぁ……ねぇ」
一人首を傾げていた晶子に、ハーミーズが意を決したように口を開いた。
「あの、その……鑪にも謝らないと、ダメ……?」
「んん?? 鑪さん??」
まさかその名前が出てくるとは思わず、晶子は聞き間違いかと疑って聞き返す。だが間違いでは無かったようで、ハーミーズは晶子の反応が分かっていたからか、体を縮こませてきまりの悪そうな表情を浮かべていた。
(いっが~い、ハーミーズが鑪さんの事気にしてるなんて……)
「明日は空から槍が降るかも。大量に」
「ちょっと! それは言い過ぎでしょ!?」
「いやいやいや、あんた達に対する世間の評価からすりゃこんな反応にもなるよ」
流石に自身と鑪の関係性をきちんと理解しているからか、ハーミーズは晶子の嘘偽りない言葉にぐうの音も出ないようだ。
反論する言葉も無く黙り込んでしまったハーミーズに対し、やれやれと晶子は溜息を吐く。
「そらまぁ、謝った方が蟠りはなくなるんじゃない? あんたが鑪さんを苦手にしてたとしても、かなり酷い事言ったのには違いは無いんだからさ」
「うっ……ぅん……」
冷静になった今だからこそ、自分が何をしたのかを理解して後悔しているのだろう。
(ハーミーズも、鑪さんがかつて自分達に酷い事をした大人達とは違うって分かってはいるはず。それでもなお反発や線引きをしてしまうのは、やっぱり過去のトラウマがずっと尾を引いてるって事なんだろうな)
だからこそ先程の謝罪はしなければいけないか、という問いかけになるのかもしれない。
「まあ、結局はハーミーズが心から謝りたいって思って無かったら意味無いと思うけどね。鑪さんは何だかんだ言って、君の事許す気がするし。知らんけど」
「いや知らんけどって……」
(しまったつい反射的に言っちまった)
「あ、アハハ~……」
無意識に返してしまった元の世界でのノリを乾いた笑いで誤魔化すと、晶子はそっと顔を逸らす。
「もう、ちゃんと真面目に聞いてよ!」
「いや別に、話を聞いて無いわけじゃなくて……実際問題、鑪さんは別にハーミーズに対して怒ってるって感じも無かったじゃん?」
「あいつはいっつも仏頂面だから、そんな事言われても分かんないよ」
唇を尖らせて拗ねたようにそう呟いたハーミーズに、晶子は一瞬ポカンとしてしまうも、すぐに吹き出してくすくすと笑った。
「なっ、ちょっと! なんで笑ってるのさ!」
「だって……仏頂面って言うけどさ、鑪さんの顔の作り的に分かり易い表情もなにも無いじゃない。なのに、ぷくくっ。ハーミーズってば、鑪さんが今どんな顔してるのかすぐ分かるくらいには彼の事よく見てるのね」
晶子がそう言ってなんとか笑いを堪えようとしていれば、ハーミーズは意味が理解出来ずぽかんと間抜け面をさらした。
しかし、晶子の言葉を正しく理解した途端、顔面を真っ赤に染めて動揺を露わにする。どうやら彼自身に自覚は無かったようだ。
「くくっ、御顔が真っ赤よ坊や」
「~~~~~~~っ!! うるさいうるさい、うるさぁ~い!!」
癇癪をおこした子供のように叫んだハーミーズは、顔を見られまいと晶子にしがみ付き、肩口をぽこぽこと殴った。
当然本気で力を入れているわけでもないので、痛みなんてものは全くない。
「はいはいごめん。あたしが悪かったから、機嫌直してちょーだい」
「うぅ~……君、僕の事子供だと思ってない? なんだかずっと子供扱いされてる気がするんだけど?」
「子供だよ」
短い答えが二人しかいない廊下に浸透する。晶子は一度だけハーミーズをぎゅっと抱きしめると、彼をゆっくりとその場に降ろした。
「大人になりきれ無くて、でも生きていく為に大人にならざるを得なかった子供。それが、今の君の印象」
「!」
目を丸くして言葉を無くすハーミーズだったが、すぐにふっと自虐的な笑みを浮かべた。
「……貴女は、初めて会った日と変わらないね」
「ハーミーズ?」
「晶子はずっと、僕の本質を見てくれてる気がする。どれだけ繕っても、どれだけ偽っても、貴女だけはずっと——幾重にも重なった虚勢の中にいる僕自身を見ている」
そう言って、自分の胸に手を当てて目を閉じるハーミーズ。彼が何を考えているのかまでは分からないが、少なくとも悪い意味ではなさそうだ。
「弱い己を隠し守る為の鎧は分厚いはずなのに、晶子はそれを容易く破って心の柔らかい所に触れてくる。それは無遠慮で一見すると酷い事のようだけど……実際の君は、僕を傷付けないよう、僕がまた立ち上がれるよう言葉を選んでくれているだろ? 他の人に、そんな真似は絶対に出来ないから」
「う、うーん……それはあたしが異世界人だからっていうか、女神の使いだからって言うか、ねぇ」
(そもそも君達が現実世界でやり込んでたゲームのキャラに似て、出自や設定も一緒だからどういう言葉をかけた方が良いか大体分かってるだけというか……)
相手の心に完全に寄り添い欲しい言葉や行動を晶子が与えてやれるのは、偏にWtRsというゲームを通してハーミーズを知っているからこそであろう。
(ずっと君を見てますからなぁ。まあ言うて、あたしが知ってるのはあくまでもゲームのキャラであり、そこに添えられた設定やらでしかないけど)
「女神の使い、か……創世の女神の名は伊達じゃないね」
どこか自嘲するように笑うハーミーズに、晶子はあえて何も言わない選択をした。きっと彼自身、その言葉に対する返事を求めていないと思ったからだ。
「さて、ハーミーズも落ち着いたみたいだし、そろそろ腹を決めてもらってみんなの所に帰りましょ」
「うっ……はい……」
気を取り直してそう告げれば、ハーミーズは尚も気まずげな様相で苦々しく答える。明らかに嫌々なその態度を見て、晶子は思わず苦笑した。
(この場合は嫌々っていうか、あれだけ暴言やらなにやら吐き出しといて何事も無かったように戻るのが気まずいって気持ちの方が強いんだろうけどね)
口元を尖らせて少しの不機嫌さも隠しきれていないハーミーズの腕を取り、晶子はのんびりと中枢への道を歩きはじめる。
ハーミーズは大人しく晶子の隣にならび、二人の間には再び静寂が流れていた。
「にしても、この施設ってやっぱボロボロよね」
「急にどうしたんだい?」
「や、なんかふと思い至ってさ。鑪とハーミーズが戦ってた時も、攻撃の余波で大分酷い事になってたし。あのままあたしが止めれ無かったら、マジで何処かしら崩壊してたかもね」
「その事については本当に申し訳なく……」
何気なく施設のボロさに言及すれば、ぽろっと口が滑ってしまった晶子。特に叱責するような意図を含んでいたわけでは無かったのだが、自身のやらかしを思い出したハーミーズが沈痛な面持ちで肩を落とすので、慌ててそんなつもりは無いと弁明した。
「いやほんとに! 今のは意図したつもりじゃ無くて!」
「流石に分かってるよ。でもやらかした事にかわりは無いからさ」
乾いた笑みを浮かべて遠い目をするハーミーズに、やってしまったと今度は晶子の方が気まずくなる。
「……ぁ。あー……とにかく何が言いたかったかって言うと、この施設もよくこの状態で形を留めてたなって。ほら、ここって建設されてから少なくとも数百年以上は経ってるでしょ?」
晶子の言うように、元魔道具研究所であるこの場所は封印戦争前に建てられたものであるため、歴史的に見ればかなり古い建造物となる。
形がそのまま残っているのもそうだが、何より人が生活できる程度の施設が生きている事が不思議で仕方ないのだ。
「いくらゼファーちゃんが施設の中核を担ってるって言ったって、今の今まで無知だった子が出来る事なんてたかが知れてる。なのにここは——」
「——まるで、この場所に人間達が集まる事が分かっていたかのように、稼働を続けている」
晶子の言葉に、ハーミーズが急に立ち止まる。繋いでいた手を解いた彼は顎下に手を当てて、掠れ擦り切れた記憶をなんとか手繰り寄せようとしているようだった。
「そうだ……ここは、僕が大昔に壊滅させた……はず。施設の機器や道具も、滅茶苦茶に壊して、バラバラにした……なにの、どうしてこんなにも綺麗な状態で残ってるんだ?」
古くからこの施設に足繁く通っているハーミーズも、今になって不可解な状態に気が付いたようだ。
「そうだよ。だってここは、僕にとって最も憎らしくて、汚らわしくて……何よりも消し去りたい過去の遺物なんだ。だから跡形もなく壊したはず、なのに……」
(今気付いたの? ハーミーズが? そんな事ある?)
延々と過去を辿るような呟きを続けるハーミーズに、晶子の背に薄ら寒いものが流れていく。
まるで、今の今までそれが正常であると錯覚するように仕向けられていたようで、晶子の中の何かが警鐘を鳴らす。
(誰かが……意図的にハーミーズの認識を書き換えてる? 淀みの気配は感じないけど、善意であるかどうかは分からないな)
「ハーミーズ、一端落ち着こう」
晶子がハーミーズを落ち着かせようと声をかけも、彼はそれに一切反応を返す事無く、ただひたすら何かを呟き続けている。
「これは、風? 人の、姿? なに……なんだ……? なんでこんな……僕は、なにを、忘れて……?」
(風? 人の姿? ……もしかして、風の精霊の事を言ってるの?)
突如ハーミーズが口にした言葉。その響きに、不意にある疑問が晶子の中に浮かび上がった。
(封印戦争後に精霊達と一体化した英雄達は、精霊達の事を覚えてるの?)
これまでの日々の中で、少なくとも鑪とハーミーズは一度も精霊達の名を出した事は無い。英雄の口から直接精霊の話題が出たのは、それこそ晶子が黒羽と白雲の二人に出会った時であった。
(黒羽と白雲の二人は、自身達を生かしてくれた精霊達の事を覚えていた。これはたぶん、女神と邂逅した時に聞いたんだと思う。生かしてくれたと言ってたし、二体の精霊が何をしてそうなったのかも知っていたかも。それくらいしか精霊の記憶を持ってた黒羽達と他の英雄達の違いは無さそうだし……そう考えたら、他の英雄達は自分達の命がどんな犠牲の上で繋ぎとめられたものなのか何も知らない、よね。それに、あのラブライラの語り様からしても、彼女も同じく女神との邂逅を終えてるって考えるべき)
そうなれば、現状のハーミーズの様子にもある程度納得が出来る。本来ならば、今ハーミーズが存在している立ち位置には、風の精霊がいたはずだ。
しかし、当の精霊はハーミーズをこの世界に残す為に文字通り全てを賭け、消失してしまっている。
(消失してしまっているって事は、世界の何処にも彼、もしくは彼女がいた痕跡は残っていないはず。当然、ハーミーズの記憶からも一切が消え失せてると思う。そんな中で、自身に親し気に話しかけてくる覚えのない誰かの面影は知らないはずなのに、どこか懐かしくて……そら、こうも混乱するわな)
晶子自身、そのような不可思議な感覚を覚えた経験は今の所ない。しかし、同じ状況に置かれた時、果たして取り乱さずに入れるのか。
冷静に記憶を分析して思い出そうと努力するのか、はたまた言いようのない焦燥感と遣る瀬無さに喘ぎ苦しむのか。
(……いやいや、今あたしの事はどうでも良いんよ。それよりハーミーズは)
頭を振って思考の沼に落ちていきそうだった意識を戻し、横目でハーミーズを見る。彼はまだ何かを必死に思い出そうとしているようだったが、その焦点はどこにも合っておらず、何より額から滝のような汗が流れ落ちていた。
(んあ!? これダメな奴では!?)
鬼気迫る表情で何事かを延々と呟き続けるハーミーズに、彼が錯乱一歩手前だと察した晶子。
「ちょ、ハーミーズ? ハーミーズってば!!」
「っ!? ……ぁ、しょう、こ?」
「大丈夫? ちょっと休もう?」
「……ぅん」
青褪めているように見える顔色のハーミーズの肩を抱き、比較的に日当たりが良い廊下の端に腰掛ける。
ガタガタと体を震わせる様子からして、記憶にない親し気な人物の記憶が溢れてくる今の状況が恐ろしく感じているのだろう。
(覚えのない記憶が一気に溢れて来て怖いんだろうな……うーん、この取り乱しようからして、精霊達と英雄達には何かしらの接点があった? いやまあ、そうじゃないとあの常世で見た夢でウィプス達の救うって言葉なんかに説明がつかないから、あったにはあったんだろうけど)
もし晶子の考える仮説が当たっているのならば、今後他の英雄達とのやりとりを円滑に進めるきっかけになるかもしれない。上手くいけば無駄な争いを一つ取り除く事が可能になるかもと、少しだけ希望が見えてくる。
(まあ、マリンナーテルとイグニスは好戦的では無いから、そう警戒しなくても良いかもだけどね。それよりもハーミーズは……もしかしたら風の精霊と結構親密……恋愛っていうよりかは、悪友とか親友みたいな関係だったりして。で、そのいないはずの存在が頭の中に流れ込んできて、忘れちゃいけないはずの誰かに困惑、いや……彼の場合恐れてるのかな)
失うのを恐れるハーミーズの事だからありえない話では無いなと、晶子はひっそり溜息を吐く。どちらにせよ、この辺りの事情を詳しく知っているであろう女神とは未だ連絡を取る事が出来ない。
(結局、重要な事は女神に聞かな分からんか……ったく、こんな大事な時に連絡つかんとかホンマに意味分からん……あんの駄目神め。次に会う機会があったら精霊達の事詳しく聞き出して、ついでに何が何でも一発入れてやる……!!)
いずれ精霊達についても問い詰めると心に決めつつ、晶子はハーミーズが落ち着けるまでの間、彼の背を優しく撫で続けるのだった。
次回更新は、5/15(金)予定です。




