深呼吸
「えぇ、すごく怒ってる。」
「なんだか込み上げてくるものがあって、心が静かになってくれない。どうして!なんで!って思って・・・。」
優しく言う綾瀬に僕は上手く言葉を紡ぎ出すことができず、どうしようもない気持ちに足元に顔を向ける。
顔を見られたくない。
そう思った。
冴えない顔がどんな表情になっているのか自分でも分からないから。
ただただ唇を噛みしめることしかできない。
「その感覚を『怒る』っていうんだよ。大丈夫。深呼吸してみて。」
綾瀬は優しそうにいうと僕の肩に手をおいた。
「あ・・・。あぁ。」
僕は深呼吸を数回する。
だんだん落ち着いてくる感覚。
僕は顔を上げた。
綾瀬はニカッと笑うと自分の背中で手を組むと僕の顔を覗き込んだ。
「どう?」
「うん。ちょっと落ち着いてきた。」
よかった、と綾瀬は呟くとタオルを差し出してきた。
湿っぽい空気が肺に入ってくる。
もう一度だけ深呼吸する。
綾瀬からタオルを受け取るとポケットにしまう。
「ごめん。」
「大丈夫。」
呟く僕に綾瀬は笑った。
「・・・雨。やまないみたいだし。家に来る?」
上を見上げると傘越しから見える空の雲があまりにも薄黒かった。
濡れている綾瀬をこのまま帰し風邪を引かれても困る。
僕は少し戸惑いながらも綾瀬を誘ってみると
綾瀬は縦に首をふった。
僕はできるだけ傘の中に綾瀬が入るように綾瀬側に寄せて歩き出した。
歩く途中フッと異性と相合傘をしたのが初めてだったと勝手に意識し始めた。
意識をし始めると緊張が止まらなくなり、綾瀬の顔を見ないようにして前だけを見るようになった。
できるだけ綾瀬の歩くスピードに合わせながら。




