第8話 柳
放課後。
一年代表となった田中と銀次は、制服のまま商店街を歩いていた。
夕方の大阪。
ネオンが灯り始め、シャッターの開いた店と閉じた店が入り混じる。
銀次「ねぇたっくん、今日さ〜」
銀次は横で楽しそうに笑う。
銀次「番長さん、めっちゃ圧あったよねぇ」
田中「まぁな。あれは別格だ」
銀次「でもたっくん、全然ビビってなかったじゃん♪」
田中「お前もだろ」
銀次「えへへ〜♪」
そんな他愛ない会話をしながら歩いていると、銀次がピタッと止まった。
銀次「……あ」
田中「ん?」
銀次「ゲーセンある」
ネオン看板に「GAME CENTER」の文字。
銀次の目が一瞬で輝く。
銀次「行こ!」
田中「おい、またかよ」
銀次「ちょっとだけぇ♪」
―――――
ゲームセンター内。
電子音とクレーンゲームのBGM。
銀次は迷わず奥へ向かった。
銀次「格ゲーあるぅ♪」
対戦台。
すでに誰かが座っている。
フードを被った青年。
柔らかい雰囲気で、妙に穏やかにゲームを操作している。
銀次「ねぇねぇ、それ対戦いい?」
青年「あ、いいよ。どうぞどうぞ」
銀次「やったぁ♪」
田中「お前ほんと好きだなこういうの」
銀次「たっくん見てて〜♪」
―――――
対戦開始。
銀次の操作は異常だった。
初見でコンボを理解し、即座に最適化する。
だが。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
「K.O.」
銀次「……え?」
もう一戦。
また負ける。
さらに負ける。
銀次「えぇ〜……?」
画面は無慈悲に敗北を表示する。
銀次「お兄さん強いねー!」
ゲーム機越しに声をかける。
青年「あ、ありがとう……? でもそんなことないよ」
柔らかい笑顔。
少し天然っぽい雰囲気。
青年「たまたま慣れてるだけだし……」
銀次「いやいや、絶対強いよ〜」
青年「そうかなぁ……?」
銀次「うんうん♪」
なぜかすぐ打ち解ける銀次。
田中「お前、誰とでも仲良くなるな」
銀次「楽しいからいいの♪」
青年も笑う。
青年「君もすごく上手だったよ」
銀次「ほんと〜?」
青年「うん、普通に怖かった」
銀次「えへへ〜♪」
田中はそれを見て小さくため息をついた。
田中「行くぞ、銀次」
銀次「はーい♪」
青年「またやろうね」
銀次「うん! またねぇ♪」
―――――
夕方。
二人はゲーセンを出る。
銀次「たっくん、次は勝つからねぇ♪」
田中「お前無理だろあれ」
銀次「むぅ〜」
そんなやり取りをしながら、商店街の人混みに消えていく。
その直後。
ゲームセンターの扉が再び開いた。
ドンッ!!
複数の足音。
ガラの悪い男たちが入ってくる。
制服はバラバラだが、同じ校章。
斬念高校。
「おい、ここだここ」
「さっきの“格ゲー狩り”いるってよ」
店内の空気が一気に変わる。
先ほどの青年はまだ筐体の前に座っていた。
青年「あれ……また誰か来た?」
斬念の一年たちが囲む。
「おい兄ちゃん」
「さっきの何だよ」
「舐めてんのか?」
青年「えっと……何が?」
キョトンとした顔。
その“自然体すぎる余裕”が、逆に火に油を注ぐ。
「ふざけてんじゃねぇ!!」
ドンッ!!
一人が胸倉を掴む。
その瞬間。
青年の表情は変わらないまま、手首だけが静かに動いた。
掴んだ腕の力が、ふっと“抜ける”。
次の瞬間――
その男は、自分の意思とは関係なく横へ流され、床へ転がっていた。
「……は?」
もう一人が殴りかかる。
青年は一歩も動かない。
拳が届く寸前。
その腕だけが、まるで空気に導かれるように外へ逸らされる。
関節が“ほどけた”みたいにバランスが崩れた。
ドン。
勝手に倒れる。
「な、なんだ今の……?」
さらに三人が同時に突っ込む。
だが青年はやはり動かない。
触れる前に。
腕。
肩。
重心。
すべてが“見えない線で外へ流される”。
ドサッ。
ドサッ。
ドサッ。
攻撃しているはずの側が、次々と床に転がっていく。
合気道。
力をぶつけるのではなく、受け流し、崩し、無力化する動き。
数秒。
それだけで全員が沈黙した。
店内は静まり返る。
青年「えっと……大丈夫?」
倒れている斬念の一年たちを見て、困ったように笑う。
そこへ。
店の入口付近で見ていた斬念高校の二年が、ため息をついた。
「……馬鹿だなぁ、あいつら」
倒れている一年たちを見下ろす。
「だから言っただろ」
「“あれは柳だ”って」
青年――愛嬌高校二年の柳は、少しだけ申し訳なさそうに頭をかいていた。




