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第29話 兵庫遠征

同時刻。


――兵庫県某市。


駅から少し外れた通りの喫茶店。古い木製の扉、磨り減ったテーブル、焙煎されたコーヒーの香りだけがゆっくりと漂っている。


その店の奥に、一人の男が座っていた。


無駄のない引き締まった体つき。椅子の背には黒いコートが無造作に掛けられている。


男はコーヒーを一口含み、静かに視線を落としていた。


男の名は鬼塚。愛嬌高校 番長。


彼は不定期に大阪を離れては、武者修行と称して不良高を潰して回っていた。


愛嬌高校の名を府外へ轟かせる為でもある。


そのとき――カランコロン、とドアベルが鳴る。


店に入ってきたのは二人の男だった。


一人は逆立った短髪。


一人は手入れの行き届いたロングヘアー。


鬼塚を追って兵庫までやって来た、成田と初音である。


初音は店内を見渡し、すぐに鬼塚の姿を見つけると、軽い調子で声を上げた。


「やっと見つけた〜。あんたの単車を探して、ずっと走り回ってたんだから!」


鬼塚はコーヒーカップを置き、わずかに肩をすくめる。


鬼塚「……お前らまで来たらぁ、愛嬌はどうすんだよぉ」


成田と初音は席につく。


そして自信満々に。


成田「長口がいる」


成田「2年にはクズだが蟻塚がいる。気まぐれだが柳も」


成田「それに1年には銀次と田中もいる。十分だろ」


初音は楽しそうに頬杖をついた。


初音「銀次くんは、あんたと渡り合ってたもんね〜」


成田「……あいつは異常だな」


鬼塚は小さく笑った。


鬼塚「まぁ、愛嬌はそういう奴ばっかだなぁ」


窓の外を見ながら続ける。


鬼塚「来ちまったもんは仕方ねぇ」


鬼塚「で、今回の遠征だがぁ」


成田「どこを潰すか、だな」


鬼塚「あぁ」


鬼塚は少しだけ間を置いて言う。


鬼塚「昨日は畜生工業に乗り込んだから、今日は修羅工業にでも行くかぁ?」


成田「あっさり言うが、単独で乗りこんだのか。よく無事だったな」


鬼塚「畜生の十文字に会いに行ったんだがなぁ。不在だったぁ」


初音「十文字懐かしいわね〜」


楽しそうに笑う。


その時だった。


――カランコロン。ドアベルが鳴る。


ガラッ。


喫茶店に入ってきたのは、着崩した制服の3人組だった。


鋭い目つき、肩で風を切るような歩き方。


「……あ?見ねぇ顔だな」

「ここらじゃ見たことねぇ連中だな」

「観光か?それとも迷子か?」


空気が一瞬で変わる。


鬼塚は振り向かないまま、コーヒーを飲んでいた。


初音は、ニヤニヤしている。


成田だけが、ゆっくりと視線を上げる。


成田「……何だ」


男の一人が舌打ちした。


「すましてんじゃねぇぞ!」


そのまま机に手を置こうとした瞬間――


ドンッ!!


一瞬。


本当に一瞬だった。


男は顎に鋭い衝撃が走ったかと思うと、意識が途切れるように身体から力が抜け、そのまま糸の切れた人形のように静かに崩れ落ちた。


「な……!?」


残り2人が固まる。


初音「流石!愛嬌の特攻隊長〜」


次の瞬間には、もう一人が壁際に沈んでいた。


最後の一人が後退る。


成田は、蚊でも払うように軽く手を振った。


「邪魔だ」


それだけ。


数秒の静寂。


そして三人組は顔を引きつらせながら叫ぶ。


「テメェら!ツラぁ覚えたからな!!」


「「「覚えてろよ」」」


ドタドタと店を出ていく。


ドアベルが荒く鳴り、再び静けさが戻る。


初音はコーヒーを一口飲んでから、楽しそうに言った。


初音「あの制服……餓鬼工業かしら」


成田「さっそく因縁ができちまったなぁ」


鬼塚は立ち上がった。


鬼塚「まぁいい」


鬼塚「どのみち、どこかとはぶつかるぅ」


コーヒー代を置く。


鬼塚「行くかぁ」


初音「は〜い」


―――――


三人が店を出た後。


静まり返った喫茶店の奥。


ずっと奥の席に、老人が一人座っていた。


黒いハット。


ゆっくりとコーヒーをかき混ぜながら、ぼそりと呟く。


「あの青年…」


スプーンが止まる。


「今の動き…」


カッ!!


目が見開き、興奮気味に立ち上がる!

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