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シアワセを売る花屋 ~あなたの願い、叶えます~  作者: TEN
【4th Flower】花屋が売る花

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第10話 告白

「うん?」


 揚げたてのから揚げを摘まみながら、(れい)が顔を上げる。程よく油の乗った衣にサクッと歯が入る音が聞こえた。


「それはね、この前も言ったけど、一葉(かずは)くんならできると思ってるからだよ」


 何を根拠に。

 思うが、それは言葉にはならない。


「それに、どんな依頼にも適材適所があるからね」


 から揚げを飲み下すと、怜はビールを煽った。ジョッキの中身が一気に半分以下になる。


「まあ、大丈夫だよ。なんだかんだ言って、音弥(おとや)は花屋の仕事を理解してるからね。あれで意外と、周りを大事にする性格でもあるし。音弥が奈菜子ちゃんを邪険に扱うのは、別に面倒くさがってるからとかじゃないんだ。一葉くんに対してもね。本当は心配してるのに、ただ下手くそなだけなんだよ。だから、大丈夫」


 そう言われるが、何が大丈夫なのか分からない。どうすれば奈菜子の依頼を果たすことができるのか、考えても分からないのが現状なのに。


「一葉くんって、今年ハタチだよね」


 そこで、ふいに怜は話題を変えた。

 ウーロン茶のグラスに伝う水滴をなぞりながら、一葉は「そうですね」と答える。


「誕生日、いつだっけ」

「一ヶ月後の六月三十日です。戸籍上は」

「戸籍上?」

「俺、小さい頃に施設に預けられて、本当の誕生日とか知らないんです」


 グラスに目をやったまま答える。

 自分で思っても、声はかなり平坦なものになったと思う。

 グラスの水滴が、使い古されたテーブルの上に滑り落ちて溜まっていく。


「へえ、そうなんだ」


 頷く怜の表情は相変わらずだ。普通に世間話をしているのと何ら変わらない。ビールを口に運んでメニューを開き、次の料理を選び始めてさえいる。


 後悔しない方を選びなさい―――。


 迷っていると言った言葉に返してもらったものが、耳の奥に木霊した。


「―――あの、怜さんって、もしかして前から俺のこと知ってました?」

「うん?」


 ページを捲る手を止めて、怜がこちらを見た。何も気負ってない、いつも通りの目だ。


「それは、年末にあの店で見かける前ってことかな?」

「はい、もっと昔の―――俺が覚えていないくらい、ずっと前のことです」


 怜の目は静かだった。その目を見ながら、一葉はズボンのポケットから紙片を取り出す。

 

 古い紙切れだ。


 元は白だったのだろうが、今では黄ばんでよれている。呑み屋の明かりの元では、それが余計に強く感じられた。


 それを広げて、そこに書かれているものを怜に見せる。


「―――これ、怜さんですよね」


 ()()()()()()()を指差して言う。


 黄ばんだ紙の中央には、名前が書かれていた。


 氷月怜―――


 まだ漢字を覚えたてのような、小学校二、三年生くらいの子どもの字だ。


「施設の園庭にイチョウの木があって、前に移し替えを行ったことがあったんです。その時に出てきた箱に入っていました。これ、怜さんが書いたものですよね? ―――こっちの、()()()()も」


 氷月怜、と書かれたものの下には、並ぶようにもう一つの名前が書かれている。


 かずは―――


 字体は同じだ。


「怜さん、もしかして、俺が施設に預けられた時、()()()()()()()()()?」


 園長先生にもらった、古く錆びついたクッキー缶。多分、お兄さんが埋めたものだろうと言っていた。どうするかは中身を見てから決めなさい、とも。


 今さら、かつての家族との繋がりを新たに示されても、どうとも思わない。あの日、安アパートに帰って、特に感慨に浸るでもなく、さっさとフタを開けた。


 中に入っていたのは小さな子どもが好きそうなものばかりで、ほとんどがガラクタと呼べるようなものばかりだった。

 ビー玉や木の枝、手のひらサイズの石がごろごろと入っていた他には、本が一冊と、子ども用のキャップ。

 本はその年頃の男の子が好きそうな冒険小説で、キャップはどこかの何かのチームのロゴが入った量産品のようだった。


 そこに、子どもの字で名前の書かれた紙が入っていたのだ。


 氷月怜と、かずは。


 そんな紙片がある。

 それを知ってからもう何日も経っている。

 どう扱えばいいのか分からないそれを、ここ数日ずっと持て余していた。


 かつての家族との繋がりなど、何の感慨も無い。中身を見ても、そのことは変わらない。

 だが、その中身が現在の生活に関わるとなれば、話は別だ。


 怖い、と思った。―――そう、怖かったのだ。

 何かが百八十度変わりそうなことが。


 そんな風に思うなんて自分らしくない。でも。


 怜と、一葉。


 そのことが指す事実は何だ。


()()()()()


 名前の書かれた紙片を見て、怜はふっと口元を緩ませた。


「名乗っても反応無しだから、多分知らないんだろうとは思ってたけど」


 テーブルの上にあった紙を指先で摘まむように持ち上げて、眺めながら言う。取るに足らない、とても些細なことを話すような、そんな口調だった。


「あの頃、一葉くんはまだ三歳だったからね。俺のことを覚えてなくても当然だよ。それにしても、やっと一葉くんに渡ったか。確か、これを()()()()()()()()()()()のは何年も前だった気がするんだけどな」


 何を―――。


 さらっと言われるにしてはあまりにも違和感しかない言葉が、耳に響く。


 怜は話しながらぐいっと飲み干したビールのジョッキを軽くあげて「大将、」と声をかけた。


「ビール、もう()()ちょうだい」


 はいよ、とカウンターの向こうから返事が聞こえる。

 怜がこちらに顔を戻した。


「もう一つ、俺が知ってて一葉くんが忘れてること、教えてあげようか」

「―――え?」


 手にしていた紙片を一葉に戻しながら、笑う。


「一葉くんの誕生日ね、今日だよ。あ、()()の方ね」


 出されたビールを、自分と一葉の前に置く。そして、並々と注がれたビールのジョッキを軽く掲げて、怜は言った。


「ハタチ、おめでとう」


 怜の言葉が、聞こえたそばから右から左に流れていく。確かに耳には入っているはずなのに、頭の中でその意味をなすのに時間がかかる。


 この人は、何を言っている。

 それを知っているのは、なぜだ。


 そのことに気付いてるのかいないのか、怜は人懐っこく笑ったままジョッキを傾けた。


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