表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シアワセを売る花屋 ~あなたの願い、叶えます~  作者: TEN
【4th Flower】花屋が売る花

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/42

第9話 険悪な雰囲気

 最近、空気がおかしい。


 それは、近頃の花屋の雰囲気を評して音弥(おとや)が思うことだ。


 いや、「花屋の雰囲気」というより、花屋の連中が自分を見る「目」に違和感がある。


 何か、自分の知らない共通認識が全員の中にあるようだ。それが感じられて、どうしようもなく神経を苛立たせる。


「おい」


 パーテーションの奥でゴミ袋を変えようとしていた背中を見下ろし、振り返った顔を音弥は上から睨んだ。

 普段は鼻につく程まっすぐに見返してくる目が、一度合った視線を僅かに逸らす。それがまた苛立ちに拍車をかけた。


「ちょっと顔貸せ」


 花屋は狭い。ここで話せば筒抜けだ。

 音弥は、表情の読めない新入りを外の廊下の端に連れ出した。


 花屋の入口近くのものとは別に、こちらにはもう少し狭い非常用の階段が用意されている。

 だが、ただでさえ花屋以外にはテナントもいないビルだ。古く錆びついた非常階段を使う人間は誰もいない。

 自然、ここなら誰にも邪魔されずに話をすることができる。


 何も言わずについてきた新入りは、音弥が足を止めた少し後ろで立ち止まった。


「お前、何か知ってんだろ。話せ」


 こうして眉間に力を入れると、普段よりさらに凶悪なツラになることは知っている。それでもこうするのは、あえてだ。

 こちらの苛立ちをダイレクトに伝えることができる。


 何を、とは言わなかったが、音弥が言わんとすることを相手は理解したようだった。珍しく俯き、考えるようにして黙り込む。


 ようやく口を開いた新入りは、「―――少し前のことですけど、」と話し始めた。


「花屋に奈菜子ちゃんが来て、花を依頼していったんです」


 思わぬ話に、はあ? と音弥は眉を跳ね上げた。


「花の依頼だあ? 奈菜子が? 何の」

「それは……、「音弥さんの花」です」

「俺の花?  何の話だよ、それは」

「今度のコンクール、音弥さんに演奏を聴きに来てほしいそうです。演奏を聴いて、花をもらいたいと。奈菜子ちゃんが依頼したのは、演奏後に壇上で音弥さんからもらう花です」

「はあ? 何だそりゃ。そんな花を奈菜子が依頼したってのか? ハッ、冗談だろ」


 何かと思えば。

 話が馬鹿馬鹿し過ぎて笑いが込み上げてくる。ふざけているとしか思えない。


 だが、つま先は勝手に地面を叩き始める。


「奈菜子のやつ、頭でもおかしくなったか」

「それだけ、演奏を聴いてほしいってことでしょう、音弥さんに」

「だからって、わざわざ依頼するか? そんなもん、花屋に」


 そう、ここは花屋だ。依頼された花なら、どんなものでも手配する。


 それがたとえ、人の「心」だったとしても。


 誰かの花というものは、人の心を買う―――いや、「売る」依頼だ。そのことの意味をこの新入りは分かっていない。だから、そんなことを簡単に言える。


「普通にお願いされるだけじゃ、音弥さんは絶対に聴きに行かないでしょう。現に断ってたじゃないですか、前に」

「だからだよ。行かねえって言ってるもん、なんでわざわざ花の依頼を寄越してまで来させようとすんだ! 気に食わねえな」


 吐き捨てるように言って、ふいに思い出したことがあった。


 (すみれ)が言っていたのは、これだな。あの野郎、何考えてやがる。


 そして、何を思っているのか分からない顔でそこに佇む新入りに、低い声で確認する。


「―――()()()、そんなふざけた依頼を本当に引き受けたのか」


 当然、(れい)のことだ。花屋の社長であるあいつが引き受けない限り、契約として成立しない。

 それが分かっているだろう新入りも、小さくため息をついて、頷きながら答えた。


「そうじゃなかったら、こんな話してません。―――ついでに言っておくと、俺に何とかしろと言われました」

「はあ? お前がやれって? 俺に奈菜子への花を用意させることをか? 本気かよ。あいつ、相当イカれてやがるな」


 ハッ、と笑って言って、


「お前にこの俺をどうこうできると思うなよ。そんな依頼、さっさと断ることだな」


 どん、と肩をぶつけて新入りの横を通り過ぎる。


 こいつが悪いわけではないということは、百も承知だ。先程ついたため息は、こいつもこいつなりに考える部分があるということだろう。


 だが、いけ好かないことはいけ好かないし、気に入らないことは気に入らない。


 ―――()()()も、何だってそんな依頼を寄越すんだ。


 渦巻く苛立ちが一体誰に対するものなのか、音弥はもうそれも分からなくなっていた。




 ◇   ◇   ◇




 怜と話したのは、音弥に呼び出されてからすぐのことだ。


「一葉くん、ご飯行かない?」


 帰ろうとしていた一葉を見上げて、唐突に怜が言った。

 ソファで読んでいた夕刊を畳むと、こちらの返事も待たずに外に出て行く。


 何か、話があるのだろうか。

 任せると言われた依頼のことか、それとも―――。


 花屋を出て、先を歩く背に黙ったままついて歩く。


 気付けば五月も終わりだ。通りに流れる風は生ぬるい。


 怜が「ここでいい?」と暖簾をよけて入ったのは、入口に呑み屋の提灯が下がった小さな店だった。店内はこじんまりとしていて、カウンターの向こうにいるのは大将だけのようだ。


 怜は慣れた様子で奥の二人席の椅子を引くと、生ビールを注文した。「一葉くんはどうする?」と聞かれて、注文を取りに来た大将に「ウーロン茶をお願いします」と伝える。


「とりあえず、乾杯しようか」

「はい」


 注文した飲み物はすぐに出てきた。一口飲んで箸を割る。

 お通しのなめたけの冷奴をつつきながら、怜が言った。


「どう? 奈菜子ちゃんの依頼の方は。順調?」


 やっぱり、()()()か。


 思った途端肩の力が抜け、何のものか分からない短い息が漏れる。

 大将がやって来て、他にもいくつか注文した品を置いていった。


「―――俺にどうこうできると思うな、と言われました」

「あ、直接依頼のこと話したの?」

「いけませんでしたか?」


 質問に質問で返す。だが怜は、特に気を悪くした風もなく、むしろ楽しそうに笑った。


「ああ、いいよ。好きにやってくれれば。それにしても、音弥らしいね。そう言うと思ったよ」


 けれど、一葉の口から漏れるのは固い言葉だけで。


「―――それが分かっているなら、なんで俺にやれなんて言ったんですか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ